小休止(さぼ)ろうよ

「今帰り? 小宮さん」


振り向くと、校長先生が微笑んで立っていた。


「はい、生徒会の役員会が長引いちゃって」

「あら大変ねえ……でもほかのメンバーは?」

「生徒への広報資料を作らなくちゃいけないので、私だけ少し残ってました」

「大丈夫、一人で?」

「……大丈夫です」

先生に呼び止められちゃったけど、早いとこ、この無駄な時間を挽回しなくちゃ。ソワソワしてたら先生に見抜かれた。

「ごめんなさい、この後も用事があるのね」

「あ、すみません。予備校に行って、家のこともやらないと」

「そう……、あまり無理しないでね」

「ありがとうございます。こちらで失礼します。」


優しい言葉をかけてくれるのはありがたいが、反面、校長先生に心配されてもな、って思ってしまう。だってこの人、あんまり苦労してなさそうだし。校内でたまたますれ違っても、お客さんとムダ話してるし、学校行事は生徒以上に楽しんでるし。順風満帆にここまでやってこれたんだろうな。羨ましいというかなんというか。


予備校で単科の講座を受講し、急いで家に帰る。家事と妹、弟たちの食事やお風呂の世話をしなくちゃいけない。

家の最寄りに停まるバスに乗るために、駅のデッキに上がり、コンコースを抜ける。

その途中、あるものが目に入った。ガチャガチャ。トイカプセルの販売機だ。コンコースの一角に販売機がずらりと並んでいるが、歩道に面しているマシンの一つに、こう書かれていた。


“頑張るあなたにゲキを飛ばすカワイイ埴輪(ハニワ)君。


思わず足を停める。

三百円か……かなりの出費だが、ちょっとバテ気味な私には、こういうのが必要だよねと自分を納得させる。そしてお金を入れ、ツマミをぐるりと回す。


カプセルを開けると、真っ白い球形の謎の物体。ちょっと気難しい顔をしている。ストラップ付き。ガチャマシンの胴体にハニワって書いてあったから、これでもハニワなんだろうな。樹脂でできていて柔らかい。指でクニュクニュといじってみる。

そしたら。

“モウ! ガンバリヤサンナンダカラ……ホントエライ!”

と声を発した。

これ、結構いいかも。しんどくてサボりたいと思ったときに、ホメて私を鼓舞してくれる。この子の電池が切れるまで。ずっと。


翌週の生徒会の帰り。

「あら、小宮さん、今日も遅いわね」

校長先生が声をかけてきた。挨拶をしてさっさとこの場を離れたい。


「まあ、可愛いわね」

先生は私のカバンについている白くて丸いハニワのキーホルダーを目ざとく見つけた。クニュクニュいじり、発する声を面白がっていた。


「これ、アレでしょう? 駅のコンコースのガチャ専門ショップで並んでたやつ」

「はい、そうです」

「実はね、私もそこでガチャ回してみたんだ」

「え、先生がですか?」

「そう、そしたらこんなのが出てね」

そう言って先生はカバンの中から赤茶色の小さな物体を取り出し、手のひらに乗せた。

それは見た目、粘土の素焼きっぽかった。口と目はぽっかりと穴があいていて、いかにも埴輪らしい。


「私はもう、カンペキにできてるから、応援は要らないんだ……よかったら貰ってくれる?」

この先生、そんなにカンペキに頑張ってたっけ? とてもそうは思えないと思ったものの口にはできず、ありがたく受け取る。


「ウチの家系はね、脱力するとみんなハニワ顔になるみたいでね、例えばこんなの」

そう言って先生は私に顔を向け、秘技を披露した。


なにそれ!!!! 先生のお顔のパーツ、点が三つになっちゃって、まじハニワなんだけど!? 

「( ,,>з<)ブプッ`;:゙;`;:、 先生それ、彼氏の前とかでやらない方がいいですよ」

「あらそうかしら。こんな私を好きになってくれる人しか愛せないわ」

先生は顔のパーツを元に戻してそう言った。


「ねえ、ちょっとサボっちゃおうか?」

「え?……でもこの後、家のことやらなくちゃ」

「いいじゃんいいじゃん。長い人生の中では、ほんの一瞬の出来事よ」

そう言いながら先生は私のカバンの白いハニワの横に、赤茶で口ポカン顔の子をくくりつけた。


そうして、十分だけねと言って、先生が連れて行ってくれたのは、最近オープンした肉まんの専門店だった。


前に三人並んでいたが、すぐに私たちの順番になり、校長先生がすかさず注文した。

「肉まん五個ください……二つはここで食べるので、あと三つは持ち帰りで」

え!?そんなにいっぱいどうするの?


「さ、食べちまおう!」

そう言って大きいのを一個私に差し出す。アチチチ!


人が行き交う商店街、制服姿で肉まんをかぶりつくのは気が引けたが、先生は白い湯気を立てながら美味しそうに食べている。


肉まんを持つ指先が熱さでじんわりと痺れる。


ガブリ。

うんうん、美味しい、熱い……そして優しい。


「たまにはこういのもいいでしょ?」

「はい……確かに」

肉まんの湯気が私の固まった心を溶かしてくれているような気がした。


「ごちそうさまでした」

「いえいえ、私も食べたかったし……はいこれ、おチビちゃんたちに」

先生はテイクアウトの肉まんが入った紙の手提げを私に手渡した。

「え、そんな悪いです!」

「小宮さんを連れ回しちゃった拘束料だから、気にしないで」


「“Must”から、“If possible”へ」

「え?」

「カンペキじゃなくてもいいのよ」

「でも、私……」

「大丈夫、ここに生きたサンプルがいるんだから」

そう言って先生は自分の胸を親指で指した。


「じゃあね」

「あ、ありがとうございました」


先生と別れ、家路を急ぐ。

カバンについている『二つのハニワ』が仲良く揺れている。


先生にもらった茶色い方を試しにクニュクニュする。


“ホドホドニガンバッテ、ホドホドニサボッテネ”

その声は、どう聞いても桜羽先生のものだ。


私は、白いハニワに褒められ、茶色いヤツにサボれと言われる。

このバランスが大事なんだろうな。

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