彼女が愛したのは過去を忘れた3人の僕たち

@eyeken

第1話「呪いのキス」


 神様は本当に悪趣味だ。

 私は生まれた時から悪魔だったから

 長い杖で転がして遊ぶことにしたんだろ第1話「呪いのキス」う。



 私はある日、そうして呪いを授けた。


 愛する人にキスをすると

 その人から私の存在が全部消えてしまう。

 その日、いつ何時キスしても

 明日の朝にはころっと忘れてしまう…




 それを「呪いのキス」と呼ぶことにした。





 6月


 放課後、

 今日はあいにくの梅雨の雨。

 しとしと雨が降り、空気がジメジメしている。

 曇天で、憂鬱な気分になりやすい天気が続いている。



「出して!!!桜谷(さくらたに)さんだしてよ!!!」


 その愛する同級生で同じ一年生の君野(きみの)くんは、

 私の部屋のベッドの木枠の中に入っていた。

 まだ小さくて華奢な彼でも、体がミチミチになってしまっている。


 マジックをすると嘘をつかれた彼は私に手足を縛られ

 突然上のマッドレスが塞がれてパニックになっているようだ。


「僕閉所恐怖症なんだ!!出して!!」


「ふふ。」


 私はルンルンでベッドメイキングをし直す。

 彼の下から小突く板の振動も、泣き叫ぶ声ももう慣れたもの。


 そうだ。


 私はしていたメガネと、一つの三つ編みを結ぶ黒い髪ゴムを外す。

 胸あたりまであった三つ編みは解けると腰までの長さになる。


 三つ編みとメガネを床に放り投げそのまま

 真っ白な、フリルのついた絹の薄いシーツに寝そべる。


 左頬をシーツにつけて目を瞑るともう、そこは私だけの世界。



 幼少期の彼は私だけの王子様だった。

 目を閉じると、ふわりと温かい風が頬を撫でるよう。


 目の前に広がるのは、あの日々の記憶。

 小学1年生の頃、彼は優しく私を気にかける王子様のような存在だった。


 小さな手を差し伸べてくれるその笑顔、私の世界を照らしていた。

 すべてが薔薇色に包まれていたような気がする。




 ーこの花は笑顔の君に似合うと思うよー



 公園で、私に差し出された雑草の花束。

 どんな何万本の薔薇の花より

 それは美しかった。


 あの時の君野の笑顔が

 私の中で消えることはない。


「大好きよ…。」





「出して!!グスッ…出してよお願い…。3分もかからないって言ったじゃん…。」


 一方君野はそう真っ暗な棺となってしまったベッドで泣きじゃくっていた。


 もうかれこれ閉じ込められてから10分は経過している。

 マジックという言葉に心が躍ったのは間違いだった。


「いる?ねえ!トイレ?寝ちゃったの?」


 桜谷の応答がなく、さらに不安になる君野。


 発狂しそうだ。

 でもなんでこんなことされているんだろう。


 サッカーも友達を失って

 彼女ですと名乗ってきた女の子を受け入れたらコレだ。


 窮屈さが地面に掘られたお墓のようで

 絶望的な気持ちが心を支配して、いいしれぬ恐怖がビリビリと心臓を包む。


 僕が一体何をしたっていうの…?

 君野の目から涙が溢れ、目からほおに伝った。


 とにかく早くでないと過呼吸になってしまいそうだ。



 しかし無情にもその後、君野は1時間も放置され続けた。




 そして次に上の板がどかされた時には

 彼は古代のお墓に埋葬され発見されたミイラのように干からびていた。


 タオルの上から縛られた手は

 今にも解けそうだ。



 桜谷は長い髪の毛を揺らしながらその中の君野の汗まみれの頬を撫でる。

 そして唇に触れて、生あたたかな息を確認。

 そう絶望的な顔をする彼を堪能した。


「待って。まだダメ。落ち着いて。」


 君野が手足のロープを取りたいと暴れるのを静止させる。


 そしてゆっくり彼の上半身を起こすと、

 そのまま木枠にもたれかけさせ、体育座りのようにさせた。


 放心状態の彼に、桜谷は紙パックのリンゴジュースを出し、ストローを差してその震える口に近づけて飲ませる。


 相当喉が渇いていたのか、

 すぐにストローからキュッキュッと音がした。


 桜谷は君野の指をじっと見つめ、笑みを浮かべながら彼の指の毛に手を伸ばす。


「う…んっ…!痛っ!」


 君野は顔を歪めて、声を漏らした。指先で引き抜かれる痛みが彼を襲うたび、彼の体がピクンと震える。


 けれど桜谷はそんな君野の反応におかしみを感じながら、次々と毛を抜いていく。


 痛みに耐えようとする君野の顔を見て嬉しそうな表情を浮かべた。


「痛いよ…。」


 君野が思わず声を上げると、桜谷は一瞬だけその手を止めて、彼を見つめた。


「なんでこんなことするの?」


「だって…過去の思い出に雑草が生えたような感じがして。」


 意味がわからないその言葉に何も返せない。


 しかし

 彼女は指毛をまた引き抜くと

 君野が小さく呻くのを聞きながら

 その作業を全部の指がツルツルになるまで続けた。


「綺麗になったわね。」


 桜谷の言葉にようやく指毛の痛みから解放されたことに君野は安堵の表情を浮かべる。


 その顔を見て、桜谷は満足げに微笑んだ。

 彼女はしばらく君野の反応を楽しんでから、ゆっくりと目を合わせた。


 しかしまだ両手足を縛られたままで、まだ動けない状態に気づくと、慌てて懇願する。


「お願い、早く解放して。」


 桜谷はしばらく無言で君野を見つめた後、彼の頼みを無視する。


 君野の顔が微かに赤く染まり、冷たいロープの感触を忘れようとするかのように、彼の呼吸が浅くなる。


 その瞬間

 桜谷は彼の唇を無言で奪った。強引に押し付けるようでその強引さに、君野は驚き、息を呑んだ。


 桜谷がキスを終わらせると

 君野の顔を上から覗き込んだ。その目は冷ややかで、どこか楽しげな表情を浮かべていた。


「顔、真っ赤。本当はこんなことされて嬉しい?」


「こ、怖いだけだよ…。」


 君野の目の中に恐れと興奮が交錯し、桜谷はその様子を楽しむように見つめた。

 

「私が今どれだけのことをしようが、君野くんは明日の朝にはいつも、私のこと誰かわからないのよ。こんな風にあそばれても、私があなたの家に迎えに行けばおはようって顔を赤らめるの。」


「そんなことあるわけないよ…!僕明日から桜谷さんとはもう付き合わない…。」


「そう。じゃあコレが最後になるわね。」


 と楽しそうに笑う。


 その後も解放されることなく、彼女の支配から逃れることは許されないと知りながら、桜谷はまた君野にキスをした。



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