第28話 零級特務退魔官


「ははは! お前がエクストラナンバーだと? 最高に面白い冗談だなっ! ククク……ガキが背伸びしたいのは分かるが、流石に盛りすぎだろ……はははっ!」


 ルークはトウヤが零級特務退魔官エクストラナンバーだと聞いて笑い飛ばす。


 彼もトウヤのことは事前に調べていたので知っている。


 忌み子として生まれ、その後も微量な魔力しかない日本の御三家の劣等者。


 あくまで表向きのトウヤのデータはそうなっている。


 そんな彼のことをルークが軽んじるのも無理はなかったが──トウヤは改めて、言葉を紡ぐ。


「そうだな。言葉だけでは、信じられないだろうな。では──示そうか」


 そう言うとトウヤは刀にそっと触れる。



「第一門──解」



 すると一瞬、トウヤに莫大な魔力が降り注ぐ。


 そして彼は体内とデバイスに魔力を十分に供給すると、まるで幾重にも重ねるようにして自身のことを覆う。その魔力量は──ルークと同等か、それ以上のものだった。


 この十年でトウヤは自身の外部魔力貯蔵庫アウトストレージを完全に理解した。


 まず、トウヤはこの外部魔力貯蔵庫アウトストレージを三段階に分けた。


 この第一門の解放はトウヤが無銘を解放する際の、必要最低限の魔力量である。


 もちろん第三門まで一気に解放して全力を出すこともできるが、それはトウヤの肉体の魔力許容量を超える。


 彼は知った。自分の魔力が外部──トウヤはおそらく霊体にあると考えている──にあるのは、人間の肉体では耐えることのできない量だからだと。



「テメェ……まさか、魔力量を自在に操れるのか……?」


 先ほどまで笑い飛ばしていたルークだが、彼は真剣な眼差しでトウヤのことを睨みつける。


「あぁ。普段は抑えているがな」

「く、クク……あははは! そうか! エクストラナンバーは、魔力量を自在に操ることのできる特異体質だったのか! いいね。最高の研究材料じゃないか!」


 嘲笑ではなく、ルークはトウヤのことを研究対象として興味深いと思った。世界的にも、ここまで自在に魔力量を操れる退魔師はいない。


 ルークの目は爛々と輝き始める。


「クク……だが、悪手だったな。俺の前に姿を現したのは」

「悪手?」

「あぁ。なぜなら──俺はお前よりも強いからだ」


 そしてついに──ルークは自身のデバイスを起動する。



風刃双銃シルフィード──起動アクティベート



 すると彼の両手には拳銃が握られる。純白のその銃を見てトウヤは、すぐに分析を始める。


(拳銃タイプのデバイスか……なるほど。それなりに厄介そうだな)



「この俺様にデバイスを抜かせたことは、誇っていいぜ?」

「別にそんなことは誇るべきことではない」

「ククク……ほざけ。お前はこの後、この俺様に蹂躙される。一流の戦いってやつを、その身に刻んでやるよ」


 トウヤが零級特務退魔官エクストラナンバーだと判明しても、ルークは自分の実力の方が上だと思っている。


 それは、あくまでトウヤは魔力量を自在に操る特異体質なだけで、実力は伴っていないと考えているからだ。


 そもそも、現代の魔術戦においては経験値がものを言ってくる。夜魔だけではなく、退魔師との戦闘でもそれは同様だ。


 まだ十五歳のトウヤは若すぎる。いくら才能があろうとも、自分には及ばない。それがルークの見解だった。


「一流の戦いか……」


 トウヤもまた、ついに──無銘を完全解放する。



「無銘──起動アクティベート



 抜かれるのは純白の刀。トウヤは無銘にも十分に魔力を集め、抜刀する。



「抜いたか……さぁ、どこまでこの俺様相手に耐えることができるのか、見せてみろよ! 零級特務退魔官エクストラナンバーァ!!」



 ついに戦闘が開始されることになった。


 ルークは自身の二丁拳銃デバイスをトウヤに向けて発砲。乾いた音が響くが──その銃から弾丸は放たれることはなかった。


 トウヤは不可視の弾丸の軌道を見切り、刀をそっとその軌道に添えるだけでその攻撃を弾いた。


「ほぉ。よく俺様の攻撃を防げたな」

「拳銃の角度を見れば容易さ」


(なるほど。風系統の魔術か。それを拳銃というデバイスによって不可視の弾丸を放つ。こいつがここまで自信を持っているのも、頷ける)


