第22話 ■■■■■■■■■■

 バンデンバーグ大公、先帝フィアデスの右腕だったのは伊達ではありません。いくら観察しても、戦うどころか逃げる隙すら視えてこないとは。

 山頂が雲に隠れた山を見上げている、そんな気分にさせられる実力差。それを否が応でも理解してしまう自分の頭脳が憎たらしい。

 グリーゼくんは動かないし、生きてるか死んでるかも分かりません。生きてたところで、ビルの屋上から飛び降りたのより酷い状態ですので、戦うなんて夢のまた夢でしょう。


 そして。平静を装いながら隙を窺う私の機微も、バンデンバーグには筒抜けでした。


「フフフ、そう怖がらなくても構わんよ。俺は紳士だ。君達が殺した部下全員分の働きをしてくれるなら、今日の狼藉は見逃そう。もちろん働く以上は報酬も出す。どうだね?」


 どうだね、と言われましても。冷徹なまでの合理性には共感すら覚えますけど。人員の損失に対して鈍感すぎませんかね!?


「か、閣下!? それはさすがに……!?」


 と。ここでクソ怖い仮面の上司に意見する、銀色の鉄仮面を被った身なりの良い男性の存在に気付きました。他の覆面と同じく蜘蛛の意匠の鉄仮面……もしや、ここの責任者だという幹部でしょうか?


「殉死した同士は32名! 流された尊き血をぞんざいに扱われては、組織の士気にも……」

「強い者が弱い者を駆逐するのは道理だ。第一、組織において唯一絶対なのは俺だけだ。それ以外の人材がどこの誰だろうが、働きさえしてくれれば問題ないだろう」

「う、ぐ……っ」


 銀の鉄仮面が口を噤みました。バンデンバーグ、なんつー傲慢な思想か。

 てか、仮にも勧誘している相手の前で「俺さえいれば組織は回る」なんて言っちゃ駄目でしょうが。企業面接だったらその場で帰られても文句言えませんよ。


 さて。生き残るには面従腹背で尻尾を振るフリしかなさそうです。でも、組織に潜り込めるのなら陛下に情報を流すことだって私なら可能でしょうから、案外と悪い話ではなさそう。


「働けって、何をしたらいいんです?」


 質問する私を、リブラさんがこれまでにないぐらい凍てついた眼で見てきます。裏切るつもりとでも思いました?

