4日目 第8話 予期せぬ不安

 寮に帰ってきた二人は、部屋に入るとほっと一息ついた。花音はベッドに腰を下ろし、無意識にポケットに手を入れたが、すぐにその手を引っ込めた。スマホがない。


 「え……?」花音は驚きの声を漏らす。スマホを持っていないことに気づくと、心臓が少し早く鼓動を打った。さっきまで手にしていたはずのものが、今はポケットの中にない。困惑した顔で、花音は綾香を見上げる。


 「どうしたの?」と綾香が心配そうに声をかけると、花音はすぐにポケットを探し直すが、やはり見当たらない。


 「スマホ、ない……」花音はつぶやきながらもう一度ポケットの中をまさぐったが、それでも出てこない。


 「もしかして、ブライダルショップか車に忘れてきたのかな?」花音は思い出しながら呟くと、綾香が少し考えてから携帯電話を取り出し、「番号を教えて、かけてみるよ」と言った。


 「ありがとう……」と花音は番号を告げると、綾香はすぐに電話をかけた。しかし、しばらくしてから、電話の向こうで無機質な声が響いた。


 「電源が入っていないか、電波が届いていません」と。


 「え、どうしよう……」花音は肩を落とす。大事なスマホが手元にないという事実に不安が募った。


「なお姉に連絡してみる?」綾香が提案する。


 「うん、お願い……」花音は緊張した面持ちで答えると、綾香はすぐに奈央に連絡を取った。


 しばらくして、綾香が電話を切ると、顔が少し困ったようになった。「車にはなかったみたい。ショップかもって。」


 「ショップ……」花音は眉をひそめる。ブライダルショップにはもう行きたくない、もう女子として外出したくないという気持ちが胸に広がる。


 「でも、今日はもう閉店したし、明日はなお姉も、OGスタッフの人も外回りで不在だって。」綾香が言いながら、少し肩をすくめる。


 「明日……?」花音は目を閉じてため息をついた。女子として外出すること自体が苦痛だったのに、それがまた明日にも繰り返されるのかと思うと、気が滅入ってしまう。


 「うん、だから、二人で明日もう一度探しに行こう。」綾香は優しく花音に微笑んだ。


 「うん……」花音はそれでも少しホッとした。誰かと一緒なら、少しは気が楽になるかもしれない。だけど、やはり胸の中には不安が消えず、再び女子として外出しなければならない現実に、ため息をつかずにはいられなかった。


 その夜、二人は静かな部屋の中で、どこか落ち着かないまま過ごした。花音はまたスマホのことを考えてしまい、綾香はそれを気にかけつつも、できるだけ穏やかな気持ちで話すようにしていた。明日、再び女子として外出することには不安が募るが、少なくとも二人一緒にいられることで少しだけ安心感が湧くのだった。

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