島流し悪役令嬢は無人島を開拓する 〜前世108歳で大往生した農家のばあちゃん、長年の経験を活かしてセカンドライフを謳歌します〜
ちはやれいめい
第1話 リタは前世を思い出す。
グレアス王国の広々とした法廷に裁判長の声が静かに響く。
「判決を言い渡す。オルドレイク・ミズローズは有罪。オルドレイクを諌めなかった家族らも同罪である。ミズローズ候爵家は爵位剥奪、オルドレイクとその妻子は監獄島にて二十年刑務につくこととする」
有罪判決を受けたのは、オルドレイクとその妻カトレア、息子のエリオット、娘のリタ。
四人が着せられているのは飾り気のない綿のシャツにズボン……平民が着る安物だ。
一度着たドレスは二度と着ないレベルで流行を追い、衣装部屋三つが埋まるほどのドレスを持っていたカトレアには耐え難い屈辱だ。
歯ぎしりして「こんな粗末な布、侯爵婦人のわたくしが着る物ではありません。ドレスを返しなさい!」とわめく。
裁判長はそんな見苦しい抵抗をするカトレアに、害虫でも見るような目を向ける。
「オルドレイク。国民の模範であるべき財務官が国庫を横領し私腹を肥やしたことは断じて許されることではない。国民への裏切りだ」
カトレアは「わたくしは悪くない、夫が勝手にやったことです。わたくしは助かるべきです!」と喚いたが兵に押さえつけられて黙った。
✼•┈┈┈┈•✼
四人は即日、監獄島への移送船に放り込まれた。
国庫の横領ゆえ、国民たちの怒りは相当のもので、腕ごと胴を縛られて連行される中、民衆から石や泥団子が飛んでくる。
「俺達の納めた金で贅沢しやがって!」
「全員海に沈んじまえ!」
リタは何も知らなかったとはいえ、オルドレイクがかすめ取った金で育てられた。言い訳も抵抗もせず、船に乗った。
木造の移送船は古びていて頼りない。
中年の船長が舌打ちして、苛立たしげに行く先を睨んでいる。
「こんな日に船を出さないとなんてな。嫌な仕事だぜ」
カトレアが「なぜもっとバレないようにしなかったの」と金切り声でオルドレイクを責め立てる。オルドレイクはカトレアが言い終えないうちに「お前が散財するからいくら盗ってもたりないんだろうが!」と怒鳴り返す。
エリオットは両親の醜い言い合いを横目に、ため息を漏らす。
リタは空を見上げて目を細める。あたりに灰色の雲が見える。
空気のにおい、肌に吹きつける風の湿り気から、なんとなく感じ取る。
「雨が降る」
ぽつりと呟くと、エリオットが苛立った声を上げた。
「リタ。お前は土いじりしたりドレスを嫌がったり、おかしな言動ばかりだったが、今度は預言者のふりか」
リタは幼い頃から屋敷の庭園で植物を育てるのが好きだった。そして土のにおいと風、雲……自然がいろんなことを教えてくれる気がしていた。ドレスを好まないのは、良い服に違和感があったから。
話したところで理解はされなかった。
一時間もしないうちに空は黒い雲で覆われ、波が高くなった。リタが言うように、雨が近づいていた。それもただの雨でなく、嵐が。
船員たちが慌ただしく駆け回る。
「嵐だ! 帆を下ろせ!」
「波が高すぎる!」
船は右に左に大きく揺れる。ゴロゴロと空が鳴る。
「くそ、早くなんとかしろ! 平民どもめがっ!」
エリオットが喚いても、天気は人の手でどうにもできない。雷がマストに直撃した。帆が燃え上がり、船は大波に揺すられる。
リタは踏みとどまることができず、海に投げ出された。
燃える船を見上げ、海面に叩きつけられる衝撃で意識を失った。
✼•┈┈┈┈•✼
燃える空の下、幼い子ども二人を抱えて川に飛び込む女性の姿が脳裏をよぎる。
紙切れに呼び出された夫は、小さな箱になって帰還した。
生きるために焼けた大地を耕した。
子どもたちは成長して巣立ち、やがて結婚して孫を連れてきた。
孫も成長して友達や恋人を紹介しに来る。結婚して子を産み、ひ孫が遊びに来る。
子と孫とひ孫、
頭の中を巡った数々の場面は、リタの前世、
そして別の世界で侯爵家の娘、リタ・ミズローズとして生まれ、十三歳にして命の危機に陥っていた。
✼•┈┈┈┈•✼
リタが目を覚ますと、どこかの海岸だった。体の下に砂の感覚があり、体を縛っていたロープはとけていた。
気絶したことで海水を飲むことがなく、運良く海岸に流れ着いたのだ。
全身はずぶ濡れで砂だらけだが、命は助かった。海水でベトベトになった前髪を指でのける。
「……神さまが、おれにまだ生きろとおっしゃってるんかね」
頭を振って立ち上がった。
あたりには船の残骸や壊れた木箱が流れ着いている。緑豊かな森もある。
「今のおれにゃ、若い健康な体があるでねぇか。でぇじょぶだ。越後の人間はねばり強ぇんだ。体一つありゃ生きていける」
胸を叩き、自分を鼓舞する。
まず必要なのは、自分以外にも生存者がいないかの確認。
家族と船員たちは島に流れついたか、それとも溺れて海に沈んでしまったか。
ここが人の住む島なら食料を分けてもらえるよう頼もう。罪人一族のリタを助けてくれるかはわからないけれど、何もしないよりはいい。
無人島だった場合は、後ろに見える森や山を探索して食料を確保する。
やることは山積みだ。
浜辺を歩いていると、微かに声が聞こえた。
「うぅ……」
木箱の影に、ウサギ獣人が倒れていた。
見た目はほぼほぼウサギ。薄い灰色の毛並み、白い髪の毛。
メイドが着るような給仕服を着ている。
「おめさん、でぇじょぶか? しっかりしなせや」
駆け寄って助け起こす。見たところ深い外傷を負っていない。
「う…………。だれ、です? ここは? ルーシー、は、定期船に、のっていた、はず……」
どこかの国に行くための定期船も同じ嵐に巻き込まれたのが、僅かな言葉で汲み取れた。
「おれはリタ。船が嵐にあって、ここに流れついたみてぇら」
だんだんと意識がはっきりしてきたのか、ぼんやりしていたルーシーの目がはっきりと開いた。
「ほかの、乗客のみなさんは? 船員さんは?」
「おれも目覚めたばっからすけ、わからねぇわ」
「そう、ですのね。……ルーシーは、これから、どうしたらいいんですか。お船がないなら、おうちにも、お姉ちゃんのところにも、帰れないんです? ううっ」
ルーシーは、見たところまだ十歳になるかならないかの子ども。
あたりに流れ着いている船の残骸を目の当たりにして、泣きだしてしまった。
リタはルーシーの背中を軽く叩いて笑ってみせる。
「泣くんでね、ルーシー。ここがどこかは、これから確認すればええ。歩けるようなら、おれと行こ。ここで泣いとっても、なんも変わらん。水と食料を確保したいし、他にも人がいるか、探してみよて」
ルーシーはじっとリタを見つめて、差し出されたリタの手を取った。
「……不思議です。ルーシーは、ここがどこかもわからないのに、リタと初めて会ったのに、リタが言うなら大丈夫って思えます」
「でぇじょぶだ。ルーシー。ばあちゃんがついてるすけな。人はあきらめなきゃ、何でもできるて」
二人は手を取り合い、未来を切り開くために歩き出した。
✱ミズの「おれ」は新潟弁の方言です。俺っ子ではありません。
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