第5話  日野鉄砲

蒲生忠三郎賦秀やすひでが治める近江の国、日野はジャッポーネ最大の淡水の湖である琵琶湖を擁する地であり、雲雪の通り道と称される。

雪が降る日が多く、湖を取り囲む山々も見事に白一色である。その優美な姿は純白のドレスを纏った貴婦人を思わせる。

この日は雪は降っていなかったが、近江の国の最高峰、伊吹山から吹く伊吹おろしが肌を刺すように冷たい。

だがそのような寒風、冷気などはまるで意に介さず、逞しい体つきの職人達が工房でふいごを吹き、鉄を打っていた。

彼らの動作は驚く程機敏であり、その眼には異常な熱っぽい光が灯っている。

(この目の光、俺は知っている。そう、ローマで見た若き芸術家の眼だ。明日のミケランジェロ、ラファエロを目指し、永遠の美をこの地上に生み出そうという情熱に憑りつかれた人々と同じだ)

勝成は彼らの異常な集中と情熱的な仕事ぶりを見て、感動よりも不気味さを感じた。

(いや、絵画や彫刻などの芸術作品に取り組んでいるのなら分かるが、たかが武器だぞ?何故ここまで必死になるんだ)

依頼主、領主の前で手抜きをする訳にはいかず、懸命に仕事をしてるふりを演じている訳ではない。そもそも彼らは仕事に没頭するあまり、日野城主の息子、蒲生賦秀やすひでの存在にすら未だ気づいていないのである。

貴族の為に美しい装飾が施された刀剣を造るのならば報酬も良く、また今後の評判、ひいては自身の身の安全の為に必死になるであろうが、たかだか消耗品の武器の為にここまで情熱的になれるというのは、不可解と言うしかない。

「おお、これは若殿様」

職人達を束ねる棟梁とうりょうであるらしい白髪交じりの初老の男がようやく賦秀の存在に気が付いた。

「相変わらず精が出るな、棟梁」

賦秀は微笑みながら応じた。城主の跡取りという高貴な身でありながら、身分の卑しい職人如き相手に随分と鷹揚おうようで親し気な態度である。

未だ蒲生忠三郎賦秀やすひでという人物を掴むことが出来ず、勝成はかすかに混乱した。

「もちろんですよ。必ずこの日野の鉄砲が天下を席巻する日がやって来ます。おお、これは冬姫様も。そして、この御仁は……」

棟梁の眼が初めて見る南蛮人の鋼を焼く炎よりも鮮やかな赤い髪に釘付けとなった。

「当家に仕えることになった山科勝成だ。種子島について詳しいらしい。棟梁、この者に出来の良い物を見せてやってくれぬか」

「承知しました」

棟梁は勝成の赤髪と緑の眼を惚れ惚れと見ながら、配下の者に出来上がったばかりの火縄銃を持ってくるよう命じた。

「さあ、南蛮人のお侍様、昨日出来上がった奴の中でも一番良い代物ですよ。南蛮の物と比べて見ていかがですかな?」

自信満々の表情の棟梁から手渡された火縄銃を持ってまたしても勝成は驚愕しなければならなかった。

「軽い……!」

当然だろう。まず見た目からして勝成がオスマン帝国相手に使用した銃とはまるで違うのである。

銃身も短く、口径も小さい。マスケット銃と称されるヨーロッパの火縄銃はその構造上どうしても重くなるので持って撃つことが出来ず、マスケットレストと呼ばれる一脚銃架に銃を置き、肩で押さえて固定して撃つというのがヨーロッパの狙撃法である。

だがこのジャポネーゼの職人が製作した銃の軽さならばマスケットレストは使用せずともよいだろう。

(重さだけではない。良く見れば点火装置の構造も少し違うようだ) 

「トノ、この銃は俺がかつてヨーロッパの戦場で使っていたものと少し違うようです」

勝成は正直に告げた。

「ほう、そうなのか?」

「はい。申し訳ありませぬが、この銃での狙撃の見本を見せていただけないでしょうか」

つい先ほどまで己の最も得意とする狙撃の腕を若き主君とその妻、そして多くの武器職人に見せつけられると意気揚々だっただけにこう申し出なければならないのは、屈辱的と言うしかない。

