第十八話

 わたし(二葉・第二人格)は大人しく体育教師に連行されて行きました。

 柏木さんは救急車で病院に運ばれて、おそらく大事には至らないとのことでした。アタマから血を流していたのも皮膚が裂けただけで、顔を殴った時に出来た打撲痕は深刻なものの後遺症の心配はないとのことです。他の方についても、それぞれ手当を受けた後数日で学校に復帰できる見通しなのだと聞かされました。

 わたしは学校で先生から、警察署でおまわりさんからそれぞれ事情を聞かれた後、一泊だけして家に帰されました。

 おまわりさんの取り調べは厳しいものでわたしは何度か泣かされました。家ではやはり両親から事情を聞かれました。そのすべてをわたしはひたすら俯いてやり過ごしました。

 やがて話にならないと両親から溜息を吐かれた後、わたしは自室に戻されました。

 学校からは、今のところどんな処分が下るかは分からないが、とにかく家で待機せよということのようです。退学を言い渡される可能性も、家裁送致の可能性もありました。

 ですがそんなことは些細な問題でした。三浦さんの大暴れが起こすトラブルにもみんな慣れっこです。そんなことは何度も乗り越えて来たし、ここ数日わたし達の身に起きている殺人への関与という巨大な不安と比べれば、大したことがないはずでした。

 それでも誰もコックピットに座りたがりませんでした。意識を持つことを嫌がりました。生きていることを嫌がっていました。

 それは何故なのか? 明らかでした。四季さんがいなくなったからです。四季さんのいなくなった生活を目の当たりにして、四季さんのいないこれからの人生を想像して、皆それぞれに不安と苦悩を心に抱えていたのです。

 こういう苦悩の時間をただ一人意識を持って耐え、他の皆がお城の中の自分の部屋で安らかに眠っていられるようにするのが、苦悩の管理者たるわたしの責務でありました。

 考える時間はたくさんありました。決断する勇気を蓄える時間もたくさんありました。

 やがてわたしは一つの決意を胸に浮かべて、それを伝える為に皆をお城の玄関前に呼び出しました。




「自首をするってのはどういうことだ?」

 五木さんは咎めるような視線を向けました。

「言った通りの意味ですよぅ。わたし達は殺人事件に関わっています。おまわりさんにすべてを話して、四季さんがどうしてそんなことをしたのかを突き止めて、禊を果たすのです。」

 白けたムードが流れます。委縮しそうになるわたしに、三浦さんが投げやりな口調で促しました。

「何でそう思うんだ? 言ってみろ。」

「わたし達には四季さんが必要だからです。わたし達は一人の人間が生きるのに必要な力を、五つの人格で分け合っています。その内の一つでも欠けてしまっては、虹川一子としての人生が成り立たなくなるのです。」

「困るのは確かだけどさ。四季ちゃんがいないと。でもそれがどう繋がるの。自首することと。」

 六花さんが体育座りで言いました。

「わたし達が四季さんを封印したのは、彼女が殺人事件と関りを持っていると判断したからです。人を殺すような人をコックピットに座らせることは出来ないという理屈です。」

「それが何なの?」

「ですがわたし達には四季さんが必要です。」

「だから何なの?」

「警察に自首をして、四季さんと共に罪を償うのです。そして四季さんが反省して罪が贖われれば、四季さんは以前のようにコックピットに座れるようになると思うのです。」

「意味が分からない。」

「人は罪を犯せば社会で暮らす権利を失います。反省の為に刑務所に行くことになるのです。しかしそこで刑期を全うすれば再び社会に出ることが出来るはずです。四季さんだってそれは同じです。ちゃんと罪を償えば……。」

「だから、人を殺したのは四季ちゃんなのに、なんで無関係のあたし達まで刑務所行くの?」

「違いないな。」

 五木さんはそう言って肩を竦め、両手を晒しました。

「君のその浮世離れした理想論もまた、多重人格の弊害なのだろう。現実的でシビアな感覚を持つことを他の人格に押し付けにしているから、君自身はそんな風に能天気でいられるという訳だ。」

 鋭く指摘され、わたしは息が詰まります。

「とにかく自首は却下だ。四季がいなくなった分の穴埋めは大きな課題だが、それを埋め合わせる方法はいくらでもある。会議の回数を増やしてどうにか対応策を……。」

「四季さんの代わりなんていませんよ。」

 息が詰まりながらも、わたしはどうにか、自分の決意を口にします。

「やはり、わたしは警察には行くことにします。そして四季さんを棺桶から解き放ちます。」

「……許可もなしに勝手に行くつもりか? 早まるなよ。」

 三浦さんが眉間に皺を寄せてわたしを強く睨みます。

「ですが。このままだとわたし達、絶対にまともに生きていけないと思うんです。」

 わたしは怯えつつも、全身の克己心をどうにか搔き集めて応答しました。

「もちろん。できれば皆さんを説得できれば良いなとは思っています。勝手な真似をして嫌われたり、無視されたりするのは嫌ですから。でも、それでも、わたしはこれが絶対に正しいと思いますし、皆さんの為にもなると思うんです。」

「そいつを棺桶に封印する。」

 五木さんは冷たい声を発し、そして手を上げました。

「二葉以外の者は挙手をしろ。四票中三票で可決するんだ。」

「待て。こいつの役割は代替が利かない。下手をすると四季以上にだ。」

 三浦さんがそう言うと、五木さんは悔しがるように歯噛みしました。

「二葉。おまえも早く撤回しろ。」

「わたしの決意は固いのです。」

「その決意は良い。何を決意しても良いし、何を主張したって構わない。だが身勝手な真似はするな。おまえの持つ発言力はあくまでも一子の四分の一だ。一子の一生を左右する決断は、おまえ一人じゃ下せないんだよ。その不文律を破るというなら、五木の言う通り、おまえのことは棺桶に封印するしかないんだよ。」

 三浦さんはわたしの胸倉を強引に掴み上げます。そして竦み上がるわたしに、縋るような目線を向けながら、懇願と恫喝の混ざったような声でこう言いました。

「いいか。何があっても俺達を裏切るな。共に一子として生きていたいなら、裏切らないでくれ。」

 わたしは黙り込みます。

「返事をするんだ。」

「……はい。」

 そう答えるしかありませんでした。

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