第18話 天才

 天才と言われた存在ではあったが、その才は天からの授かり物だけではなかった。



 執念と嫉妬と恨みと……きらきら光るような前向きな思いとは逆に、どす黒く渦巻く後ろ向きな感情がの方が強かったのだ。



 両親は、恵まれない環境でありながらも、いつも人のために、良い行いをと言い聞かせていた。


 それが逆に彼の怒りの炎に油を注いでいたのだ。


 ぼっと大きく燃え上がるものではない。炭火のような炎は、小さく熱くしぶとく燃える。


 血反吐を吐くような努力の末、手に入れた天才の称号と彼に期待された多くのお金は、彼を満足させる目的には使わせてはもらえなかった。



 彼が求めたのは、ロボットを終わらせ人間を取り戻す世界である。


 しかし、世界が求めるのは人間を終わらしロボットを迎え入れる世界だった。


 世界はロボットに支配されていた。



 篠山誠太。彼は人間の両親の元に産まれた。開発された人間街で育った桜木霞とは違い、篠山が産まれた場所は遙か昔から人間の住む場所だった。


 ロボットの侵略が進み、開発が進み、彼の住む場所も強制立ち退きを求められた。


 そこにある家は先祖代々受け継がれた物が殆どだったから、墓も存在していた。太古から、人が人である限り大切にしてきたことである。


 しかし、ロボット達にそのような儀式は不要である。よって、古くさいと切り捨てられた。


 住民達の決死の反対も押し切られ、土地は没収され建物も墓も全てが破壊された。破壊され、コンクリートで固められていった。


 代わりに与えられた高級マンション。ロボットは、それで満足以上の感情を与えられると思っていた。人の心はもっと繊細だ。


 少年だった篠山は、ロボットが支配する世界ではやがてこの世界が終わりを告げると強く思った。


 両親を守る、同じ種族を守る、自分を守る。自分以外、やれるものなどいないと感じた。


 並々ならぬ努力の末、学費免除という待遇まで手に入れ、そこでロボットの研究を始めた。


 正しくは、ロボットを消滅させる研究である。それも、一度に。


 そのため、空間移動装置をも極秘に開発した。誰にも邪魔させない、人間が一番素晴らしいのだと見せつけるため、今回の事件を考えた。


 ただし、これらは全て余興である。


 本当の計画は、これからだ。


 ロボットをより人間らしくする細胞のようなナノマシーン、というのは表向きである。細胞のように進化をし、ロボットに流れる電流に反応して時限爆弾のごとくに爆発する。


 寝る間も惜しんで研究した結果、ナノマシーンは80%完成した。


 用意された研究発表で、それを発表するには躊躇われた。世界が注目してきた研究である。あと少しを急かすため、他の手が研究に加わると厄介なのである。かといって、それを拒否する権限は篠山にはなかった。


 だから、失踪を計画した。篠山誠太は、研究発表を前にして、研究内容と共に誘拐されたという筋書きだ。


 研究に必要な金は十分に用意した。空間移動装置も完成している。あと少し、あと少しで、自分の夢は完成する。


 そして篠山は失踪し、人知れず残りの研究を続けた。


 残りの研究を完成させるまでに、それほど時間は要しなかった。ただ、それをどう隠すか……。


 考えた挙げ句、篠山はナノマシーンで幼女を作った。ナノマシーンを守るためのプログラムや安全装置、護身の為の機能まで備え付けた。


 そして、計画は実行される。


 思った以上に、空間移動装置は活躍してくれた。世に出ていない、篠山オリジナルの最新機器のため、警察はおろか誰にも篠山を追うことは不可能だった。


 目的は強盗ではないから、警察を翻弄し、逃げ回るだけ回り、挙げ句完璧な逃走を見せつけマスコミを騒がせてやった。


 そして、幼女型ナノマシーンの集合体は一旦迷子として適当なマンションに残してきた。最初に出会った人型を、親と思い込むように。同時に、そのロボットを実験台にするつもりだった。


