緋眼の舞姫

神無月 蛍

プロローグ

街に立ち込める硝煙のにおい、壊れた数々のビル。


全部、全部私がやった。…でも、死者はいないはずだ。そのあたりは特に注意しながら壊したのだから。


そして、そんな町を壊した『悪者』である私は『英雄ヒーロー』によって倒された。


ああ、どこから間違えちゃったんだろう。


私への嫌味に思うほどに澄みきった空を見上げながらそんなことを考える。


最初からだった気もするしそうじゃない気もする。


...今さらそんなことを考えても意味なんてないのに頭の中では後悔とか、今までの楽しかった思い出が駆け巡っている。


英雄ヒーロー』によって貫かれた胸の傷からは血が流れ続けている。徐々に体に力が入らなくなり、冷たくなっていくのが自分でもわかる。


「こんな、こんな終わり方があるかよっ!」


悔しそうに握りこぶしを震わせながら目に涙を浮かべて叫ぶ『英雄ヒーロー』。


「うんん、これで…これでいいん…だよ。皆が幸せに、なれる方法は、これしか、無かった…から。だから…さ、笑って」


薄れゆく意識の中、弱々しく首を横に振りながら答える私。


『悪者』が『英雄ヒーロー』によって倒されて世界が平和になる。なんともいい話ではないか。これはハッピー・エンド、それで終わりなのだから。


「だったら、だったらよ、お前は、お前はハッピー・エンドを迎えられたのかよっ!」


ギリッと歯ぎしりをしながら悔しそうにそう言う『英雄ヒーロー』。


誰もかれもが幸せになれるなんてこんな世界じゃありえない。


誰かが笑うだけ別の誰かが泣いている。そんな当たり前で、とても最高さいていな世界なのだから。


なのに、なのにそんなことを言うどこまでもお人好しなそいつに、どこまでも『英雄ヒーロー 』なそいつの言葉にすがってしまう。


「死にたく...ないよ...」


心からの叫びをかすれる声で紡ぐ。


ボロボロと涙があふれる。一度あふれ出した感情は止められない。


「私だって、私だって皆とバカやって、笑って過ごしたいよっ!もっと、もっと、皆と一緒にいたいよ…」


子どものように泣きじゃくる私。


「おね…がい。私を…救って…『英雄ヒーロー』」


「ああ、当たり前だ、必ず助ける」


私の懇願こんがん即答そくとうで答える『英雄ヒーロー』。そんな『英雄ヒーロー』を見てほほんでしまう。


強く私の右手を握ってくれる両手に反対側の手を重ねる。


ごめん…ね、君は断れないってわかってるのに…。こんな最低なお願いをした私を許してね。


そして私は、自分のためだけに世界のことわりを壊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る