育児日記 ~俺とウサ子の成長記録~
鞍馬榊音
第1話 はじまりと
2XXXX年、地球。これは今から、ずっとずっと先のお話です。
この時代の地球では環境破壊が進み、天変地異なども合わせて世界の約8割の人間が姿を消しました。
一気に減った人口に、出産による人口増加が追いつく筈もなく、残された2割の人間達は、その種族を保護する意味で天然記念物となりました。
けれど、地球上から人の数は減っていません。それは代わりに、人間そっくりのロボットが現れたからです。
最初からロボットとして生まれた者、ロボットと人間の間に生まれた者、人間だったがなんらかの理由でロボットになった者、が世界の生産や経済の殆どを支えています。
そのために純粋の人間は貴重なので、売買される犯罪が世界中で問題となっていました。
また、純粋の人間はコストが高く、ロボットに比べて弱いため殆どの人間は職に就くことが出来ないのが現状です。
代わりに国からの手厚い支援はあるのですが、それでも純粋な人間にはとっても生き辛い世の中なのです。
純粋な人間であること隠しながら生きている人も沢山います。
このお話は、そんな地球上の日本という国の都市Tの中でも治安の悪いE区に住む1人の純粋な人間である青年のお話です。
*****
本日は国からの人間受給の日なので、銀行で生活費を下ろしていた。まあ、ロボット達からしたら多い金額なのかもしれないが、人間である以上食というコストがかかるので、結果手元に残る金額が多いとは思えない。
かつてロボット達を生み出した人間の脳味噌は貴重らしく、頭の良い人間は受給額の約100倍は稼いでいると聞くので、どうせ人間に生まれたのなら頭が良く生まれたかった。
俺の両親も純粋の人間で、父も母も生まれてこのかた職に就けた事がないそうだ。職というのは、人間の憧れでもある。何もしなくて生きていけるのなら楽でいいじゃないかと思うかもしれないが、受給や支援ではそれ以上の生活は望めないので、やはり職には就いてみたいと思うのだ。
それに、人間が生きてるだけで金がかかると言ってもその苦労をロボットは知り得ないので、楽して暮らしやがってと思う者は多い。だから、銀行で受給額を貰うときの周りの目は痛い。きっと、全てのロボットが満足な生活を送れている訳ではないんだろう。食べなくても、寝なくても死なないロボットは、浮浪者になろうが受給などされない。食という楽しみは人間の生とは違い、単なる趣味の一部になるそうだ。エネルギーは、酸素、水、光で生きてけると聞いたことがある。
俺も職に憧れ、仕事を探してみたものの、雇ってくれる企業などなかった。
例えば、工場は人間であれば危険も伴うし、休憩なども必要となる。それに、力も弱いので人間はいらないと言われた。
お店の店員でも同様だ。人間の体力や休憩の概念が、ロボットにしたら理解できないらしい。現に24時間動いていない企業等ないし、大抵の条件は4日間フル稼働の3日休暇が普通らしい。休暇である3日のうちに、一週間分の充電と趣味を満喫するんだそうだ。
俺の住むT都は、日本の経済の中心である。俺自身は生まれも育ちもT都であるが、両親は元々もっと田舎の出身だそうだ。職に憧れ、都心だったら理解もあるのではないかと思い出てきたらしい。が、現実は甘くもなく都心の方が厳しかった。
治安のもっとも悪いE区に住むことになったのも、E区が人間保護の対象地区であっったためやむ終えなかったそうだ。
5年程前に、両親は田舎に戻ってしまったが、俺だけはE区に残った。
数少ない友達(ロボットだけど)がいるのもあるが……否、それはあまり関係ないか……。
一番の理由は、幼い頃の思い出があったから。
聞きたい? 聞きたいよね? でも、話さないとこの話は進まないので後程ゆっくり話すとしよう。
「桜木霞(さくらぎかすみ)さんー」
と今、受付の姉さん(多分)に呼ばれたから。
