誰かの話

氷魚

切ない恋心

冷たい風が頬を刺す。

白い息が見えては、消える。ああ、なんて儚いのだろう。

私は彼が好きだった場所を赴いては、彼との思い出話を肴に酒を飲む。


「ねえ。どうしてあなたはここが好きなの?」


いつだったか、彼に聞いた。すると彼は何も言わないで、ただ笑うだけだった。

彼と私が共に暮らした街全体を一望できる場所に私はいる。

彼と来るときは決まっていつも夜だった。ここから見える夜景が好きなんだそうだ。

あの日だって、そう。


『なあ、今度はいつもと違う景色見せてやるよ』


そう、子供みたいに笑ったあなたはその景色を見せてくれなかった。


「どんな景色を見せたかったのよ…」


彼の好きな夜景を眺めては、酒を飲む。飲まないとやっていられなかったからだ。


『その景色が一番好きなんだ』


彼の一番好きな景色。それが知りたくて、何度もここに来た。どれが正解なのか分からない。


朝の景色。


昼の景色。


夕方の景色。


夜の景色。


私はその全てを彼と一緒に見てきた。…まだ見ていない景色って何だろう?

彼が好きな景色って何だろう?


「教えてよ、バカ」


涙で夜景がぼやけた。

新しい酒の缶を開け、ぐいっと飲み干した。

ほろ苦い味が喉の奥に広がった。



気がつくと、私は眠っていた。ほんの数十分、眠っていたみたいだ。誰かの声で目を覚ました。その声がひどく懐かしいような気がした。

車から出る。ひんやりとした寒さに体が震えた。

大きな欠伸をし、体を伸ばす。

スマホを見ると、一月十四日、零時だった。

眠い瞼をこすり、街を眺めた。


「…え?」


そこには私の名前を羅列した光があった。そして、その下には、


『誕生日おめでとう。俺と結婚してください』


これが彼の見せたかった景色だったんだ。

あまりの美しさに目頭が熱くなった。

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