 性格と実力に密接な関係性はない。


 どれだけ性格が良くとも、実力が足りないことはある。


 どれだけ性格が悪くとも、実力があることもある。


 世界は残酷で非情である。


 ルークは確実に、この世界の中でもトップクラスの退魔師であることをトウヤは認める。


 しかし、トウヤも臆することはない。



「──シッ!」



 トウヤは肺から一気に呼吸を吐き出すと、身体強化をして相手に迫っていく。近接系の武器デバイスと遠距離系の武器デバイスの戦いでは、距離感が重要になってくる。


 超近接交戦距離キリングレンジに入れば有利になってくるのは、トウヤのデバイスである。


 すでに時刻は深夜の二時。魔境深夜帯ナイトメアという環境下において、二人のコンディションは限りなく上がってきている。


 そしてトウヤは、一度納刀してから高速の抜刀術で相手を斬り伏せようとするが──


「クク……あぁ。そうくるよなぁ。でも、俺がその対策をしていないと思うか?」


 ニヤリと笑みを浮かべる。


 するとトウヤの頭上から空気を切り裂く音が聞こえてくる。彼はすぐに空を見上げると、天から不可視の弾丸が降り注いでいることに気がつく。


(避けるしかないが──)


 トウヤは自分の体のラインを一つ横にズラすことでそれを躱すが、その逆サイドにはすでにルークが待っていた。



「ははは! そっちに避けるしかないよなぁ!!!」



 ドドドドド! と連続射撃がまるで雨のようにトウヤに向かって降り注ぐ。彼はすぐに無銘でそれを受け切るが、かなりの威力で派手に吹き飛ばされていってしまう。


 なんとか地面に軽く手をついて威力を殺すトウヤだが、ニヤニヤと笑っているルークは自身の勝利を確信していた。


 不可視の弾丸は微かに顔面を掠め、血が流れ出してくる。トウヤはそれを拭いながら、深く思考を巡らせる。




(可能性としては考えていたが、やはりか。あの二丁拳銃デバイスはあくまで増幅装置。彼はそれ以外にも通常の魔術を発動することができる。二丁拳銃デバイスを経由しない攻撃は威力も下がるが、相手もそれは分かっている)



 今の戦闘の中でトウヤは、相手の戦闘スタイルを見抜いていたが。



(あくまで、通常の魔術は牽制。そして、それによって動きが限定された相手を二丁拳銃デバイスで仕留める。なるほど。非常に理に適った戦闘スタイルだ。弱点らしい弱点はないな。ただ──俺もこれで戦闘方針を固めることができた)




 現代魔術戦では、互いの手札リソースの管理が必要不可欠になってくる。


 夜魔のステージ3以上、または高位の退魔師との戦闘ではそれは顕著になっている。


 デバイスによって進化した現代魔術戦において──不意打ちを除けば──相手を一撃で屠るのは不可能に近い。


 それはデバイスによって魔術防御がさらに高度化していき、さらには高度な魔術を組み上げる時間など互いに与えるはずもないからだ。


 つまり、発動速度が速く、それなりの威力も担保されている魔術が好まれる傾向にある。


 上位帯の戦闘では、高レベルで大規模な魔術よりも低レベルで小規模な魔術の方が使用頻度が多くなるのは、そのためだ。


 互いの手札リソースを把握し、読み合いを制する。


 これこそが魔術戦の真骨頂である。



 そしてトウヤは持っている刀を逆手に持ち、ついにその真価を発揮する。



漂剣ひょうけん──起動アクティベート




 †




「ふむ……相手も流石になかなかの猛者ですな」

「だな。相手のルーク=ラザフォードはイギリスで一級退魔師ファーストクラスの退魔師だ。その中でも実力はトップクラス。世界的に見ても、上から数えた方が早い優秀な退魔師だ」

「おぉ……なるほど。流石に相手も手練れですか」

「あぁ」


 トウヤとルークの戦いを、皐月と朔夜は観戦していた。現在、二人を覆うように結界を展開しているのは、皐月の魔術である。


 元々、彼女はこの戦いを初めから想定して動いていた。


 現在はトウヤが劣勢のように見えるが、二人ともに全く焦りなどはなかった。


「お。トウヤ、ついに無銘を使うようです」

「現代魔術戦において重要なのは、適応力だ。圧倒的な魔術でねじ伏せることなど、格下相手にしかできない。読み合い、駆け引き、それらを含めた総合力が退魔師の実力となる」

「全くもってその通りでしょう。そして我が弟のトウヤの無銘デバイスは、まさにそれに適している。十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人とは言いますが……身内贔屓を除いても、トウヤは神童のさらに上を行く」


 トウヤの実力を知っている皐月も、それを聞いて微かに笑みを浮かべる。


「あぁ。私も自分のことは天才だと思っていたが、あいつの前では誰もが霞む。ただの天才は皆がその実力に憧憬しょうけいを抱く。しかし本物の天才は──憧れを抱くことすら許さない。その存在さいのうは──才能というものすら消し去るのだから」


