第9話 突入

 俺がエンデンバーグ男爵家の子供であること、それからミーシャが誘拐された件を伝えると、シュナイゼルは乱暴に俺の頭を撫でてきた。


「それでずっと一人で駆けずり回ってたのか? やるじゃねえか坊主」


「い、いえ。何の進展もなく、時間だけ無駄にしてしまったので」


「んな事どーでもいいんだよ。俺を頼るなんて運が良いぜ。手伝ってやるよ」


 そう歯を見せて笑う男は、まだ初対面であるはずなのに。

 でも、手伝うと言われて安心してしまうのは、目の前の男がこの世界で最強と言われる戦士の一人だからだろう。


 シュナイゼルは、アルクエ主要キャラの一人だ。

 アルカディア王国軍大将として世界中に名を馳せる戦士で、作中では主人公たちの師匠を務める。


 その戦闘能力は作中最強候補に名が挙がる程高く、『俺が戦士の時代の頂点だ』とはシュナイゼルが本気を出す時にのみ口にする有名な台詞である。


 そんな男が、俺に協力してくれるという。


 よし、これで戦力的な問題は解決した。

 シュナイゼルを倒したければ、他に数人いる最強候補(ラスボス含む)を連れてくる必要がある。

 今ならどんな敵だって余裕綽々だ。


 その前に敵を見つける必要があるんだけど。


「えーと、すみません。俺の使用人の居場所を知っていたりは――」


「知らねえな」


「ですよねぇ」


 ま、まあ、シュナイゼルの協力を得たことは無駄じゃない。

 犯人が吸血鬼である可能性が高いことを伝えれば、シュナイゼルは俺より効率的に潜伏場所の絞り込みをするだろう。

 大人の頭脳と最強の身体で探せば、今度こそ見つかるに違いない。


 問題は、それまでにミーシャが生きているかなんだけど。


 そんなことを考えていると、シュナイゼルが話し掛けてきた。


「そんな落ち込むなって。場所は分かんねえけど、犯人が吸血鬼だってことは分かってるぜ」


「そうなんですか?!」


 まじか! そこまで知っているのか!

 これは運が良いぞ。俺から吸血鬼の存在を匂わせたら、その情報の出所、つまり憑依について言及される可能性があったからな。


「おう、んで、ちょいと真面目な話がある。よく聞けよ坊主」


 しゃがんで視線の高さを合わせてきたシュナイゼルと、正面から向き合う。

 鋭い視線が俺を射貫いた。


「犯人が吸血鬼だって仮定すんなら、潜伏先は五ケ所に絞られる」


 そんなに少なくなるのか。

 闇雲に探し回った俺がバカみたいだ。


「なんで吸血鬼だって分かるんですか?」


「さあな。推理じみた事は俺の専門じゃねえ。憲兵団の奴らがそう言ってたんだよ」


 憲兵団とは、事件解決のために一切の手段を問わない、警察のエグい版のような組織だ。

 彼らがそう言うからには正しいのだろう。そう納得してしまうくらいには、作中の彼らの能力は優れていた。


「そうなんですね」


 取り敢えず無知を装って相づちを打つ。


「おうよ。んで、もし吸血鬼と出くわしたら戦闘になる。俺一人なら百パー安全なんだが、坊主を守りながらじゃ、ちっと不安でな」


「吸血鬼ですよ? そんなに不安になりますか?」


「オイオイ、度胸のあるガキだな。万が一上位種だったらどーするよ? 流石に守りきれないぜ?」


「あーー」


 憲兵が予測できたのは、相手が吸血鬼であることのみ。ゲーム知識を持つ俺以外は敵の強さを知らないのか。


「それでも俺に着いてくるかよ。大事な奴を助けるってんだ。意志が固いなら同行を許してやる」


 シュナイゼルなら言いそうな台詞だ。

 今は本編の八年前だから、当然こんな台詞は作中にない。

 だけど、戦士特有の思考回路、子供相手でも甘やかさずに死地に連れていく発想は、まさしく千回以上見たシュナイゼルのモノであった。


「――」


 これは、俺がこの世界で初めて突き付けられた重大な二択だ。

 ノルウィンというキャラを主人公とした場合、ここが大きな分岐点となるのだろう。


 片方は事の解決を絶対強者に任せ、安全圏から見守る安易な道。


 もう一方は、命を賭けて戦場に足を踏み入れる茨の道。


 正直、命を賭けるのは怖い。

 根本が平和ボケした日本人だから、いつになっても慣れることはないのだろう。


 だけど、逃げるという選択肢はなかった。


 掲げた目標の高さに対し見合う才能も力も持たない俺は、この出会いに何らかの意味を期待してしまうのだ。


 シュナイゼルは単独戦闘能力最強、そして大将軍になればこの国でトップに近い権力をも得ることになる。


 軍と政、双方の巨人であるこの男を味方に付けられれば、俺は目標に大きく近づけるだろう。


 そのためには、戦士であるシュナイゼルに認められなければならない。

 逃げるなんて有り得ない。


「俺も同行します。こう見えても、簡単な魔術による支援なら出来るんですよ?」


「へぇ」


 シュナイゼルが獰猛に笑った。

 

