悪夢的異世界転生レビュアー

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第1話 エルドリッチドリームワークスから愛を込めて

 What is this Shit!!

 オレは、そのゲームの完成度の低さに目眩と怒りを覚えた。

 画面に表示されているのは、2世代は古い雑なCG。冒涜的とも言える技術力の低さは、とある悪魔によって放り出されてしまった汚物の牙城だ。


 その悪魔の名は、エルドリッチ・ドリームワークス。

 老舗のクソゲーメーカーだ。


 どれくらい老舗かというと、80年代のホームコンピュータ全盛期時代からゲームソフトを作り続けているのである。しかもつまらないクソゲーばかりを!


 8Bit時代には劣悪な操作性でピクセル単位の敵弾を回避しながら、無限回廊をノーヒントで踏破するアクションゲーム!

 16Bit機では極端すぎる戦闘バランスな上に、1ターンごとにセーブが必須なほどフリーズが多発するバグまみれのウォーシミュレーション!

 32Bitでは極彩色のポリゴンを辛うじて人型っぽくまとめた物体同士が、バ火力と無限コンボと覆せないガチガチのダイヤグラムで対戦する格闘ゲーム!!

 64Bit世代でも、登場人物のデッサンが狂ってるうえに、頭の中身も、なんだったら声優の演技まで狂ってる恋愛シミュレーション!!


 とにかく時代に合わせて様々なゲームを発売し、そのことごとくが商品未満のゴミという、情けない会社だ。

 ……なのに数十年も経営が続いているのが怖いところ。マニアの間じゃ、闇の資本金で生きている秘密結社のカバーカンパニーだと、もっぱらの噂である。


 ……ニーズが無いわけではないだろう。このオレのように、クソゲー専門のレビュー動画を投稿している配信者にとってエルドリ(エルドリッチドリームワークスの略)ゲーは顔なじみも同然だしな。

 でも、それは健全な楽しみ方じゃない。ゲームってのはプレイして楽しいもの。暇潰しや収益の為じゃない、プレイ自体が目的であるべきなんだ。


 今日の生放送も無事に終わった。

 最新機種になっても相変わらず、CGは汚ねーわ、シナリオは電波だわ、CMやらねーから発売日が読めないわ、サポートセンターが留守電に繋がるわ、全方位満遍なくクソである。

