第12話 空き巣か入ったっぽい

「柏木警部、頼まれてた資料集めきりましたよ」

 部下の川田が、紙束を手にフロアに飛び込んできた。

「ああ、ありがとう。何か見つかったかしら?」

「なーんにも。あの事件に関係しそうなものは見つかりませんでしたね。あと、近日中に倒産とまでも行かなくても潰れかけたような幼児ロボットメーカーなんかも、なかったですね」

 柏木は、困った顔をした。

「そうっかー」

「困った顔も可愛らしいですね」

 川田は笑いながら、自分のデスクに座った。

「僕も思うんですけど、もうこの事件他に回しちゃったらどうです? そんな大きな被害があった訳でもないし、柏木警部にふさわしい事件は他にも日々起きてるんですよ。第一、今までそうしてきたじゃないですか。なんで、今回に限って、こんなにこだわるんです?」

 柏木は、タバコを取り出して口元に運んだ。

「あのねえ、事件に小さい、大きいもないの。それに、この事件気になることが多すぎるのよ。私が、やらなきゃいけない」

「それは、柏木警部の勘ですか?」

 柏木は、少しだけ間を置いた。

「そうね、そんな感じかな」

 ぼんやりと、柏木は川田の用意した資料を見つめた。無駄になったかもしれない、資料を。


*****


 リハビリに1ヶ月程掛かったが、ウサ子と俺は無事退院した。

 入院前は独り身だったのに、退院したときには子持ちになっているという、なかなかエキセントリックな状況である。知らない人が聞いたら、驚いてヘッドスライディングでもしそうな内容だが、事情を知っているサライさんとマリラーさんは笑顔で見送りの手を振ってくれた。

 迎えに来てくれたタクシーへウサ子と乗り込む。バックミラー越しに運転手の顔を確認すると、ウサ子を警察署に連れてきた時の運転手とは違う人だった。その事に、何故か妙に安心した。なんとなく、あの運転手には会いたくない。なんとなく。

 タクシーの運転手に自宅への住所を伝えようと思ったのだが、ウサ子の着替えやらなんやらといった生活用品や、長らく家を空けていたので食べ物が無いことに気がついた。……冷蔵庫を開けるのが怖すぎる……。

 なので、色々買い揃えてから帰ろうと思い、大型スーパーへと頼んだ。

 ウサ子は機嫌良く、俺の膝の上で跳ねている。

 スーパーに到着すると、ウサ子を動物型のカートに乗せて移動した。カートが気に入ったらしく、きゃっきゃと声を上げながら嬉しそう。

「ウサ子、楽しい?」

 きゃっきゃと返事する。

 で、ウサ子の服を数着購入して、その後食糧を買った。

 早めに買い物を済ませ、タクシーを呼ぶと今度こそ自宅へと向かった。

 住み慣れた場所の筈なのに、カビ臭いエントランスも薄暗く冷たい階段も妙に懐かしく感じた。

 鍵を開けて中に入る。

「え?」

 気にせずに、靴を脱ぎ捨てるウサ子を後ろから抱き上げた。

「あう?」

 ウサ子が、不思議そうに頭を傾げて見せた。頭の髪飾りが、俺の頬に当たる。

「ウサ子、ちょっと待って」

 俺は2ヶ月程前、ウサ子を警察署に連れていくために急いで家を出た。だけど、普段から掃除や片付けはしているし、あの日だって散らかした覚えはない。なのに、何故かリビングに繋がる短い廊下にタオルや服が落ちている。

 警戒しながらも、もしかしたら圭介が俺に生活用品を持ってきてくれたときに散らかしたのかなと考えた。が。よくよく思い出してみれば、彼が持ってきてくれた物は全て新品だった。じゃあ、大家さんが? 柏木警部が言っていた、俺の捜索願いが出てたって話を思い出した。俺の捜索願いを出したのは、圭介だけじゃなかったとか。けど、俺の行方は警察が知っているのだから、家宅捜査する必要はない筈だろう。