⚪️


 シュナイゼルが五ケ所まで絞った候補地を回る途中、俺は現時点で扱える魔術について語っていた。


 主要属性魔術の第一、第二階梯。

 それから身体強化や第一階梯の聖属性魔術も習得済みな事を伝えると、シュナイゼルは軽く目を見開いた。


「はっ、それ本当ならバケモンじゃねえかよ。坊主、歳は幾つだ?」


「七歳です」


「どっちも嘘ついてる節はねえしな。新星ってやつか?」


 期待の眼差しを向けられている所申し訳ないが、才能無しの実力はすぐ頭打ちになるだろう。


 だが、工夫次第では第二階梯までの魔術でも吸血鬼と渡り合える。シュナイゼルは俺に獰猛な笑みを向けてきた。


「使用人を安全に救出するために、お前の力も貸して貰うぞ」


「分かりました」


 次の候補地に応じた作戦を立てつつ、俺たちは三か所目の候補地に到着する。


 そこは公園に程近い本屋であった。

 一度は俺も確認したが、問題ないとして素通りした建物。

 その前に立ち、シュナイゼルは険しい表情をしていた。


「ここにいるんですか?」


「多分な。魔族臭ぇ」


「そういうのも分かるものなんですね」


 逃げ場がないほど狭く、出入り口は一つで、そして壁には窓が見える。

 あれでは屋内全体に日光が行き渡るだろうし、潜伏場所としては不向きだろうに。


 しかしシュナイゼルの勘なら絶対だ。ここに吸血鬼がいる。


「作戦はさっき考えた通りだ。頼んだぜ、坊主」


「任せて下さい」


 シュナイゼルに強がりの笑顔を返し、バクバク鳴る鼓動を自覚しながら俺は一人で歩き出す。


 ここは本屋である。

 ならば、客としてやって来る人間もいるだろう。


 作戦はいたってシンプル。

 先に俺一人が客に扮して入店し、吸血鬼を見付けたら外にいるシュナイゼルにも伝わる合図を送るだけ。


 合図は全力で叩き込む聖属性魔術。

 奇襲が決まれば吸血鬼が怯み、失敗したら俺という敵を殺すために動くだろう。

 その隙を突いてシュナイゼルが突貫し、一瞬で吸血鬼を討ち取るという算段だ。


 俺が危険に晒される作戦だが、シュナイゼルという戦士の価値観ではそれが当たり前な事らしい。


 滅茶苦茶怖いが、守るべき対象から最低限共闘できる相手と認識してもらえたと考えれば、まあ良いことか。


「どうした?行かないのか?」


「行きますから、少しだけ待って下さい」


 この期に及んでまだ覚悟が決まらない俺の、なんと惨めなことか。

 この数秒でミーシャが死んでしまうかもしれない。なのに、自分と他人の命を天秤に掛けた途端、足が鉛のように重くなってしまう。


 ほんと、下らない。

 ゲーム感覚でこの世界を楽しめた内はクレセンシアを助けるなんて息巻いていたけど、今ではその覚悟も残っているか怪しい。


 ああ、もう。

 本当にこんな自分が嫌いだ。


「やっぱり作戦変えるか?」


「いえ、大丈夫です」


 俺を信じろ。

 俺を信じられないなら、背後に控える最強の男を信じろ。

 危険が襲い掛かってきたとしても、シュナイゼルがタイミングを間違うとは思えない。


 大丈夫。

 俺は死なない。


 深呼吸を挟んでから、俺は意を決して本屋の扉を開いた――





―――――――――――――――――――――

ちなみに、シュナイゼルの経験から周囲に使役された小動物がいないことが判明しています。なのでべちゃくちゃ喋ってるんですね。

 ついでに、使役された小動物がいないことから吸血鬼に余裕がない、つまりそこまで力がないことまで予想できたため、ノルウィンも作戦に組み込まれました。


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