第10話 幼馴染を救出するのは定番ですが、それに巻き込まないでいただきたい。
「おいっ、早く走れ!」
「ま、待って!」
「頑張ってください!」
前方から走ってきたのは、茶髪でミュージシャン崩れのような男。それに続いて魔女のようなコスプレをした小柄な少女とシスターのような服を着た女性。
「えっ? 悠斗さん?!」
「アンタの知り合い?」
「はい、あの三人が僕が入ろうとしているパーティー『ハルトキングダム』のメンバーです。先頭の男がリーダーの
三人はちょうど彼女たちの方に向かって走っていた。
「マズいわ、とりあえず隠れましょう!」
「え、どこにですか?」
彩愛は【用具入れ】から『段ボール箱(二人用)』を取り出して素早く組み立てる。それを五郎に被せて自らも中に入り、通路の脇に移動した。
「ちっ、なんだこれ。邪魔だ!」
「ちょっと、そんなの放っておいて早く逃げよう!」
端に寄せていたにもかかわらず、悠斗は邪魔だと言わんばかりに段ボール箱を蹴りつけた。しかし愛菜が彼をたしなめると、すぐに三人は入口に向かって走り去っていった。
彼らの背中が見えなくなってから、彩愛は段ボール箱を畳んで【用具入れ】にしまった。
「あれが、アンタが入ろうとしているパーティー? 正直おススメしないんだけど……」
「それより、結衣がいなかったんですけど!」
「確かにいなかったわね。アンタみたいに置いて行かれたか、既に死んだか……」
「あ、彩愛さん! 急ぎましょう!」
腕を組んで考え込む彩愛を急かすように、五郎は奥へ向かって走り出した。彩愛はしばらく彼の背中を見ていたが、肩をすくめて首を振ってから彼を追って走り出す。切羽詰まった表情をしながら、五郎は全速力に近いスピードで走り続ける。それは彼程度の探索者にとっての話。彩愛にとっては全速力とは程遠いスピードであり、現に涼しい顔をして並走していた。
「ここがボスの部屋よ」
「はあはあ、ここまで結衣の気配は無かったし……。やっぱり中か?!」
「その可能性が高いでしょうね」
彩愛とは対照的に息を切らしながら、五郎は入口の扉をにらみつける。
「早く、入りましょう!」
五郎の言葉に、彩愛はうなずいてボス部屋の扉を開く。部屋の中には夥しい数のネズミ。そしてネズミ特有のアンモニア臭に混じった、微かな血の匂い。部屋の一角、十数匹のネズミが群がっているところから、ガリガリ、クチャクチャという音に混じって、弱々しい声が聞こえてくる。
「やめて……。痛いよぉ……。助けてよぉ……」
「結衣、結衣ぃ。くそぉぉ!」
五郎が結衣を助けるためにネズミの集団に斬りかかる。しかし、別のネズミが数匹ほど彼の前に立ちふさがった。
「くそぉぉ!」
剣を滅多矢鱈に振り回す五郎。しかし、ネズミたちは巧妙に距離を取って、彼の行く手を阻む。
「仕方ないわね……。やりたくはないんだけど、このままってワケにもいかないし」
その言葉と共に、彩愛の雰囲気が変わる。先ほどまでのダンジョンメイドとしての柔らかい雰囲気から、心臓に凍てつく刃を突き立てられるような独特な気配を放つ。
「チュチュチュー?!」
彼女の気配をいち早く感じ取ったのは、ネズミたちだった。五郎の行く手を塞ぐものも、結衣の身体を貪るものも、等しく異変を感じ取って動きを止める。そのまま彼女が一歩踏み出すと、ネズミたちは一目散に部屋の奥へと逃げ出した。
「結衣、大丈夫か?!」
「大丈夫では……ないと思うけど」
結衣は辛うじて生きてはいた。ポーションでも延命は可能だろう。しかし、顔色が悪く状態異常にかかっている可能性がある。
「どうする? ポーションで回復してもいいけど……状態異常にかかっている可能性があるから、別途治療は必要になるわ。あるいは、もう三千万円のリスクを負う覚悟があるなら、エリクサーを譲ってもいいけど?」
「……お願いします。譲ってください。結衣には後で説明しますから」
五郎は、この場での回復を優先した。この負傷の状態からして、治療にかかる金額も相当なものになるだろう。一刻も早く回復したいという考えもあってか、彼はリスクを負う選択をしたようだ。
「言っておくけど、エリクサーは経口摂取でないと効果が出ないわ。それに、このくらいのダメージなら一口飲めば十分よ」
「その説明、最初にあった時に欲しかったなぁ」
彩愛が彼にエリクサーを手渡し、注意事項を説明する。それに嫌味を返しつつ、エリクサーを彼女に飲ませた。彼女の喉がわずかに鳴り、傷がみるみるうちに元通りになっていく。真っ青であった顔色もうっすらと赤みがさしていた。
「どうやら大丈夫みたいね。残りはアンタが持っていなさい。中途半端なもの返されても困るしね」
「はい。ありがとうございます!」
「んん……あれ? 五郎?」
どうやら、結衣の方も目を覚ましたようだ。
「結衣、大丈夫か?」
「うん、五郎は何でここに?」
「いや、そこの彩愛さんを誘ってダンジョンに特訓に来たんだけど……」
またしても五郎の失言によって、結衣の胡乱気な視線が私に注がれる。私は、追及を回避するために先手を打って、肩をすくめながら首を振った。
「誘って、っていうか、一人で置いてきぼりくらって寂しいからって、泣きついてきたんでしょうが。ホントに休みを返して欲しいわ」
「すみません……」
そんな茶番をやってみたけど、相変わらず結衣の視線は厳しいものだった。あまり言いたくないけど……、と思いつつ、結衣の方を見る。
「まあ、でも、感謝して欲しいわね。こいつが私に泣きついて連れてきたおかげで助かったようなものだからね」
「それは感謝してます! 三千万円は必ず返しますので!」
「まあ、上位の探索者になれば余裕で返せるとは思うけどね……」
「ちょっと、三千万円って、どういうこと?!」
五郎と私のやり取りに、結衣が横やりを入れてきた。それに五郎が説明をするが、あまり効果が無いようだった。むしろ、私に対しての当たりが強くなったのかもしれない。
「借金をネタに、五郎を手に入れようと企んでるんでしょ? でも、そんな脅しには屈しないわ」
「別に、そんなことはしないわよ。もちろん、すぐに返してスパっと関係を切ってもいいわ。もちろん、急ぐ必要は無いんだけどね」
「……」
むしろ、五郎といると面倒ごとに巻き込まれそうな気がするので、個人的には手を引きたいところであるんだが……。そんなドライな私の態度に、結衣も気勢を削がれたようだ。にらみつけてはいるけど、何も言わず黙ったままだ。一方の五郎は、なぜか捨てられた子犬のような目で見ていた。それに比べたら結衣のにらみの方が百倍マシである。
「さて、とりあえず結衣も回復したことだし、ボスはどうするつもり?」
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