桜木霞、という女みたいな名前が俺の名前だ。ちなみに、顔は可もなく不可もないモブ顔だとよく友人に小馬鹿にされる。
「はい」
俺が声を上げると、軽蔑するような視線が向けられる。最初は気を使って、受給日からずらして受給金を貰いに来ていたのだが、窓口が人間専用窓口だったのでもう止めた。
呼んだのは女性だったのだが、対応はおっさんだった。
「はい、今月の受給ね。ここに、ハンコください」
「はい」
俺が書類に印を押すと、受付のおじさんは銀行の封筒の上に受給の札束をポンと乗せた。
「人間に生まれて良かったねえ。ロボットは、スクラップになるまで働くしかないのにね」
毎月同じ事を言われてる気がする。嫌味だとは、流石にわかるよ。
「でも、食費が掛かりますし、今の時期風邪なんか引いたらその分医療費も掛かりますから不便ですよ。それに働く所があれば俺だって働きたいです」
素直に返したものの、相手は嫌味を言いたいだけなので、いつもながら俺は追いやられるように次の受給者を呼ばれてしまった。
接点はないが、見る顔は同じである。俺の知ってる限り、この地区の人間はこの受給者の爺さんしか知らない。
接点がないのも、必ずこの爺さんは受給の受付で大声を上げて騒ぐので、関わりたくないタイプなのだ。多分、頭がいかれてる。
逃げるように銀行を飛び出すと、一旦自宅へと帰った。そろそろ、昼飯時である。
本来一人暮らしの筈の1Kマンション(風呂・トイレ別付き)の部屋の床に唯一の友人(例のロボットだが、本人曰く人間とのあいのこ)が転がっていた。
「霞ちゃん、帰った?」
「寝ぼけてんな。帰ったよ」
「お金いっぱい貰った?」
「お前まで、嫌な言い方すんな」
大抵のロボットは、国からの待遇面もあって人間を哀れな目で見たり差別したりするのだが、この友人圭介(けいすけ)は、ちょっと変わっていた。
母が人間と言うのもあるせいか、人間に対して差別的な概念もなく、寧ろ俺には圭介の方から寄ってきた。
『人間って、母さん以外初めて見たよ! ねえ、友達になろうよ』
確か、小学生の時だったと思う。
俺は、嬉しくて2つ返事で承諾した。それが、大人になった今でも続いている。
圭介も一人暮らしだが、根っからの寂しがり屋らしく暇な日はこうしてうちに泊まりに来ている。
顔は俺と違い、流行の甘いイケメンフェイスで女の子によくモテる。ロボットだから身体の交換も自由に出来るので、本人が選んだと言えば便利が良くて羨ましい限りだ。気も優しくてマメなので、俺が知ってる限り彼女が3人はいる筈だ。貞操観念は甘いらしい。
『ロボットだからさ、子供出来ることもないしねー。霞ちゃんもさ、ダッチワイフみたいな子作れば?』
と言われるが、それは人間で言うセックスフレンド的な存在らしい。いらない。
「ねえ、お昼作ってよお。昨日充電入っちゃったけどさあ、今夜は呑もう。ねえ」
「まだ、昼だよ」
「昼から呑もうよ」
「それに、昼作れって食べなくても大丈夫だろう」
「えー、食べたいよ。食べるの好きだし」
腹が減ったとか、そういう食べたいではないのだ。なんというか、もったいないとか思うのだが、毎度の事ながら俺は2人分の料理を始めた。
「ねえ、オレ霞ちゃんが奥さんでもいいと思ってるよ。そっちの気はないけど(笑)」
「気持ち悪いこと言うのやめて。(笑)に悪意しかないぞ」
「まあね」
再び圭介は充電モード(寝た)。なので、俺はチャーハンと餃子を作り始めた。酒のつまみにもぴったりの料理だろうと。圭介の嫁になる気はないが、俺は料理を始め家事が結構好きだったりするのである。地味な趣味だなとは、自分でもわかっているよ。
育児日記 ~俺とウサ子の成長記録~ 鞍馬榊音 @ShionKurama
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