5日目 第5話 夏の街を歩く
電車を降りると、むわっとした夏の熱気が肌を包んだ。
駅構内のエアコンの効いた空間から外に出た瞬間、じんわりと汗がにじむのを感じる。昼下がりの太陽は容赦なく照りつけ、アスファルトからの照り返しが眩しい。
「暑いね……。」
花音が額の汗をぬぐいながらぼそりとつぶやくと、隣を歩く綾香も軽く息を吐いた。
「うん。日傘持ってきたらよかったかも。」
綾香はカーディガンの袖を軽くまくりながら、ちらりと花音を見た。
「大丈夫? ワンピース涼しいと思うけど、慣れないと落ち着かない?」
「いや……それは大丈夫。」
淡いブルーのワンピースは薄手の生地で、通気性もいい。普段の制服のスカートよりも軽やかで、風が吹くたびにふわりと裾が揺れる感覚が新鮮だった。
ただ、やっぱり外を歩くのは緊張する。
女子の服装で、女子として振る舞っていることに、まだ完全に慣れたわけじゃない。それでも、今さら「やっぱりやめたい」とは言えなかった。
「さ、行こっか。」
綾香の明るい声に促され、花音は深く息を吸い込み、足を踏み出した。
駅前のロータリーを抜け、大通りへと向かう。人通りは多く、買い物帰りの人々や学生たちが行き交っていた。信号待ちをしている間、花音は無意識に背筋を伸ばし、なるべく自然に振る舞おうと意識する。
「昨日は車だったから、歩くとちょっと新鮮かも。」
綾香が隣で呟く。
「そうだね……。」
花音は短く返しながら、周囲を気にしないよう努めた。
女子高生のグループがすれ違いざまにこちらをちらっと見る。特に会話の内容までは聞き取れなかったが、なんとなく自分たちのことを話しているような気がして、胸がざわついた。
(いや、考えすぎか……。)
深く考えすぎると余計に挙動不審になってしまう。なるべく気にしないようにしながら、綾香の隣を歩き続けた。
「花音。」
「……ん?」
「手、つなぐ?」
「えっ!?」
思わず立ち止まりそうになった。
「ほら、人混みだし、はぐれたら大変だから。」
綾香はさらりと言うが、花音の心臓は一気に跳ね上がる。
「だ、だいじょうぶ……!」
「そう? じゃあ、腕くらいは組む?」
「もっとダメ!」
慌てて否定すると、綾香はくすくすと笑った。
「冗談、冗談。でも、そんなに慌てなくてもいいのに。」
「……からかうなよ。」
むっとしたように呟くと、綾香は「ごめんごめん」と言いながら、歩調を合わせてくれた。
そんなやりとりをしているうちに、目的のブライダルショップが見えてきた。
昨日訪れたばかりなのに、なんだか妙に懐かしく感じる。扉の向こうに広がる、あの華やかな空間を思い出し、少し緊張が蘇ってくる。
「じゃあ、行こうか。」
綾香が軽く微笑みながらドアに手をかける。
花音は、小さく息を吐き、覚悟を決めた。
扉が開くと、心地よい冷房の風とともに、店内の柔らかな空気が二人を迎え入れた――。
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