第3話 奉公人
親方の主な商売相手は、貴族や高級娼館といった上流階級(ノーブル)でした。卸す商品には教養と礼儀作法が必須で、見目も麗しくなければなりません。
基礎教育に食事と運動、規則正しい生活習慣、清潔な衣服にエトセトラ。投資に妥協がありませんでした。
元が浮浪児でも栄養状態を整え、姿勢を矯正し、立ち居振る舞いを教え込めば、半年から一年であら不思議。従順で礼儀正しいお澄ましさんの一丁上がりです。
ですから少なくとも売られるまでは愛情掛けて手厚く保護された、人間らしい生活が約束されていたのです。良心的でしょ?
その後? 買われた先次第じゃないですか?
そんなこだわりを持った親方ですが、後継者には恵まれませんでした。
奥さんを早くに亡くし、一人息子は出奔して行方知れず。同業者にも商品質へのこだわりを理解してもらえない……と、結構な孤独を味わっていたのだとか。
頭に白髪も混じり始め、果たしていつまで店を続けていけるのか。その不安の日々に彗星のごとく現れたのが私です。
人間を物扱いするような畜生働きを進んでしたい人は少なく。なので幼い私だったら忌避感を抱かないように教育出来ると考えたんじゃないでしょうかね?
一応私にも二十一世紀日本の発達した道徳観念が根付いていましたが、そこはそれ。動乱の時代にそんなもん持っていても邪魔ですし、そもそも両親が盗賊行為で私を育てていました。今さらって話です。
それに当時は合法でしたからね、人身売買。
最初の何ヶ月かで他の子供と一緒に基本的なことを学び、一年目が終わる頃には教鞭を持つようになりました。
「チビ先生」なんて悪口みたいなあだ名も頂戴して、忙しくも楽しい毎日を過ごします。
手塩に掛けて育てた商品を出荷する時の、なんとも味わい深い幸福感はもう、野菜やお肉を育てる農家さんの心境。美味しく食べられるんだよ(意味深)と見送る私は、きっと輝くような笑顔でしたでしょう。
……売られる子供の顔? さあ? 出荷するまでが我々の仕事ですから。
しかし。三年ほど続いた親方との師弟関係は唐突に終わりを告げます。
帝国の皇女様が実父である先帝を(この世から)追放し、皇位を簒奪する大事件が起きたのです。
新しくなった政権は人身売買を違法としました。違反したら財産没収のうえに死罪。それはもう電撃的な即日施行で、私達には帳簿を隠すどころか看板を畳む暇もありませんでした。
御用改がいつ来てもおかしくない状況。もう街から逃げる猶予もなく、親方も絶望に打ちひしがれていました。
「……仕方ありませんね。親方ァ!」
騎士団の一隊が街の隣区画にまで迫ったという情報を得た私は、腹を決めました。
独立した時の為に貯めていた裏金――じゃねーや、ヘソクリを親方に押し付けます。
もったいないですが、このまま店に置いておいたら没収されますし。血と涙の結晶、何が悲しくて全額寄付せにゃならんのです!
「これ持って地下通路から郊外に逃げなさい! こんだけあれば、あなただったら新しい商売だって始められるでしょう!」
「れ、レティ……お前、何を?」
「何を、じゃありませんよ。我々なりに精一杯やってきたことを、横からしゃしゃり出てきた新参者に踏み躙られんのがガマンならんだけです」
親方の尻を蹴飛ばしますが、別に恩人への最後の奉公じゃありません。今日まで貴族だって我々の店から商品を買っていたのに、違法となった途端に掌返して告発してきた。それがムカついたが故の反逆です。
悪法もまた法律、ですって? くだらねえ、だったら私ルールだって法律です。
「お前は……どうするんだ?」
「あなたの逃げる時間を稼ぎます。なーに、私の口八丁は知ってるでしょう。独りだったらどうとでも。ほら、いいからもう行った行った」
グッと親指を立てて見せますと、親方も意を決してくれました。
「レティ……すまん!」
「チビ先生……ありがとう!」
「じゃあね、チビ先生!」
「元気でねー!」
「生きてたらまたねー!」
そうして、親方は出荷前の商品達を引き連れて地下蔵の壁から秘密の通路へ……ってちょっと待てーい! その子ら連れてくんすか!? 足洗うんじゃないんかーい!
「いや、今後は彼らに新しい商売を手伝ってもらおうかなーっと。君のお陰で彼らもすっかり商売に目覚めているし」
……あー、そうですか。しかもどうやら親方も、政情不和を感じて何かしらの準備を進めていたようですね。んー、さすが我が師匠。
などと感心している間にも、軍靴の音が微かに届きました。我々を捕らえに派遣された騎士隊か。違うとしてもこの店のことはとっくに知れ渡っているでしょうから、やっぱり急ぐに越したことはありません。
親方達を見送って間もなく、店の扉が激しく叩かれます。
「帝国騎士団である! 三つ数えるまでに扉を開けろ!」
当然無視。私は大急ぎで準備を済ませて、彼らが踏み込んでくるのを待ちました。
程なくして玄関扉が蹴破られ、四人の武装した騎士が、大した警戒もなく踏み込んできます。
そして彼らは、もぬけの殻となった店内の奥、地下通路への抜け道を塞いだ倉庫で檻に入り、鎖で足を繋いだ私を発見します。
「……新しい、ごしゅじんさま……ですか?」
呼びかけてきた騎士に、虚ろな表情でこう返せば、誰も私が経営者の一味だなんて考えもしません。私は無事に、彼らの手厚い『保護』を受けたのでした。
しめしめ。
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