強制鬼畜縛りな底辺ダンジョン配信者の受難〜銭ゲバ迷宮探索者は一発当ててFIREしたい〜

EAT

プロローグ

「世の中、何をするにも金が要る」


 それが齢六歳にして少年────空木普が気がついた世の中の仕組みであった。


 生きるためには金がかかる。普段身に着ける服や靴、何気なく飲んでいる水やジュースだって無料タダじゃあない。何をしてなくても腹は減るし、ご飯を食べなきゃ人ってのは簡単に死んでしまう。他にもいろいろ、人間生きていれば何かしらの欲求に駆られて、その欲を満たすために行動する。


 しかも、その全てに金が直結する。当然な話であるが、子供の時分に聡くそのことに気がつけるかは別の話だ。


 ご飯は虚無から湧いて出てこないし、身に着ける服や靴だって買わなきゃいけない。水だって、蛇口をひねれば出てくるかもしれないが、それだって金を払っているから飲めるのだ。


 本当に、何をするにも金が要る。


 例えば、病床に伏した母の治療を継続的に行い、その命を延命させるには莫大な、今あげた例よりも膨大な金が必要となる。


 本当に、金金金金金金金で嫌になってくる。


 そんな無常な現実を幼いながらに普は理解してしまった。理解と同時に普は、早く大人になりたいとも思った。


 理由は単純で、まだ幼く無力な自分では金を稼ぐことができないからだ。早く大人になってお金をたくさん稼いで、自由に、色々な事をしてみたい。


 お腹いっぱいに普段食べることの無い高級料理を食べてみたいし、ボロボロな服や靴を新調したいし、ふかふかなベットで眠ってみたいし、隙間風のない冬でも暖かい家に住んでみたい。


 何より、病気で苦しそうにしている母を助けたかった。


 たくさんたくさん、やってみたいことがある。だから、早く大人になって、お金を稼いで、全部叶えてやるのだ。空木普は幼いながらにそう思った。


 そうしてそんな彼の願いを叶えるかのように神様は機会チャンスを与えた。


 彼はそのことに喜び、夢に向かって走り始めた。けれども、現実とは非情かな、彼の夢を嘲笑うかのように理不尽の数々が襲い掛かる。


 そうして普はまた振り出しに戻るのだ。


 ────嗚呼……やはり世の中、何をするにも金が要る。と。


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 皆さんは「FIRE」と言う言葉をご存じだろうか。


 え? 火? 炎? 違う違う、そっちの「Fire」じゃなくてだな……いや、某ポ〇ットでモ〇スターの方に出てくるキャラの「フ〇イアー」でもなくてだな……知らないなら知らないでいいよ。素直にそう言ってくれよ。


 ……兎に角、俺の言っている「FIRE」とは「Financialファイナンシャル Independenceインディペンデンス, Retireリタイア Earlyアーリー」の略語であり、若いうちに資産運用なんかで経済的に自立して務めている仕事を早期退職────つまり若いうちに大金持ちになって楽して余生を過ごしたいってことだよ。


 え? 何ふざけたこと言ってるんだって? そんなこと常人ができるわけないだろうって? 若いうちからそんなロクでもないことばかり考えてるアホになるぞって? じゃかましい。こちとら本気も本気の大本気マジよ。


 実際に世の中には今言ったことを成し遂げて「FIRE」した人だっているとかいないとか……まあ、頭ごなしに否定できるもんでもない訳だ。


 それにこのご時世だ、若者が「FIRE」できる可能性はぐっと上がってきている。


 何故か? 理由は単純明快! 一世を風靡した「Yo〇tuber」の様に、現代で若者のなりたい職業ランキングをここ数年独占し続ける職業ができたのだ。


 その名も「配信探索者」である。


 年頃な少年少女ならば一度は妄想したことがあるような特別な力を手にした人々が、世界に突如として出現した迷宮ダンジョンを探索し、この世ならざるバケモノを斬っては投げ、滅多にお目に掛かれない金銀財宝を持ち帰る様をインターネットに配信し、金を稼ぐと言う夢のような職業である。


 これがまあ稼げる。そもそも近代のインフラを支える迷宮探索者は危険であるがその生業だけで年間で一般人では一生稼げない額を稼ぐこともできてしまうのだ。それに加えて、有名配信者になれば副収入的にこれまたアホみたいな金を稼ぐことができる。


 まさに「FIRE」を目指す俺にはこの上ない職業であり、そして運よく俺は日本人口の約5パーセントしかなることのできない迷宮探索者に成れた。やったね!これには普段は金が無さすぎて仏頂面な表普君もニッコリ、ご近所迷惑を覚悟で発狂したね。もうマジで人生の運を全て使い果たしたような気分であった。


 ……そうして、俺のその感覚はなんら間違いではなかった。


 今まで耳当たりの良い、配信探索者の素晴らしい側面ばかりを話してきたが現実はそんなに単純じゃないし甘くない。端的に言えば、年間でアホみたいに稼いだり、有名配信者になって副収入もガッポガポなんて探索者はほんの一握りであって、大体の探索者はサラリーマンよりはちょっと稼げるぐらいの、その危険度を鑑みれば全く割に合わないブラック職業であったのだ。


 狭き門を潜り抜けた先に待ち構えていたのは更に狭き門……全く、世の中の理不尽さが詰め込まれたような醜悪さだね。


 そして、こんな前置きをしていると時点でお察しの通り、俺に待ち受けていた現実は後者であり。しかもその中でもトップクラスに不運なモノであった。


「空木普さんの職業クラス希少職レアクラスの〈召喚士〉ですね。魔力量から最初に召喚できるモンスターは……スケルトンです」


「……え?」


「迷宮に潜って経験を積めばスケルトン以外のモンスターを召喚できるようになるかもしれませんが……そもそも、ご存じの通りスケルトンはモンスターの中でも最弱クラスですし、加えて召喚士にはそれほど戦闘能力はありません。パーティーを組むにしてもこの条件では組んでくれる他の探索者もいないかと、正直に言わせていただけば今すぐ探索者になるのは辞めて普通に働くことをお勧めします」


「…………」


「それでも探索者にということでしたら、まずは探索者の方全員に加入義務のある保険とそれから迷宮に潜る規定として探索者講習を受けてもらって、装備と道具を最低限揃えてもらう必要が……一応、新人の方向けに探索者協会の方で保険加入とセットで格安で装備や道具のご案内も出来ますがいかかですか?」


「ちなみにおいくらほどで……?」


「最低でも初期投資で100万円ほどのご用意が必要となります」


 これが探索者になった時の職員さんとのやり取りであり、初っ端からどぎつい洗礼を受けた俺は思わず他の人もいる探索者協会のビルで盛大に叫んだ。


「もうさァッ!無理だよ!世の中お金がかかりすぎるんだからさァッ!?この期に及んで世間はまだ俺から金を搾り取るのかよォ!!?」


 しかも適正職業が戦闘力が極めて低い召喚士で? 唯一召喚できる戦力モンスターが骨だけってどういうことやねん。嘗めとんのか? 人の事をおちょくってんのか?


 ……てかこれ、初っ端から詰んでるのでは??? 


「マジふざけんな!!」


 これはそんな金なし、学無し、運なしの俺事────空木普が本気で「FIRE人生早期リタイア」を目指す、奮闘記である。

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