ダンジョンメイド・クリーンナップ~変異スライム・パンデミック~
ケロ王
変異スライム・パンデミック
第1話 トラブルメーカーなダンジョンメイド
「う、嘘でしょぉぉぉ……?」
目の前に聳え立つ巨大スライムを見上げながら、
一方、相対する巨大スライムの中には十三個のコアがプカプカと浮かんでいて、その佇まいには余裕が見える。狡猾なスライムは、彼女がコアを破壊するために攻撃をした直後の隙、それを狙って彼女に消化液を浴びせ続けた。
「あと一個だと思ったのに……」
最初、巨大スライムの中には八個のコアが浮かんでいただけだった。それを彼女が消化液を浴びながら一つずつ潰していき、ようやく残り一個まで追い込んだところだったのだが……。
勝負の終わりが見えて安堵した彼女を嘲笑うように、巨大スライムは奥の手を使った。その結果、今やスライムのコアは十三個になっている。
「くっ、ど、どうすれば……」
勝利を確信していた彩愛は、一瞬にして絶体絶命の状況に追い込まれてしまった。彼女は悔しそうに歯噛みする。だが、攻めようとすれば反撃を食らうのは自明、逃げようとすれば背中から消化液を浴びせられるだろう。完全に『詰み』だった。
「どうして、どうしてこんなことに……」
それは、この日の仕事中に発生したトラブル。それが全ての始まりだった。
◇
この日は彼女が『ダンジョンメイド』になってから、初めての仕事だった。世界中に突如として現れたダンジョン。そこを掃除してきれいにするのが彼女たちの仕事だ。
ダンジョンはスライムにより環境が保たれるため、掃除する必要はない。という認識が、中国の重慶ダンジョンで発生した事件でひっくり返された。スライムがあふれて街が丸ごとひとつ呑み込まれたのだ。その原因として挙げられたのが、探索者たちの使用済みポーション瓶の投げ捨てや、死体の放置などの不法投棄である。
対策のために生まれたのが『清掃人』だった。だが、キケン、キツイ、薄給と三拍子揃った仕事を希望する人はほとんどいなかった。テコ入れのために、いっさいの身元の証明を不要にした。不法入国者の労働力を期待してのものだ。待遇の改善を行って、名称も『ダンジョンメイド』とした。
これらの施策の結果、少しずつ就業人数が増えた。彼女もそのうちの一人だ。まともな学歴を持たない上に、身元を追及されたくない。掃除が得意な彼女にとっては絶好の機会だと言える。
「よし、さっそく仕事にとりかかりますか!」
初仕事ということで気合を入れて、渋谷ダンジョンへと入っていった。
◇
渋谷ダンジョン第九階層。比較的弱いモンスターが生息する上層エリアである。この階層が今日の清掃場所だ。岩や土がむき出しになっていて、ところどころ木材の柱や梁がついている坑道のようなエリアだ。
「さて、さっそく仕事にかかりますか」
腰まで伸びた黒いストレートヘアに黒い瞳で整った目鼻立ち。黒を基調としたメイド服を身にまとい、箒とちり取りを手に持って彼女は薄暗い通路を歩いていく。
「これは酷いわね。事故でもあったのかしら?」
ダンジョンの掃除と言っても実際は難しいことはない。ところどころ落ちているポーションの瓶や剥ぎ取り終わったモンスターの残骸を拾うくらいだ。
しかし今、彼女の周りには壊れた装備の残骸やモンスターに襲われて亡くなった探索者の遺体が転がっている。
、ところどころに落ちているポーションの瓶や剥ぎ取り終わったモンスターの残骸が落ちていて、通常はそれらを拾うくらいだ。
今日は、それ以外にも壊れた装備や探索者の遺体が転がっていた。中層のモンスターあたりが迷い込んで暴れ回った結果だろう。ボス部屋で仕切られている中層からモンスターが紛れ込むなど、本来はありえない。だが、そういった事例が世界中で確認されている。
「余計なことをしてくれたわね。無駄に手間がかかっちゃうじゃない」
探索者の遺体も回収しなければいけないという点において、彼女にとってはゴミと変わらない。彼女が意識を集中して虚空に手をかざすと、空間の歪みが発生する。それは彼女の異能【亜空間収納】だった。彼女の【亜空間収納】には複数のスペースがある。今、開いているのはゴミ専用の【ゴミ箱】と呼んでいるスペースだ。
「さて、と。まずは大きいものから片付けるとしますか」
【ゴミ箱】を開いたまま、彼女は割れていない瓶やモンスターや装備の残骸、探索者の遺体を抱えて放り込んだ。一通り大きいものを片付けた後は、割れた瓶の破片や装備の破片などを箒とちり取りで集めて同じように放り込む。
「これでよし。この辺はだいたい片付いたわね」
彼女は周囲を見渡し、めぼしいゴミが無いことを確認する。手をかざして【ゴミ箱】を閉じるのと同時に、【用具入れ】と呼んでいる掃除用具専用の【亜空間収納】を開いた。そこに箒とちり取りを放り込んで、素早く閉じる。そして、次の場所へと向かおうとした。
「うわぁぁぁ、助けてくれぇぇぇ!」
「んん? 誰かの悲鳴?!」
彼女は声のする方へと駆けだした。ダンジョンメイドは探索者と違って戦えない人も多い。そのため最初の講習で危険な場所には極力近づかないように指導される。だが、そんなことはお構いなしに彼女はダンジョンを駆けていく。
「あ、あれは……」
彼女の視線の先、そこには鈍い銀色の鎧を着てうずくまっている男と、それを見下ろしている緑色の肌をした小人――ゴブリンがいた。ゴブリンが両手を頭上に挙げる。すると両手の間に巨大な火球が発生した。悪辣な笑みを浮かべ、今にも火球を男へと放とうとしている。
「くっ、間に合わないか……?」
彼女は走りながら手を虚空にかざして【用具入れ】を開き、手を突っ込んで手ごろなものを引っ張り出した。それは平べったいちり取りだった。
「ええい、ままよ!」
ためらう暇など無いとばかりにゴブリンを狙って、彼女はちり取りを投げつけた。ちり取りは、回転しながらキレイな軌跡を描いて腕と頭を刈り取り、奥の壁へと突き刺さった。
首を失ったゴブリンはすぐに絶命し、出していた火球も瞬く間に霧散する。
「お、おおお? 凄い……」
圧倒的な戦果に、投げた本人である彼女が一番驚いていた。彼女は男が襲われていたことを思い出して、足早に彼の元に駆け寄る。
「大丈夫、ですか?」
彼は彩愛より少し年上、十七、八歳くらいの純朴そうな青年だった。負傷により少し表情が歪んでいるが、顔色はよく命に別状はない。
「ポーションは?」
「そ、それより。う、後ろ……」
「大丈夫、分かっているわ」
彩愛は、すぐに取り出せるように準備していた箒を【用具入れ】から取り出しつつ振り返った。襲い掛かってきたゴブリンのナイフが箒の柄によって遮られる。
「奇襲するつもりだったんでしょうけど、全部お見通しよ」
動きの止まったゴブリンの身体を彼女の足が捉える。直前で察知してゴブリンは飛び退く。同時に彼女の足が空を切った。
「ゴブリンストーカー……。こいつがイレギュラーね」
彼女は襲い掛かってきたゴブリンストーカーを見据えると、不敵に微笑んだ。
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