 そして二人はついに真価を発揮するトウヤのことを、じっと見つめるのだった。




 †




漂剣ひょうけん──起動アクティベート



 トウヤがそう言葉にすると、逆手に持っていた刀が雲散霧消する。


 代わりに彼の背後には十本の剣が顕現する。宙に浮いているそれは、まるで羽のように背後で展開されている。


「ほぅ……それがお前の奥の手ということか?」

「そんな大したものじゃないさ。ただ、お前に対してはこれが最善だと判断した」

「へぇ。それは楽しみだなぁ」



(刀の形態変化……どうやら、魔力量を自在に操るだけではなく、刀剣の性質も操ることができるのか。俺の手数には、手数で勝負。クク……あぁ、いいね。これが日本の最終兵器である零級特務退魔官エクストラナンバーか)



 ルークもまたトウヤの手札リソースの管理を始める。

 

 互いに手札は出揃った。ならばあとは雌雄を決するのみ。



「ははは! いいな! 見せてみろよ! 零級特務退魔官エクストラナンバーの実力ってやつをよぉ!!!」


 先ほどの比にはならないほどの射撃量。ルークは高速で円を描くように移動し、射撃を続ける。


 銃口から不可視の弾丸が予測されるのを極力減らすためだ。


「さぁ──行こうか」


 トウヤは背後の剣を二本ほど両手に取る。そして、背後にある八本の剣を展開して──戦闘を始める。


 彼は一気に加速していくと同時に、八本の剣を空に自由に展開させていく。


 それをルークの背後目がけて次々と射出している間に、トウヤはさらに距離を詰めていく。


「あぁ、いいねぇ! そう来るなら、俺も少しは楽しめそうだ!!」


 ルークは振り向くことなく、背後から飛翔して来ている剣を二丁拳銃デバイスで次々と撃ち落としていく。


 ただトウヤに焦りはない。



(反応した……なるほど。これに反応できるということは──)



 撃ち落とされた剣は地面に突き刺さっていく。


 そして、彼は迫ってきているトウヤの動きを見逃すことはない。トウヤの持っている剣に対しても射撃を開始する。


「……ぐっ!!」


 あまりの威力にトウヤは剣を落としてしまうが、それはトウヤも想定内。


 撃ち落とされた剣をすぐに拾って、ルークへと肉薄していく──!!


 ガキンッ! とトウヤのデバイスとルークの二丁拳銃デバイスがぶつかり合う。


 鍔迫り合いのような形になるが、ルークには笑みを浮かべる。


「この距離まで迫ってきたのは、お前が初めてだ。でもな、それだけさ」


 一歩だけルークは下がると、再びドドドドドドと乱射を始める。


 その連射をトウヤは地面に弾き返すことで、土煙が発生。トウヤは咄嗟にその中に身を隠した。


「クク……この土煙の中の隠れたか。でもな、俺の真価は二丁拳銃デバイスだけじゃあないんだよなぁ」


 ルークは風系統の魔術を得意としている退魔師。そして彼は周囲の風の流れを把握することができ、中でもの動きに関しての知覚能力はずば抜けている。


 先ほど、背後から迫るトウヤの剣を撃ち落としたのも、その魔術のおかげである。



「ははは! この俺様の風流完全領域シルフィードスフィアの前では、全ての行動がお見通しなんだよっ!!」



 そしてルークは土煙の中で高速に移動する魔力を感知する。彼の前では──逃げ切ることは決してできない。


「死ね。雑魚が」


 射撃。パァンッ! と乾いた音が鳴り響く。


 ルークはトウヤの心臓目がけて発砲したが──



「──は?」



 そこにあったのは、魔力の帯びた剣だけ。カキン、と無機質な音を立ててただ剣が弾き飛ばされる。



「──やはりな」



 背後に迫ってきるトウヤにルークは気がつくが、もう遅い。


 トウヤはちょうど後ろを向いたルークの頬に思い切り拳を叩き込んだ。


「ぐあっ……!?」


 あまりの出来事に理解が追いつかず、ルークはそのまま無様に転がっていく。


 頬は擦り切れ、ドクドクとルークの頬から血が溢れ出してくる。


「あ、ぐ……な、何が起きた……?」


 痛みに慣れていないルークはなんとか立ちあがろうとするが、まだ状況を理解できていない。


 そんなルークに対して、トウヤは十本の剣を翼のように展開しながらたたずんでいた。




「立てよ、。お前の真価を俺に見せてみろ」




 トウヤは敢えてルークのことを一流と呼ぶ。


 彼は極めて冷静に戦闘をしているが、それでもアリアをあそこまで追い詰めたルークに対して静かな怒りを秘めていたからだ。


 しかし、ルークもそれが煽りだということは理解している。


「は、ははは……!!! ここまでコケにされたのは始めてだよ、零級特務退魔官エクストラナンバーァアアアア!!!!」


 ルークはさらに二丁拳銃デバイスに魔力を込めていく。


 正真正銘の本気。今までトウヤのことを見下して油断していたが、ルークはそれを改める。



「お前は全力で殺してやる」

「御託はいい。来い──」

「うるせええええええええええええええ──!!!」



 二人の戦いは──最終局面へと突入する。

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