 ……一丁前に正義感ですか? 何でもいいですけど。


 バンデンバーグは私が食いついたと思ったのか、気持ち得意気になって話し始めました。


「俺達の目的から話そうか?」

「現政権の転覆と貴族主義による新政権の樹立、でよろしいです?」

「情報通だな、その通りだ。差し当たっては徴収任務の引き継いで当たってもらう。西域に点在する皇帝直轄地から財産を取り戻しに行ってもらう」

「取り戻す?」

「そう。知っての通り悪逆非道な小娘皇帝が管理しているあれらの土地は、元々俺のものだ。正確には俺の配下である貴族の支配域だが、まあ配下の物なら俺の物だな」


 すっげー理論。


「あなただってサイデリア陛下の臣下では?」

「俺はヤツの即位を認めちゃいねェ。俺が拳を捧げた相手は、後にも先にもフィアデス陛下唯一人よ」

「え? いつかはフィアデスを殺して俺が皇帝だ! っていう、すごい野心家だって伺っていたのですけど」

「だ、誰が言ってた? ……あ、いや……まあ、そんな噂があってもおかしくないな。俺、超武闘派だからねェ。フッフッフッフ」


 むう。本気で焦ったのか冗談で誤魔化したのか、判断つきませんね。意外と表情に出やすいタイプだからこその鉄仮面だったりして。


「俺の話は置いておいて。取り戻した財産の一部は着服したって構わんし、働き次第ではいずれ作る新政権で重要なポストだって手に入る」

「私のような小娘に?」

「生まれも家柄も関係ない。力あるものが正義。それが俺達の理想とする新世界だ」

「ほう。実にシンプルで分かりやすいじゃないですか。嫌いじゃありませんよ、そういうの」


 私が本気で共感したとでも思ったのか、リブラさんからの視線がいよいよもって刺々しいです。あはは、鉄面皮の下に熱いもの持ってるじゃないですか。

 だったらまあ、後は任せて良さそうですね。


「ということですので、リブラさん」


 バンデンバーグから顔を背けた私は、襟を正すフリをしながら傍らのリブラさんを真っ直ぐに見据えます。


「なにが、ということなの――」

「私がこいつらを足止めしますので、ステラちゃんに事の次第を報告してきてください。頼みますよ」

「――――は?」


 彼女の仏頂面に、一瞬だけ浮かんだ表情は……何だったでしょうか。付き合いが浅いので分かりませんでした。

 ですが構わず、私は自分のチョッキをレオタードの生地、さらに下のブラジャーもろとも一気に引き千切ります。


 解放された自慢のロリ巨乳が反動でダイナミックに弾み、谷間に挟んでいた閃光弾(フラッシュバン)が転がり落ちました。


「なにを――はっ!?」


 くっくっく。異性は当然、同性すらも引き付けてしまう私の胸。それが突然、無防備に曝け出されては、ついつい凝視してしまうのが人の業。

 そこへ真夏の太陽の数十倍も明るいフラッシュが叩き込まれたら一溜りもないでしょう。

 音の方は爆竹程度ですので、聴覚を奪うレベルには達していないんですけどね。


「ぬうぅっ!!」

「ぎゃうわっ!?」


 野太い苦悶の声に紛れて、可愛い悲鳴が後方へ遠ざかって行きます。閃光が迸る寸前、シールドで張り倒して出口まで飛んでってもらったリブラさんのものです。

 勢い余ったリブラさんが一回転しながら床に激突してしまい、一瞬前後不覚に陥りそうになっていました。ですが即座に順応したらしく、脇目も振らず逃げ出してくれます。

 よしよし。んじゃー、一瞬でも長く彼女に時間を与えねば。


 私は術弓を構えてバンデンバーグを狙い撃ちます。10本分同時の束ね撃ちです。

 仮面を押さえて悶えていたバンデンバーグは、防御も回避もしないまま矢弾を全身に受けました。皮膚、硬っ。


「うげぁっ!?」


 悲鳴を上げたのは流れ弾を受けた銀の鉄仮面男だけ。仮面ごと頭部を失って吹っ飛び、壁に激突して磔となりました。

 肝心のバンデンバーグには、まち針で刺したぐらいの傷が出来ただけ。術矢は筋肉まで到達することなく消滅します。


「くっ!!」


 すぐに第二射を装填、今度は倍の20本……と考えたのですが。


「大道芸だな」


 ……瞬き一回の時間すら掛けず、バンデンバーグが至近距離まで接近します。ほとんどワープです。

 あっさり術弓ごと握り潰される私の左腕。ですが痛みが脳に伝わってくるより前に、右手の人差し指に鋭い爪を形成します。

 狙いは鉄仮面の隙間で、煌々と輝くような碧眼。


「げっ!?」


 が。完璧な不意打ちを決めたと思った一撃は、あろうことか瞼に挟まれて止められました。

 ……え? 瞼に止められたの?

 そんな困惑も、0・1秒後に襲ってきた衝撃によってまとめて吹き飛ばされました。


 一切の音が途切れ、視界がグルンと大回転。

 天井に激突させられた私ですが、すぐに重心移動を試み――あ、あれ?

 半身に力が入りません。どうにかこうにか動くのは右腕だけ、それも指先が辛うじてレベル。


 ……それもそのはず。バンデンバーグの手刀を受けた私のボディは、首の付け根から腰に向かって切断され、二つに分かたれていました。


 胸の谷間を通るような切断面。これが本当のπスラッシュ! って言ってる場合かーっ!!


「―――――――」


 ゆっくりと落下していく私の視界が、急速に黒く狭まっていきます。リブラさんはどこまで逃げたでしょうか。稼げた時間は、結局一分にも達していません。

 無駄死にもやむ無し、ですがやるだけの事はやりました。そう考え、私は潔く目を閉じます。


 短い人生の走馬灯(ハイライトシーン)でも流れるかな〜、なんて最期に考えていた私を嘲笑うように。

 瞼の裏側から、金色に輝く無数の眼球が私を見つめ返していました。

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