 苦痛を感じるゲームプレイとか、エンタメとしては失格だよね。口直しに、ちょっと古い名作RPGでもやろうかな。


 そう考えながら放送機材を片付けていたら、突然スマホが鳴り出した。

 番号は表示されているけど、知らない番号だ。普通は出ないだろうな。

 だがオレは動画投稿者。常時募集中のスポンサー様向けに、受付窓口として公開している電話がある。着信はそっちにだった。


「はい、もしもし――」

『夜分に恐れ入ります。株式会社エルドリッチドリームワークスの代表取締役、内有と申します』

「えっ!? エルドリッチさん?」


 驚いた。まさかクソゲーの殿堂からのラブコールだなんて。思ってたより人の良さそうな、そしてかなり若い声だった。

 多分男だとは思うけど、少年役の女性声優のようでもある。


『放送、観てましたよ。我が社の商品を宣伝してくださって、ありがとうございます』

「たはは〜……す、すみません。思いっきり扱き下ろしちゃってて」


 堪らず恐縮してしまう。生放送中に口走ったあれこれを思い返し、もしや訴えられるんじゃないかと戦々恐々。が、それも杞憂に終わる。


『いえいえ。うちのゲーム、だいたいの人間からの受けは悪いんです。ごく一部のユーザー様のお陰でギリギリ持ってるようなものなので』


 あっけらかんと言ってのける内有さん。淡々とした口調から感情が読めなくて、ちょっと怖い。


『それで、早速ビジネスの話、よろしいでしょうか?』


 その口調のまま、内有さんは切り出してきた。

 詳しい内容はメールで送ってある、とのことなのでPCをチェックすると、配信者としてのメールボックスにダイレクトメールが届いていた。


『単刀直入に申しますと、我が社の商品開発に参加して欲しいのです。社員待遇の給与と、場合によっては賞与も出しますよ』

「商品って、ゲームの開発ですか?」

『もちろん。所謂デバッカーですね。ただテストするだけでなく開発環境でのプレイを実況して頂いたり、依頼したい業務は多岐に渡る予定です』


 淀みのない返答に絶句する。そんなオレの雰囲気を知ってか知らずか、内有さんは続ける。


『驚きとは思いますが、これは我が社の方針なのです。一般ユーザーをオブサーバーとして招き、開発者とは違う目線を得る。そうして高い完成度を目指すのです』

「それであの体たらく……」

『たはは、手厳しいですね〜』


 つい本音が出てしまったが、内有さんは軽く流してくれた。


 にしても……なんでオレ? クソゲー配信者としちゃ中堅もいいところだし。チャンネル登録数だって1万……にちょっと足りない。趣味としては充分な数値だけど、これだけで食っていける数じゃない。


『だから、ですよ。上位配信者様ではもう、スポンサーが付いている場合が多いですから。独力である程度の影響力があり、かつゲーム以外の知識にも富んだ実況とトーク力。リップサービス抜きに、あなたは原石です。ダイヤかルビーかは分かりませんがね』

「……やめてくださいよ」


 そこまで言われると、照れるより先に悪質なドッキリを疑ってしまう。別の配信者の企画――いや、仮に電話の向こうが本物の取締役だったとしても、会社の社長だって動画投稿して当たり前の時代なのだから。


「ま、まあ、そういう話に憧れはありましたが」

『でしょう? あ、これまでのチャンネルも並行して続けていただけますとも。顔出しなども気になさらず、ガワはこっちで用意しますし。機材一式についても我が社で負担します。ここは一つ、アイドルにでもスカウトされたと思って……』


 メール、開いてくださいまし。


 最後の一言だけ、受話器ではなく耳元の肉声のように感じられた。


「……そうですね。は、話だけでも……」


 なんでか冷や汗が止まらなくなった。

 不思議な感覚だ。まるで、マウスを持った手にもう一つ、大きな手が覆い被さって操作されているような。無意識のうちに、オレはエルドリからのダイレクトメールをクリックしていた。


 その途端。スクリーンいっぱいを意味不明の文字や記号の羅列が埋め尽くした。


 ウイルス!?

 あまりにも悪質過ぎる手口に、オレは電話の向こうへ怒鳴ろうとした。

 のに。


 画面から突き出た毛むくじゃらの手で首を絞められ、声どころか息も吐けなくされた。


「ご契約ありがとうございます。では早速ご案内しましょう。こういうのは話すより、直接体感なさるのが早いですからね。それに……実はもう、基礎は出来上がっているのですよ」


 声がする。

 取り落としたスマホから? 違う、後ろだ。

 うなじに冷たい吐息が掛かるほど、すぐ近く。


 いる。


「あなたは運が良い。この私に選ばれたのですから。新しい世界の主人公、異世界転生者になれる者は多くない。好きでしょ、そういうの?」


 腕がオレを引っ張る。ものすごい力だ。

 液晶画面に衝突した頭蓋骨から変な がした。

 目 前が っ赤だ。


「向こうに着いたらもう戻ってはこられませんが、ご安心を。記憶も人格も引き継いだコピーが、あなたの人生を継続します。本人だって自分を偽物と気付けない完成度ですと、自信を持ってお送りできます」


 声 出ない

  体 潰 畳  る


 なのにこいつのこえだけはっきりきこえる


「ではでは、エルドリッチドリームワークスより愛を込めて。新たな異世界転生者の作る物語を乞うご期待!」




「……ん、あれ?」


 ふと気がつくと、オレはスマホを握りしめ、生放送の機材も片付けないでボーっとしていた。うたた寝でもしていたのだろうか。

 スマホの画面に目を落とす。時間は……生放送を終えてから、15分ぐらい過ぎている。


「…………?」


 全身が汗ばんでいて気持ちが悪い。すごく怖い夢を見た寝起きみたいだ。


「……シャワー浴びよ」


 なんだか体中に汚泥がこびり着いてるような感覚がする。一刻も早く禊がしたい。


 無性にモニターから逃げたい気持ちも何故か湧き出て、オレは小走りぐらいの素早さで部屋を出た。


「おめでとう、今日からキミが『彼』ですよ」


 囁き声のような何かが聞こえた気がする。

 しかし、曖昧な囁きは外から聞こえた酔っぱらいの下手な歌に掻き消され、オレの意識に留まることはなかった。

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