第35話

 昼下がりの王城にて、帝国軍の高級将校捕虜がとある客室に集まっていた。その中の一人である老将は、かつての教え子達との再会を喜びつつも、複雑な心境だった。



「アマデウス先輩、まさかこんな形で再会するとはな。会うとしたら逆の立場だろうと思っていたのだが」

「そうだな、ツァーリよ。お前は一切も容赦せずに攻め込んできたよな……」

「それはこちらのセリフだ。気がつけば退路が無くなっていた俺の気持ちが分かるかね?」

「私なぞガチガチに退路を固めながら進軍したが、挙句洪水で流されたからな……」


 教え子達が語らっている。敵味方に分かれて干戈を交えた間柄だが、かつての級友だった事実に変わりは無いのだろう。それにしても、洪水か……気になった儂はユアン君に聞いてみる事にした。


「それは本当に洪水だったのかね?」

「いいえ、先生。水が流れてきた先に狼煙が上がっていましたので、間違いなく人為的な水攻めでしょう。アマデウス殿、そうであろう?」

「私からは答えかねるよ。我が国に亡命でもしてくれれば答えようもあるがね」

「水攻めか……進軍路の集落を完全に破壊していた事と言い、随分冷酷な作戦を採用した物だな」


 そう、作戦立案したのがアマデウス君にせよ、あるいはクリストフ君にしても、この傾向は強い違和感がある。彼らはここまで苛烈な性格だっただろうか。


「あれは悪辣だったな……井戸に毒まで仕込むとは」

「ツァーリはまだマシだろう?私なぞ冬季行軍で家屋一つ無かったのだから」

「ご丁寧に公爵領の集落も破壊したのか……俺が通った時は健在だったんだがな」

「驚いたな……アマデウス君やクリストフ君はそこまで冷徹だったか?」

「先生、私からは答えかねます。しかし、帝国軍の侵攻に対して全力で迎撃したのは間違いありません」

「すまぬ、非難している訳ではないのだ。そもそも攻め込んだ儂らに責める資格など微塵も無い。ただ、ここまで苛烈な対応を見せられたのが意外だったのだよ」


 あるいは、一つ疑念がある。スヴェン殿下が言っていた、悪魔と契約した化け物の噂。儂がこの目で見た、帝国兵を殺戮する白髪の男。信じたくないが、もしかすると彼は……。


「ところで、ヴォルフガング君は元気に過ごしているかね?」

「執務に忙殺されているでしょうから、元気ではないかもしれません」

「そうか。彼はもう二十歳くらいになったか?大きくなっただろうな」

「そうですな。今や立派な青年です」


 ふむ、少なくともヴォルフガング君は要職には就いているのだろうな。あまり話したくなさそうだ。


「確かマリア君によく似た白髪だったな」

「そうですな」

「そういえば、私が守備していた兵站拠点に白髪の男が攻め込んで来てね」

「……」


 無言か。まぁ良い、揺さぶりを続けよう。


「信じられない腕前の刺客だったよ。近衛兵を斬り刻んで猛進する有様は化け物のようだった」

「俺も、白馬を駆る男が暴れ回る有様を見たな。騎馬隊を率いる若い男で、そいつも白髪だった」

「……」


 ほう、ツァーリ君も見たのか。そして、ユアン君も続けて話し出す。


「白髪の若者ならば、ルーブル将軍と互角に打ち合っていたらしいな。俄かには信じがたいが、実際に目撃されている」

「何と……確かに、儂が見た白髪の若者も尋常ならざる腕前だったが……」

「……」


 何という事だ。クリストフ君とマリア君の子は、儂がかつて見た心優しい幼子は__。


「__ヴォルフガング君は化け物になってしまったのか?もしや、自国の村落を破壊して帝国軍の兵站に負担を与える策も、水攻めで帝国軍ごと領地を荒らす策も、彼が立案したのか……?」


 儂が呟くと、アマデウス君が拳を握りしめて微かに震えている。これは、怒りか?


「彼は今も心優しい青年です。そして娘の婚約者であり、いずれ私の息子となる男です。化け物呼ばわりは撤回して頂けませんか」

「そうか……しかし、撤回するにはまず会ってみねばならんな」

「……では、私はこの辺で失礼します」


 アマデウス君が席を立ち、出入り口に向かう。そこでツァーリ君が声をかけた。


「アマデウス先輩、やつれすぎだ。ちゃんと休め」

「……寝不足は効率を落とすと言われて、休まされてはいるんだがな。まぁ考慮しておく」


 そうしてドアが閉められた。見張りは部屋の外に立つようだな。


「アマデウス殿、疲れていたな」

「彼だけではないぞ?廊下を歩く文官達も例外なくやつれていた」

「荒れ果てた国土と戦争難民、捕虜の人数を鑑みると、休む暇があるのかどうかも疑問だが……」


 その通りだ。それどころか、街すら賊で溢れ、冬を越せない民の骸がそこらに転がっていてもおかしくない。帝国兵は捕虜となったか、大半が埋められたか……たが不思議と、護送中も含めて賊が暴れる様子は見られなかった。あるいは治安維持が苛烈なのか?


「ところで、君達が降伏した時の兵力はどの程度だった?」

「俺が降伏したのは凡そ三万程度だったと思う。いっそ連中の兵站に負担をかけようと考えたので」

「さらっと悪辣だな、お前……。私の時はニ〜三万くらいでしょうな。水と寒さでどの程度死んだかによりますが」

「合わせると五〜六万か……兵站の負担どころではないな」

「あるいは連中が捕虜を殺戮していたならば、非難の口実として充分機能しますな」

「反乱軍の行いも大概だが、お前も悪辣過ぎないか?」


 捕虜が五〜六万人?ありえない。まして公爵領は……。


「ツァーリ君、マーガトロイド公爵家の生き残りは息子と娘の二人だけだったな?」

「俺が捕虜となるまではそのはずです。当主と嫡男は公爵領領都を陥落させた時に敗死していますな」

「ふむ……」


 意味が分からない。公爵領の領都は、今我々が捕らわれているこの城だ。統治していた公爵家の当主と嫡男が死んでいて、領内のインフラは破壊されている。だが。


「訳がわからんな……なぜこの街は平和なんだ」

「左様ですな」

「どんな魔術を使ったのか……」


 皆、同意見のようだ。そうしてツァーリ君が言った言葉には、不思議と驚かなかった。


「俺は亡命も検討している」

「お前……」

「まぁ、生きてるかもわからん捕虜達の処遇や、破壊された公爵領の状況も見てからでないと決めかねるがな」


 そう、この異常事態が何によって成り立っているのか。それを見届けねば、この老いぼれも死ねんな。



 鉄格子のはめられた窓から真っ赤な夕陽が差し込む中、老将は密かに決意していた。

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