第二話 占いと花屋敷瓢仙

 珠々が知恵の海アーカイブを検索するまでもなく、現代において神祇官じんぎかんという役職は存在しない。

 古代において、祭祀の手順や占い、神に仕えるものの名簿を管理した役職が、神祇官だ。

 その職責のほとんどは、宮内庁自体に引き継がれている。

 では、火毬ひまりの役割とは何か。

 それはすぐに、本人の口から語られた。


零落れいらくした〝元〟神さまの管理――ようするに、妖怪の対処があたしちゃんの仕事なわけ。でもさ、これは釈迦しゃかに説法、兄ぃーちゃんにヤッホーになっちゃうんだけど」

「ならない、続けろ」

「そう? ほら、現代日本って法治国家でしょ? 警察権で操作ができない、法律で裁けないものに対してはすっごい無力じゃん?」


 無論、闇から闇に葬り去るという方法もあるがと火毬は悪い顔で告げて、すぐに破顔する。


「そんなことやったら国民からフルボッコ。あたしちゃんの両手も後ろに回っちゃうからね! ナイナイ」

「だからこちらを利用する。それが宮内庁の判断なのだな?」

「さっすが兄ぃーちゃん、陰謀論に長けてるー。フィクサーオタクだ」


 清十郎は無言で肩を落とす。

 実妹は心から称賛しているようだったが、あまりに酷い蔑称であった。


「どったの? まあいいや。それでねー、お話の内容は花屋敷はなやしき瓢仙ひょうせんさんについて」

「……行方が掴めたのかっ」


 身を乗り出す兄を、「違う違う」と押し返しながら、火毬は答える。


「確たる証拠はないんだけど……とある大企業にちょっかいをかけてるみたいなんだよね」

「大企業?」

功刀くぬぎ重工さん。一番オカルトとは縁遠そうな場所を隠れ蓑にしてるっぽいんだよねー。あ、でも、いまからカチコミとか駄目だよ? 悪巧みしてるだけで、なんか裏で結託してそうなだけで、そこに住んでるって訳じゃないから。行っても姿はナッシング、花屋敷不在証明だよ」

「……解っている」


 鋼の自制心で身をひき、椅子に深く腰掛けながら、清十郎は血をたぎらせる。

 いよいよ仇敵の場所が解ったのだと。


「村を実験場にし、珠々をこの姿に閉じ込めたあのものを、ついに……」

「うちのボスとしても、花屋敷さんは管理したいんだよね」

「俺に情報を渡したのはなぜだ」

「もちろんたった二人の肉親だからっていうのと、ボスがね……占いをしたから」


 占い。

 真っ当な世の中に生きていれば一笑に付するそれを、清十郎は真剣に受け止めざるを得なかった。

 この国における、神事を司る総元締めが占うというのなら、それはおおよそ予言と言えたからだ。


「兄ぃーちゃん、近いうちに功刀重工と関わることになるって。万全の準備をしておきなさいってさ」

「……承知した。話は、それで終わりか? なら、支払いは俺が――」

「あー、ちょっと待って、待って!」


 立ち去ろうとする清十郎を、火毬が慌てて抱きついて止める。

 兄妹のどちらも大柄であるため、絡み合うと一種の彫像のような荘厳さを発揮していた。


「じつは、個人的な頼みがあるんだよね」

「断る」

「酷い! 可愛い妹のお願いだよ? 普通、二つ返事できくものじゃない?」


 渋面を浮かべる兄。

 両目を潤ませて見詰める妹。

 音を上げたのは、黒い男のほうだった。


「……解った。話せ。聞くだけ聞いてやる」

「やったー。でも、耳にしたらきっと逃げられないよ。だってさ」


 火毬が、とびきりの悪戯でも疲労するような顔で。

 告げた。


「その子、オカルト特約に入ってるんだもん」



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