あんぱん
一郎丸ゆう子
あんぱん返せ
叔母があんぱんを食べている。
それがどうした? って思われているでしょう。
でも私は今、その光景に、とてつもない怒りと絶望と壮大な疑問を混ぜ合わせた、自力で消化できない感情の中に自分が吸い込まれていく感覚をどうにもできないでいる。
叔母が今食べているのは、我が家のテーブルの上にあったあんぱんだ。
いや、いいじゃんあんぱんぐらい、などと思わないでいただきたい。
このあんぱんは、少ないお小遣いの中から、吟味した上で旦那さんがコンビニで仕事終わりの疲れた体にあげるごほうびとして、ワクワクと一緒に買ってきたものなのだ。
あんぱんは百円でも、あなたはこのワクワクに値段を付けられるでしょうか。
叔母が奪ったのは、あんぱんではなく、百円のあんぱんを選ぶまでに旦那が使った葛藤と希望と近い未来に味わうはずだった小さいけれどとても甘美で幸福な時間なのだ。
また買えばいい、などという心境にとてもなれない。
さらに腹立たしいのが、あんぱんを食べ始めた経過。
母の車に同乗してきた彼女。正直母はモラハラモンスターなので、母が来たこと自体が私にとってゆゆしき事態なのだけど、それはまた別のお話で、彼女は家にあがるやいなやテーブルに向かい、椅子にどかっと座り、椅子にお尻が着くか着かないかでテーブルのあんぱんに手をのばし、袋を開封し、あんぱんをちぎり、自分の口に入れたのだ。
(食べていい? って聞かれたらどうしよう? なんて言って断ろう?)
パンが大好きな叔母が言うだろうと予想して、こんなことを悩んでいた数秒前の健気すぎる私に言いたい。
『鬼になれ!』
姪とはいえ、他人の家だ。そして、姪が住んでいるとはいえその旦那の家、つまり、実情は赤の他人の家だ。赤の他人の家にあるものをなんの断りもなく、食べていいと認識してしまう脳の働きに怒りの前に恐怖を覚えた。
🫓
そして、その恐怖をこいつに味あわせたくなった私は脳内でいろいろな計画を練ったのだった。
次に来たときも、こいつは同じことをするだろう。だからその中に致死量の塩をぶちこんでやろうか。まあ、さすがに犯罪はまずい。こいつが4ぬかどうかはともかく、私が犯罪者になるのは、明らかにリスク過多だ。じゃあ、あんこの中にぎり食べられるくらいのわさびを練り込んでおこうか。
考えたらニヤニヤがとまらない。とっても悪魔な私が誕生していた。
あんぱん 一郎丸ゆう子 @imanemui
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