 俺の頭の中で、恐怖と疑問が色々な考えとなってぐるぐる渦巻いていた。

 ウサ子を抱きしめながら、恐る恐る部屋の中を進んだ。

 俺の部屋の間取りを説明すると、玄関を開けて直ぐに短い廊下があり、その突き当たりにバスルームとトイレがある。その横に扉が付いていて、その奥が1Kの部屋となっている。その扉が開いてて、そこから服やタオルが落ちているのだ。それだけじゃない、俺はその扉はいつも必ず閉めている。

 壁に隠れながら、そっとリビングの中を覗いた。不審人物は見当たらなかったが、目も当てられないような状況に俺の口から悲鳴にも似た情けない声が漏れた。

「くっそぉ~ふざけんな」

 冷蔵庫は開けっ放しで床に腐った食材が転がっているし、変な液体まで広がってる。備え付けのクローゼットも開けられていて、めちゃくちゃに服が散らばっている。

 腐敗した食べ物のせいだろう。悪臭が酷い。

 腹が立つやら、謎のくやしさやらで、気付けばウサ子を抱いたまま床にヘたり込んでいた。

 ウサ子が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「ウサ子、心配はないよ。盗まれて困るようなものなんてないからさ」

 それより、片付けが辛い。

 警察に電話しようとポケットから携帯電話を取り出し、その手が震えていることに気付いた。泥棒に遭遇したのも初めてだからね。震える声で、柏木警部に繋いで貰った。

 柏木警部は出先だったようだが、対応してくれた警察官は、柏木警部の携帯用通信機器と俺の電話を繋いでくれた。電話の向こうで、柏木警部の高慢な声が聞こえた。

『なーに、泣きそうな声じゃない』

「忙しいところ、すみません」

『大丈夫よ。今、一息吐いたから今からランチに行こうと思ってたの』

 ロボットらしいのに、相変わらず食べることが好きなようだ。

「警部の声を聞いて、少し安心しました。あの、うちに泥棒が入ったっぽいんですけど、どうすればいいですか?」

『はあ? あんたっちって、盗られるもの置いてあるの?』

「いや、ないですけど……部屋がめちゃくちゃになってて」

『荒らされてんのね』

「はい。怖いんで」

『乙女チックね』

「俺だけならまだしも、ウサ子が居るんで。あの、マジでどうしたらいいんでしょうか?」

 俺は、電話しながら半泣きになっていた。

『住所何処? 今から行くわ。現場、触らないでね』

 柏木警部の口調も声のトーンも変わらないが、それが逆に安心した。

 電話を切って、15分もしないうちに柏木警部は俺のアパートに来てくれた。1人だった。

「柏木警部、1人ですか?」

 彼女は、顔色一つ変えずに現場を見渡しながら言った。

「一旦ね。だって、ランチに行くつもりだったもの。もう少ししたら部下も到着する筈だけど……派手にやられたわね。あの転がる食べ物の腐敗具合からすると、結構前から荒らされてたんじゃないの」

「そうかも。俺が部屋を空けてたのが2ヶ月くらいなんですけど」

「じゃあ、あんたが部屋を出た直ぐ後だったのかもしれないわね。何か盗られたものは?」

「現場を触らないように言われたので、しっかり見てはいませんけど、盗られた物はなさそうです。寧ろ、盗られて困るようなものなんて最初からないし……」

 といって、一つだけ思い出した。

「あ、人間証明パス」

「それじゃない?」

 ウサ子を部屋の隅に置いて、パスがしまってあった引き出しの側に寄って、パスを踏んずけた。

「パス。盗られてなかった」

 俺は、踏んだパスを拾い上げた。

「パスは、一番最初に盗まれるものなんだけどね。にしても、犯人はパスを見つけといて盗まずに逃げたってことか。パス以上に価値があるものなんて、この家になさそうだけど」

「俺からもハッキリ言いますが、無いですよ。マジで」

「犯人の目的はなにかしら。まあ、部下が到着次第検証に入るから。あんたも、無くなってるものがないかどうかチェックして。で、今日はホテルにでも泊まりなさいな」

 また、お泊まりか。狭くてボロい部屋でも、やっぱり自宅が落ち着くんだけどなあ。

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