6日目 第3話 想いが、そっと重なった夜

夜も深まり、寮の中は静寂に包まれていた。寮の廊下には灯りが漏れ、各部屋の扉が閉められ、唯一音がするのは、時折聞こえる遠くの笑い声や、時折誰かが物音を立てる音だけだ。もうすぐ消灯時間が近づく中、花音と綾香の部屋にも、いつものように穏やかな空気が漂っていた。


綾香がベッドに座りながら、窓の外に目を向ける。その視線の先には、夜空に広がる星々が見え、少しだけ雨の跡が残っていた。それは、昨日のように降りしきった雨が、今はすっかり止んで澄んだ空気を生んでいた証拠だ。


「なんだか、少しだけ切ないね。」


綾香がぽつりと呟いた言葉に、花音は驚いたように顔を上げる。


「どうして?」


「だって、明日でこれが終わるから。」


その言葉に、花音の胸が少し痛んだ。確かに、交換体験学習は明日で終わる。今日、昼間に経験した出来事や、みんなと過ごした時間のことを考えると、どうしても名残惜しさが込み上げてくる。そして、綾香との時間も、残りわずかとなることが、どこか寂しさを感じさせた。


「うん、私も……。もう少し、このままでいたいって思っちゃう。」


花音は静かに答えた。その言葉に、綾香がふっと笑った。


「私も。だけど、こうして過ごした日々が本当に楽しかった。拓海――いや、花音が頑張ってくれたおかげだと思うよ。」


その言葉に、花音は少し恥ずかしそうに顔をそらした。


「……そんな、大したことじゃないよ。」


「いや、本当に。あなたがいてくれたから、私はここで、こうして過ごせたんだ。」


言葉に力を込める綾香の目は、少し優しく、少し照れくさいような、複雑な表情をしていた。花音はその視線を受け止めることができず、目を伏せる。


「……ありがとう。」


小さく呟いたその言葉に、綾香は静かに微笑み、そっと花音の手を取った。


「これからも、ずっと一緒にいられるといいな。」


その言葉が、花音の心の奥に深く響く。なぜか胸が高鳴り、身体が少しだけ震えた。その瞬間、部屋の空気が一変したような気がした。お互いの視線が重なり、その距離がどんどん縮まっていくのを感じる。部屋に流れるのは、二人だけの静かな時間。


「……うん、そうだね。」


花音は静かに頷き、そして、自分の気持ちが言葉にできないままでいることに気づく。それは、今の自分がどんなに大切な気持ちを抱えているかを、まだうまく伝えられないからだ。でも、綾香のその手を握り返すことで、少しだけ気持ちが通じたような気がした。


そのまま、綾香はゆっくりと花音の顔に近づいてきて、柔らかい唇が花音の額に触れる。その温かさに、花音は一瞬息を呑んだ。


「……花音。」


綾香の声が、静かに部屋の中で響く。


「この体験が終わっても、私たちはずっと一緒にいられると思う?」


その問いに、花音はしばらく黙って考えた。心の中では、確かに答えが決まっているような気がする。でも、今はその言葉を口にするのが怖かった。


「うん。」


その言葉がやっと出たとき、綾香がそっと花音の頬に手を添える。その手のひらの温もりが、花音の心をふわりと包み込むようで、言葉にできない感情がどんどん溢れ出しそうになる。


「それなら、私も怖くない。」


綾香が少し笑って、花音の目をじっと見つめる。その目には、確かな信頼と、少しの不安が混じっていた。お互いに何かを求めている、でもその答えがまだ完全には見つかっていないことを二人は感じていた。


そのとき、ふとした衝動で、花音は綾香の顔に手を伸ばす。指先が綾香の頬を撫で、そのまま唇が重なった。最初は軽く触れるだけのキスだったが、そのままお互いに少しずつ体温を感じ合いながら、時間が止まったように感じた。


唇が離れると、二人はお互いに深い息を吐いた。その瞬間、花音は初めて、自分の気持ちが本当に確かだと感じた。ここにいる、今この瞬間が、どんなに大切なものなのかを改めて実感する。


「私も、花音と一緒にいたい。」


その言葉が、花音の心に深く響く。ここで、ようやく自分が望んでいるもの、求めているものが何かを知った気がした。


「私も、ずっと一緒にいたい。」


その言葉を、今、心の底から伝えられたことが、何よりも嬉しかった。


二人はゆっくりとベッドに横になり、静かな夜を過ごした。窓の外には、まだ少しの星が瞬いている。そして、何よりも、二人の心は確かに近づいていた。


消灯時間が近づいても、二人の心はまだまだ途切れることなく、静かに寄り添い続けた。

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