第三話 ラリってる
「当主様がお呼びです。こちらにお越しください」
「――はっ?」
帰りの支度をしていると、執事服の男に声をかけられた。
すると、この家の当主――つまりは上司が僕のことを呼んでいると言うではないか。
理由を尋ねてみたものの「当主様お呼びです」の一点張りだった。
そろそろ帰らないと限界だと言うのに間が悪い。
仕方なく当主の元へ向かうも、何故自分が呼ばれたのか分からなければ緊張もする。
しばらくして、執務室に到着する。
そして、簡易的な自己紹介を終えると、当主であるルーナラルセ様は笑みを浮かべながら本題を切り出そうとする。
そんな彼女の笑顔を見て安心したのも束の間――
「キミ、違法薬物やってるよね?」
身体から血の気が引いていくのが分かる。
自分の唯一の罪を言い当てられたのだから。
「な、なにを言っているのか理解できません……」
苦し紛れに反論するも、声が震えていて動揺が分かってしまうだろう。
もはや、自白しているようなものだ。
「大丈夫だよ。キミを王宮に突き出すつもりはないから」
「……一体何を仰っているのか……」
一瞬、突き出すことはないと言われて安堵するも、これがカマをかけていると言う可能性に気付く。
ここは無理矢理にでも誤魔化し通そう。
なんせ相手は十五の少女なのだから。
「さ、先程から閣下が何を言っているのか理解できないのですが―――」
「はぁ、まだと呆けるのかい? いい加減に認めなよ」
「ですから私はなにも―――」
「シーロン。重度の中毒症状を起こすと耳と唇が蒼くなり、手が震え始める。また、一度吸っただけで頻繁に吸わなくては落ち着かないほどの中毒性を持つ。それに加え、長期間の継続摂取により段々と身体を弱らせて衰弱、死には至らないが行動不能となる薬物だ」
「なっ――!?」
「現在のキミは、耳と唇が蒼く、手まではいかないものの指が既に震え始めている。推測にはなるが、3年程前から病床に伏せているというキミのお父上は重度の薬漬けなんじゃないかい?」
「…………」
何もかも言い当てられた。
ルーナラルセ様の推測は当たっている。
「その反応を見るに、正解かな?」
「…………」
僕は、沈黙するしかなかった。
しかし、沈黙は肯定と同じだ。
「……先程も言ったけど、キミを王宮へ突き出すつもりはない。ただし、条件がある」
「……なんでしょうか?」
ここまで気づいて、なぜ僕らを突き出さないのだろうか?――という疑問を飲み込み、その頼みの内容を尋ねる。
僕は捕まるわけにはいかないのだから。
「
「……それは、本当ですか?」
「もちろんだとも。誓約書を書いてもいいよ?」
「では、今書いていただいても……?」
「うん、いいよ。その代わり、キミにも誓約書を書いてもらう」
「……ええ、いいでしょう」
貴族にとって、誓約書というのは重い意味を持つ。
少し悩んだものの、ここで拒否すれば王宮に突き出されるのだろう。
なら、選択肢は一つだった。
「ありがと。これで契約成立だね。誓約のもとに、キミを王宮に突き出すことはしないし、働きによっては治療薬も譲る」
「……素晴らしいお慈悲、感謝します……」
僕のこれから先が全く見えなくなってしまった。
しかし、最悪の展開は回避したといえよう。
クラエルは、これは必要な犠牲だったのだと自らに言い聞かせながら自領への帰還を開始するのだった。
♢ルーナラルセ視点♢
薬中ことクラエルが帰還した後、ザバルド爺がボクに質問してきた。
「お嬢様、薬物商人の情報を得てどうするのですか?」
「脅す」
「「…………」」
両者、沈黙。
「お嬢様、お聞きしたいことがあるのですが―――」
「シーロンと言う薬は、5年近く服用を続けると頭が麻痺していって使い物にならなくなるんだけど、多分そろそろ彼も5年目だと思うんだよね」
「は、はぁ……?」
「多分、お父上が吸ってたのを間違えて吸ったのだと思う。それで薬中になって―――」
「お、お嬢様。大変恐縮ですが、私がお聞きしたいのは彼の事情ではなく………」
「じゃあ薬についてかい? シーロンは、中毒性がとても強く脳を摩耗させる効能を持つ薬で―――」
「お嬢様、私がお聴きしたいのは、闇商を脅してどうするということなのですが………」
「ああ、そっちか」
心優しいザバルド爺のことだから、てっきり彼の事情でも知りたいのかと思ったのだけど。
ボクは、ザバルド爺にこれからの計画を少しだけ教えてあげることにした。
「闇商人って言うのは、なんで闇商売をすると思う?」
「それは……そちらの方が儲かるからでしょうか?」
「その通りだ。だからこそやってはいけないと分かっていても、犯罪だと理解していても続けてしまう。違法薬物と同じだね」
「は、はぁ」
「彼らはズル賢いから闇商売という方法を思いつく。だからこそ自分は賢いというプライドを持っている。だから、自分なら大丈夫だと考え辞めない」
しかし、今回の場合は客選びが雑過ぎたのが運の尽きだ。
多分だけど、クラエルくんがボクの部下でなかったら正直にゲロってくれなかったと思う。
チャーム万歳。
「まあつまり、闇商人はボクに証拠を握られてしまっている。だから、それをダシにして脅せば、自分たちが犯罪者だと理解している彼等はボクに従うしかなくなる訳だ。この国は違法薬物には異常に厳しいからね」
「しかし、闇商人を従えて一体なにを―――」
「そこからは秘密だよ。トップシークレットだからね」
ここからは、これからの計画に関わる重要な部分だ。
だから、正義感の強いザバルド爺には教えられない。
「ふふふ、これからが楽しみだね……」
ボクは思わず笑みを溢すのだった。
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