第38話 ラスボスはやっぱり第二形態、第三形態が基本です

キング悠斗スライムの触手が彩愛に襲い掛かる。それを彼女が箒で振り払うと、千切れて、べちゃべちゃと汚いシミになって床や壁にへばりつく。幸いにも、分離した触手は制御から外れるらしく。そこから動く気配はなかった。


「ああもう。まったくめんどくさいわね」

「ごろず。おがず!」


彩愛が悪態をつくと、それに応えるようにキング悠斗スライムがゴボゴボといった音に混じって何かを喋る。彼の攻撃が彼女に当たらない一方で、彼女も無数の触手に阻まれて彼を攻撃するところまでたどり着いていない。


「ここまで頻繁に触手が飛んで来たら、反撃する余裕すらないじゃない!」


彩愛の叫び声にスライムも一瞬だけ怯んだ様子を見せるが、すぐに触手攻撃を再開する。ふたたび防戦一方に追い詰められる。


「はあはあ、きりがないわね……」

「ぐばばばば、ぞろぞろおばりばぁ!」


彩愛の表情に疲労の色が見え始める。動きもいくぶんか鈍くなっていて、まだ余裕があるとはいえ、とらえられるのも時間の問題である。


「ぐっ、そろそろマズいかも……」


触手が彼女の身体に打ち付けられる。ギリギリで回避したつもりだったが、わずかに足りず腕にかすってしまう。


「ぶばばばば、ぶれだだぁ。ぎざばぼばりだばぁ!」


勝ち誇って叫び声をあげながら触手を振り回す。いくら疲労が出ているとはいえ、無策に振り回すだけの触手では、彼女の身体に触れることすらできない。


「勝ち誇ってるとこ悪いけど、そんな雑な攻撃じゃ当たらないわよ!」

「ばがだぁ!」


勝ち誇っている理由。それはおそらく何らかの毒だろう。彩愛はわずかに自分の身体が拒否反応を示しているのを感じて顔をしかめる。一般人ならともかく、下層でも普通に戦えるだけの実力を持っている彼女にとって、スライムの触手から侵食した毒程度、効くはずもない。


「残念ね。この程度の毒、効かないわよ」

「ぐぶぶぶぶ」


だが、触手の数は一向に減らず、なかなか攻め手に転じることができないのもまた事実。持久戦になれば、ジリ貧になるのは目に見えていた。


「くそっ、せめて少しだけでも触手を封じ込めれば……」


この状況を打破するには、やはり奥の手を使うしかない。OPは十分に回復しているが、精神集中を必要とするため、この状況で使うのは難しい。


迫りくる触手に思考が中断させられる。攻撃の合間を縫って間合いを詰めようとする。だがそれも、別の触手に阻まれてしまい、やむなく距離を取る、


一進一退の攻防を続けるキング悠斗スライムと彩愛。そこの間に一つの影が割り込んだ。


「おっと、僕の相手もしてもらおうか!」

「五郎! あっちはどうしたの?」

「あっちはあらかた片付いた。後は結衣が取りこぼしを拾うだけで十分だ」

「ごどぉぉぉぉぉ!」


五郎の加勢により、彩愛に向かってくる触手はほとんど五郎によって防がれる。その状況に彼は苛立っていた。


「こ、これなら……五郎。少しの間――任せたわ!」

「もちろんです。まだまだ恩は返しきれませんけどね!」


そう言って、五郎はキング悠斗スライムの方を見て、意識を集中する。その瞬間、全ての触手が吸い込まれるように五郎の方へと向かっていった。


それだけでなく、結衣たち三人と戦っているスライムも五郎の方へと向かっていく。それだけでなく、彼女たちもにらみつけるような視線を五郎に向けているように、彩愛は感じ取っていた。


「これは、気のせいね。さて……」


五郎が作りだしたチャンスを活かすべく、彩愛も箒の先を上に向けて立て、意識を集中する。


「封印解放、如意宝棒!」


以前のように箒の柄が種々の宝珠をあしらった黄金色に輝く棒へと変わる。凶獣の時には動きを止めるために力を割いたが、今は五郎がキング悠斗スライムを抑えているため、その過程を省略する。


「降臨せよ、大威徳明王。天魔、死魔、病魔、睡魔、色魔。諸々の魔を調伏せし偉大なる王」


 その言葉によって、宝棒が白い光に包まれる。その光の中に、六つの顔、六つの腕、六つの脚を持ち水牛に跨る鬼神のような姿が浮かび上がる。その圧倒的な光の力にスライムだけでなく、五郎たちも圧倒され彼女を姿を魅入っていた。


「残念だけど、勝ちは譲れないわ。そんな借り物の力に負けるわけにはいかないもの。――オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ!」


 彼女が宝棒を振り下ろすと、先端に生まれていた光球がキング悠斗スライム目掛けて一直線に飛んでいく。そして、彼の身体を覆い尽くし、まばゆい光を放つ。


「グ、グ、グガァァァァァ! バ、バカな。俺の力が、せっかく手に入れた力が! 負ける? 天才である俺が負けるだと? そんなこと許されると――」


消え去る間際、彼を覆っていたスライムが霧散し、コアである彼の頭だけとなる。それによって、彼の最期の言葉ははっきりと聞こえるようになっていた。光は彼の頭にも侵食していき、最後には塵一つ残らなかった。


「お、終わった……」


力を振り絞った結果、彼女は膝から崩れ落ちる。その身体を五郎が慌てて駆け寄って支える。


「お疲れさまでした。これでやっと……」


彼の腕によって抱きかかえられた彼女の身体。弾力を失った彼女の胸の感触が戦いの壮絶さを物語っていた。


彼女との出会いから始まって、悠斗との因縁。そして、変異スライムと、その背後に暗躍するマスターの存在。それらの一連の出来事に、ようやく終止符が打たれた。


「「「彩愛さん!」」」


結衣、愛菜、花蓮も彼女のもとに駆け寄り、様子をうかがう。


「大丈夫、力を使い切っただけだ」


五郎の言葉に全員が胸をなでおろす。だが、彩愛以外は誰も気付いていなかった。


――残っていたスライムが、まだ生きていて、ゆっくりと一つにまとまろうとしていることに。


「くっ、まだ、まだ安心するのは早いわ。残りのスライムを早く倒して!」


その言葉に全員がハッとして周囲を見回す。時すでに遅し、彼らの視線の先には、悠斗の形をしたスライムが立っていた。そのコアも全て悠斗の頭に変化していた。


「ククク、愚かな。だが、おかげで俺は次のステージへと立つことができた。今の俺なら、お前たちに負けることはありえない! 俺の名はネオ、キング悠斗スライム・ネオだ」


ネオは彩愛たちに向かって獰猛な笑みを浮かべた。




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