だが銃火器の扱いは命に係わる以上、慎重にならなければならないのである。

「分かりました。では……」

棟梁が若い職人に命じて試射させることになった。

勝成と同年代だろう、逞しい体つきの職人が筒先から火薬と弾丸を注ぎ、朔杖、あるいはカルカと呼ばれる木の棒で押し込める。

そして火皿に口薬と呼ばれる着火薬を入れ、火蓋を閉じる。そして火挟みに火縄を付ける。

そして職人は銃床を頬に当て、狙撃の構えをとった。

「よし、火蓋を切れ!」

賦秀やすひでが号令を発し、職人は火蓋を切り、発砲した。

日野の冷たく澄んだ空気を切り裂く轟音が鳴り響いた。

「速い!」

勝成は思わず叫んだ。引き金を引いてから弾丸が発射されるまでが恐ろしく速く、時差がほとんど無い。

(ありえない。何故こんなに速く発射されるのだ。我らの、ヨーロッパのマスケット銃とは別物なのか)

一瞬で茫然自失から立ち直った勝成は慌てて職人の元に駆け寄り、

「もう一度よく見せてくれ!」

と叫んで火縄銃をもぎ取り、もう一度点火装置の部分を凝視する。そして引き金を引いてみた。

するとばねの瞬発力で瞬時に火皿に火縄が叩きつけられる。

(引き金を引いてから火挟みが下がる速度が全然違う……)

実は勝成がジョバンニ、ロルテスと名乗っていた頃使用していたマスケット銃は緩発式火縄銃と呼ばれる代物であり、戦国時代の日本で使用され、賦秀やすひでが日野にて大量生産しようと試みる日野鉄砲は瞬発式火縄銃に分類される。

瞬発式は引き金を引いてから発射されるまでの遅れが生じない為狙撃に向いているが暴発する危険性が大きい。

一方の緩発式は命中精度が落ちるが暴発の危険が少なく、火縄を付けたまま持ち歩けるという利点を持つ。

(ヨーロッパで使用している銃とは別物だ。ジャッポネーゼが独自に開発したのか?)

果たして異教徒にヨーロッパ人が開発した兵器を改良することなど出来るのであろうか。

「トノ、私に撃たせてください」

未だ混乱から完全に脱することは出来なかったが、意志を振るって勝成は懇願した。

「よかろう。準備してやれ」

賦秀は若い職人に命じた。職人は先程と同じ手順で銃に火薬と弾丸を込めて火縄に点火し、

「どうぞ」

と、丁重に日野鉄砲を勝成に手渡した。

「……」

改めて勝成は銃の軽さに驚く。今まではマスケットレストに置き、肩に固定して撃つという方法を用いていたが、その方法は通じない。

(確か、あの男は頬に当てて撃っていたな)

先程の若い職人の狙撃の姿を脳内で思い描きながら勝成は同じ狙撃姿勢をとった。

「火蓋を切れ!」

若き主君の号令で勝成の雑念は消え、瞬時にかつてのヨーロッパの戦場の時と同様に狙撃の為の精密な機械へと変貌した。

引き金を引き、弾丸を発射した勝成の五体から雄々しく澄んだ気が発散されており、見守っていた賦秀やすひでとその妻の冬姫、そして鉄砲鍛冶達は思わず畏敬の念に打たれた。

「これだ!」

勝成は会心の笑みを浮かべた。

思えばヨーロッパの銃は伝統的に隊列を組んだまま指揮官の号令で一斉に発射して弾幕を張る戦法が主であった為、命中率や時差は問題とはされなかった。

本来騎士身分の勝成は騎乗で戦うのが本領なのだが、城塞の攻防戦では下馬して戦わうことが多かった。そして己に狙撃の天分があるのを知り、下級の兵のようには隊列を組まず一人で狙撃を行っていた。だがその命中率は五割にも満たなかっただろう。

「だがこの銃ならば俺の狙撃の腕はさらに向上する。あるいは十中の七、もしかしたら八まで行くかも知れん」

異郷の地でさらに己の天分が開花することを予感し、勝成の五体は震えた。サムライが言うところの武者震いである。






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