第50話 史上最弱から始まる物語

「ジャック。これはなんですか?

 ヘリで来ればいいものを……手にでも乗せるつもりですか」


「乗り心地は良いかもよん。

 本国には脅威だからこれも頂いて来てしまったなう!

 解析解析しまひょうーぜい」


 メロウは怒ってない怒ってないと、自分に何度も呟き、ジーンの肩を抱きながら女性型ロボットの手に乗り込んだ。


「待てよ、ジャック! あー、もう何が何だかわかんねえよ!」


「ご想像にお任せしますにゃー、まあ大体想像通りってやつですわん」


「お前もジーンを奪いに来たのかよ……?」


 へらへらと笑いながらジャックは「おう!」と元気に笑った。


「なんで、何でこんなときまで笑っていられるんだ……?

 何もしてない女の子が連れ去られんだぞ?

 何されるか分からねぇんだぞ!」


 シルバー・エイジを生み出すための実験でも昔は随分酷い事が行われてきたと言われている。


 過去に多数の侵略を繰り返し暴君の名を欲しいままにしてきたガリアドア帝国の手にジーンが渡ってしまえば――想像したくもないが結果は容易だった。


「にゃんで笑っていられるかって?」


 んー、と指を顎に当て、すっと目を閉じた。

 すると周囲の空気が変わる。

 温度が下がり、景色は色すらも失う。

 全世界が反転したようだった。


「……僕には感情がありません。脳の約半分が人口脳です。

 肉体は九十パーセントが人工物によって構成されています」


 声は機械的で感情もない。

 アナウンサーがテキストを読み上げるように背筋を伸ばしてジャックは音を吐きだす。


「ってなわけで、一個の感情だけなら存分に発揮できるわけだにーん!

 感情って複雑だから合成がむっずかしいにょよねー!」


 スイッチを切り替えたようにジャックは再び狐のような細い目に戻り大笑いした。


「ほな、さいなら迅葉ちゃーん!」


 すっとロボットの内部に戻り、脊髄のコクピットが閉じられた。


 跪いていた体が持ち上がり、それと同時に手に握られたメロウとジーンも持ち上がる。


「こんなんで、終わりなのか……やっとここまで来たのに……諦められるかよ!」


 ジャックの搭乗するロボットは背中のバーニアをふかし空中に浮かびあがる。


 そしてカタパルトの上を滑空して海上へと向かい始めた。


 速度は徐々に上がっていく。

 それでもカイムは全力で駆けだした。


 手が届かなくても、足が追いつかなくても、日常だったものが日常だった者たちにぶち壊されても、それでもカイムはジーンへと走り出した。


 ジャックの乗る機体はジーンとメロウを抱きかかえスピードはさらに加速する。


 戦争を止めると言った。


 核すらも一人で受け止める覚悟だった。


 誰を敵に回しても良かった。


 ジーンがジーンとして満足して生き方を見つけてくれれば。


 他者の手に介入される事なく彼女の意思で進んで行ける世界を歩んで欲しかった。


 いくらでも責任なんて取ってやる、それなのに、言った矢先から奪われ、自分は彼女を止める歯止めにすらならなかった。


(私はカイムを助けたいだ?

 そんなの俺だってジーンに言ってやりたいさ)


 ああ、俺はジーンを助けたい。


 誰かが犠牲になって成り立つ平和なんて認めたくない。


 それが綺麗事でも実現できない事だとしても、理想を目指して悪い事はない!


「あ、ああああ! 追いつけえ……!」


 『不可視の梟』だろうが『全生物の平和』だろうが、やってる事は同じに見えた。


 誰も彼女の味方はいない。


 全体を見据えて一人を殺す。


 人間は集合体だ。


 その見かたが間違ってるとは言わない――けど、だからって勝手に人類滅亡するから彼女を利用するとか、国の為に連れ去るとか、


「勝手に決め付けんじゃねええ!」


 無理やりその道だけを選ばせるな。


 用意した道が永遠の牢獄しかなければ誰だってそこへしか行きつけない。


 誰かがその夢を止めてやらなければ、気づいてやればこんな事にはならなかった。


「な、なんで……俺はこんなとき……し、史上最弱なんだよ……!」


 シルバー・エイジの様に攻撃型でもなければ、移動型でもない。


 純粋なるただの人間だ。


 どこかの組織に所属しているわけでもない、武装もない。


 ここまで走り続けたカイムの体は徐々に失速し、足をもつれさせ、顎から地面へと痛々しく転んだ。それでも空を飛ぶ姿へ手を伸ばす。


「現実には届かない……のか……」


 理想は理想。


 才能もセンスもない男は一生振り回され成功者達を見つめる運命なのか。


「ジーン……!」


(それで良いのか、お前はこうやって俺を助けて満足なのか?)


 満足だろう。

 そうやってずっと諦めて生きてきた女なんだからな。


「一生背負ってく身にもなってみろってんだ……!」


 ならそんな諦め止めてやろうじゃねえか。


 このまま遠くを見つめているだけじゃ負け犬だ。


 近づくんだ少しでも。


 全身の力はもう完全に抜けきって、体中の肉や骨、内臓が本当に重い。


 吐き気もするし、頭もがんがんする。


 どこかがずきずき痛んでいるがどこが痛いのかさえもう分からない。


 それでもカイムは体を引きずりながら、一歩また一歩と踏み出した。


 進みだした体は坂を転げ落ちるように徐々に速度を上げていく。


「た、確かにこりゃあ……普通ってのは苦労も障害も多いかもな」


 視界はぼやけている、もう随分遠くまで離されてしまった。


 ジャックの乗った機体がカタパルトから飛び上がり空へと浮上を始めた。


 カイムには何百メートル跳躍する足も、空を飛ぶ翼もない。


 朝日が昇り始め地平線にオレンジを入れていく。


 チェックメイトだった。







 ――けれど、カイムなら大丈夫だ。






 ザァアァァァァァと海面が盛り上がる。


 勢いよく海上へと巨大な物体が飛び出した。


 大きさはジャックの乗る機体と同じで二十メートル強はある。


 それはまるで緊急射出されたように海上へとまっすぐに伸びる離陸用カタパルトに激突し、巨体を地面に擦りながらカイムの前方で横倒しになって停止した。


 空から海水が滝のように降り注ぎ満身創痍で歩くカイムの体を打った。


「は、ははは……冗談だろ」


 丁度首筋の部分が開いている。


 カイムには招いている様にしか見えなかった。


 振り向くと先ほどまでずっと盾を構えていた警部軍が走り出していた。


 前方ではジャックが豆粒の様だがまだ確認できる。


 カイムは考えるまでもなく、突如浮上したへと走り出した。


 横倒しのコクピットへ手をかけ、そのまま内部へと体を滑り込ませる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る