 幼女と生活を共にする課程で、ナノマシーンを摂取させる。それは、幼女と別の人格として組み込んだプログラムが実行してくれる。


 親と認識されたロボットは、幼女に組み込んだ超音波で幼女を我が子として溺愛する筋書きとなる。


 そして、ナノマシーンは親となったロボットの体内で増殖を続け、電流の熱をため込み、一年後には跡形もなく爆発する。それが合図となり、幼女のプログラムはリセットされる。


 この実験が成功すれば、篠山はナノマシーンを医療とし、ロボットの発展として普及させるつもりであった。研究の為に失踪していた。研究を狙う悪者が、自分の命を狙っていたから。筋書きなんて適当で構わない。そして、人間のようなロボットの子供を、普及させること。


 一年の期限を作ったのも、ロボットを全滅させるため必要だと感じたから。


 そして、幼女型ロボットの様子を遠隔で監視して気になったことがあった。


 幼女が渡った先は、人間じゃないのか、と。それを確認するため、部屋中を物色し、見つけた人間パスを床に叩き付けた。


 失敗だ、と怒りが溢れた。まさか、数少ない人間の手に渡るとは思っていなかったから仕方ない。爪の甘い自分を恥じた。人間には何の害もなく、意味もない。


 仕方なく、一旦幼女ナノマシーンを回収しようと思ってあることに気付く。人間の男の側に現れる女型ロボットの存在と人間の男の心拍数。間違いなく男に好意はあるし、女型ロボットを利用する価値はあると。ターゲットは女型ロボット、柏木満嗣に変更された。


 自分が関与すれば、二人をくっつけることなどたやすい。そして、もしかしたらこの人間の男、柏木霞も自分に協力するのではないかと考えた。同じ人間として、ロボットに対して何の負の感情も抱かない筈がないと。


 篠山は、桜木に接触する事を決めた。


 どう接触しようか。幼女との関係性は……。。



*****



 捜査も掃除も終わり、無事アパートに戻り、ウサ子との生活も1週間過ぎた頃である。早朝、見知らぬ男性が俺の元を訪ねてきた。


 どこかで見た顔のようにも思うが、恐らく他人のそら似であろう。いっちゃ悪いが、人間には至って普通のどこにでもいるような顔だったから。


「どちら様でしょうか?」


 ウサ子を奥で遊ばせながら、俺は玄関の扉を開けた。Tシャツに短パンとボサボサヘアの、部屋着でくつろいでいますよ全快の俺とは違って、男はラフでも小綺麗な服装だった。眼鏡の奥で笑う。年は、多分俺と変わらない。


「先日、近くに引っ越して来たんですが、私も人間でして。人間の方がこちらにいるからと教えて頂いたもので、ご挨拶に」


「はあ」


 同じマンションの住人ではなさそうだが、同じ人間として心細いことは分かる。


 男の差し出した紙袋を受け取り、俺は深々と頭を下げた。


「お気遣いなさらずに。困った時はお互い様ですから、いつでも訪ねてきてください」


「ありがとうございます。この辺りの事とかよくわからないんで、人間に有効な施設とか有意義な情報があれば是非教えてください」


「そうですよね。ロボットに尋ねても知りませんもんね」


 彼は笑った。


「お時間はありますか? 子連れですが、立ち話もなんですし、中でどうぞ」


 彼が少し躊躇ったようにも見えたが、気のせいかと思うほど案外すんなりと入ってくれた。


「あ、遅くなりましたが私、篠山と申します」


「桜木です。俺……うちには、どなたかからの紹介で?



「ええ、柏木警部です。近所で人間の方を紹介して欲しいと警察の相談窓口で相談したら、彼女が教えてくださいました」


 柏木警部。その名前を聞いて急に切なくなった。そういえば、随分と会っていない。


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