第6話 協力者を得たぞ!

 早朝、扉を叩くノック音が響く。入室を許可すると、入ってきたのは専属メイドのミーシャであった。


「お坊っちゃま、おはようございます」


「おはようございます」


 この世界にやって来てから毎朝繰り返してきたやり取り。

 しかし今日は、少しだけ異なる点があった。


 たくさんの洗濯物を抱えたミーシャが、タオルの隙間に隠していた二冊の本を取り出したのだ。

 学習を禁じられた俺に本を用意する。エンデンバーグ男爵家への裏切りとも取れるその行為は、彼女が俺の協力者である何よりの証である。


 ―――ミーシャがこちら側に付いたのは昨日だ。


 一人で出来ることに限界を感じていた俺は、いつものように部屋にやって来たミーシャに協力を求めた。


『僕を助けてくれませんか?』


『はいっ、はい!勿論でございます!』


 やる気満々に何度も頷くミーシャを見て、なぜ他人事にここまで高いモチベーションを持てるのか疑問に思ったが、理由はちゃんとあった。


 どうも、彼女の生い立ちと俺の状況は被る点があるらしく、それで心打たれたらしい。


 動機にしては少々弱い気がしたけど、まあよくよく考えてみればノルウィンはまだ七歳である。

 家族にすら冷たくされる子が必死に助けを求めてくれば、感情的な女の子なら落ちることもあるのかもしれない。


 ―――よく分からないけど、協力者が得られるなら問題はない。

 ミーシャは可愛いし、それに万が一俺に学を与えようとしたことがバレたとしても、彼女は貴族出身のため殺されたりすることはないらしい。

 解雇され、最悪実家に戻されるだけで済むとか。

 俺のせいで死ぬとかがないなら、なおさら良しだ。


 ちなみに、ミーシャなら勧誘しても平気と考えたのは、俺の状況に同情する素振りを見せていたからだ。


 その判断は今思えば迂闊だった。

 同情は演技で、ミーシャがエンデンバーグ家の手の者である可能性も残っていたのだから。

 

 それを失念して結果を急いだのは、変わらない状況に焦っていたからか。


 俺は魔術の訓練を始めてから、この身体の才能の無さを実感していた。

 ゲームを通して主人公達の力を知るからこそ、ノルウィンの無力さは焦りを感じるには十分すぎた。


 結果としてミーシャは仲間になったから良いものの、もし目の前のメイドが敵側の人間だったら、俺は今頃さらに束縛された日々を過ごしていたのだろう。


 次からは、もっと思慮深く行動しよう。


「いかがされましたか?」


「いえ、何でも」


 昨日の反省をしていると、ミーシャは心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


 うお、近くで見るとやっぱり可愛いな。

 下手したらアルクエのヒロイン達より可愛い気がする。クレセンシアを除いてだけど。


 そんな俺の専属メイドは、後ろ手で扉を閉めると鍵を掛けた。


「これで二人っきりですね」


 ミーシャは弟に向けるような笑顔を浮かべている。

主と従者という関係から、秘密を共有する仲間になったからだろうか。昨日からミーシャの態度が明らかに軟化した。


 可愛いから嬉しいんだけど、正直クレセンシアへの思いが揺らぎかねないほど可愛いからやばいんだよな。いやまじで。


「それでは、本日のご予定ですが」


 ふんすっ、と鼻息荒く語り出す。

 俺の力になれるのがそんなに嬉しいのか。いや、でもまあ、あるよな。確かにこういうの。正しくない大人にこっそり反抗する時って、変にやる気が出てくるんだ。

 その気持ちに俺への庇護欲が乗れば、こうなるんだろう。


「午前に魔術の訓練をして、昼休憩を挟んだ後、午後は語学と一般教養の勉強をします。あ、一般教養というのはーー」


「大丈夫です。わかってます。それから魔術の訓練は疲れるので、出来れば勉強を先に済ましておきたいのですが」


「それは難しいです」


「なんでですか?」


「別館を担当する使用人のスケジュールを全て調べ上げたのですが、午前中に業務が集中していて、相対的に午後は暇みたいです」


「あー、忙しい方がこっちに目が向かないってことですか」


「そういうことですっ! 凄いですね!」


 ミーシャが満面の笑みで俺を褒めちぎる。ぽかぽかと温かい、大切にされてるな〜って感じの顔だーーーー


 ていうか今、さらっとすごいこと言ってなかった?

 別館の使用人のスケジュールを全部調べた? 昨日の今日で?


「いかがされましたか?」


 驚いてミーシャの顔を凝視すると、当の本人はやったことへの自覚がないのか、こてんと首をかしげた。


 ちくしょう、可愛いじゃねえか。


「な、何でもありません。そういうことでしたら、早速魔術の訓練を始めましょう」


「はい!」


 ミーシャがうっきうきで魔術教本を床に広げる。

 机を用いないのは、いざという時に土魔術で床をくりぬき、勉強の証拠をその中に放り込んで上から蓋をするためである。


 そして、さらにその上から絨毯を被せてしまえば、土魔術による特徴的な接着跡も見えなくなるという寸法である。


「さて―――」


 ゲームで扱われた魔術は、ゲームの都合上仕方ないが戦闘に役立つものばかりだった。

 まあ、戦闘メインのゲームに羽虫避けの魔術(あるかは知らない)があったとして、どこで使うんだって話だからな。

 魔術の種類に偏りができるのは仕方ないだろう。

 しかしこの世界にはもっと広く、そして深い魔術の知識があるはずなのだ。

 既に戦闘系の魔術知識を網羅している俺は、そっちまで極める必要がある。


 ゲームで得た知識と、これから得る更なる知識。二つを合わせて俺は最強の魔術師になるのだ――ッ。


 その意気込みで俺は魔術教本に視線を落とし――


「――」


「お坊っちゃま?」


「――――」


「お坊っちゃま?」


 え、ちょ。


「読めない」


「はい?」


「ミーシャさん、これ、読めないです」


「えっ」


 いや、なにその意外そうな顔。


 いや?まあ?

 読める前提で話を進めた俺も悪いけどさ、でも言葉が通じるなら文字も日本語だと思うじゃんよ!


 なーんで文字だけアルカディア王国のモノなの!?


「ミーシャさん、その、まず文字を教えて貰えませんか?」


「ふふ、畏まりました」


 幼い見た目にそぐわない大人びた笑みで、ミーシャは言語学習の本を開いた。


⚪️


 それからしばらくは、座学の時間であった。


 語学、一般教養、それからミーシャが知る限りの貴族的教養。

 アルクエからでは得られない、『この世界の文化』を覚える作業である。


 勉強嫌いだった俺がマスター出来るのか不安だったが、子供の脳ミソは乾いたスポンジが水を吸収するように、新たな知識を蓄えていった。


 そうして充実した日々を過ごすことが出来たのだが――問題が起こったのは三ヶ月後。


 まだ先のつもりだったのに、俺は否応もなくアルカディアクエストの舞台に立つことになる。

 


 

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