1日目 第4話 始まりの足音
対面式が終わり、寮生活の幕が本格的に開けた。体験生たちは緊張した面持ちのまま、次のステップ――寮内オリエンテーションに臨むこととなった。
「それでは、オリエンテーションを始めますね。」
寮母の田中千春が柔らかな笑顔で呼びかけると、体験生たちは自然と彼女の周りに集まった。千春の落ち着いた雰囲気は、張り詰めた空気を少し和らげる効果があった。
「皆さん、こんにちは。私はこの寮で寮母を務めている田中千春です。」
千春は一呼吸置いてから、優しい目で体験生たちを見渡した。
「私自身、若い頃に寮生活を経験しました。その経験を活かして、皆さんが困ったときや悩んだときに寄り添える存在でありたいと思っています。皆さんが安心して過ごせるよう、精一杯お手伝いしますので、よろしくお願いしますね。」
オリエンテーションでは、千春が体験生たちを引き連れ、寮内を案内しながら生活の基本的なルールを説明していった。廊下、共用スペース、食堂、体育館――清潔でどこか温かみのある施設が続く中、説明が洗濯室や浴室に及ぶと、花音は緊張を隠せなかった。
「誤解を招く行動は慎んでくださいね。」
千春の柔らかな口調だったが、その言葉の意味を理解した花音の胸に重いプレッシャーがのしかかる。男子としての自分を隠しながら、女子と同じ施設を使うことの難しさが改めて突きつけられた。洗濯室で下着を扱うことや浴室での入浴――普段の生活では想像もできない状況に、彼の心はざわつく。
一方で、花音の隣を歩く綾香は、彼女の様子をちらりと気にかけていた。表情の硬い拓海を見て、綾香の胸には不安がよぎる。体験生として女子寮での生活を送ることが、彼女にとってどれほどの負担になるのか――そして、自分がどれだけ彼女を支えられるのか。
「大丈夫かな……」
心の中で呟く二人の思いが交差する中、千春は話を続けた。そして、最後に案内されたのは体験生たちがそれぞれ過ごす部屋だった。
「あなたたち、二人きりで過ごす部屋だから、気をつけることもたくさんあるわよ。」
千春がそう言ったとき、花音は顔を赤くして黙り込み、綾香は少しだけ笑みを浮かべたものの、胸の奥にわずかな不安を感じていた。
「花音ちゃん、気をつけることもあるけれど、楽しんでやっていこうね。」
綾香が微笑みながら声をかけると、花音も赤い顔のまま小さく頷いた。その姿を見て、綾香は自然と母性本能をくすぐられるような感覚に陥る。彼女の一挙一動がどこか愛おしく、妹のような存在に思えてならない。
オリエンテーションが終わり、いよいよ寮生活が始まる。二人きりの部屋、7日間の試練――それがどんな日々になるのか、二人ともまだ想像もつかなかった。ただ一つ確かなのは、お互いに支え合いながら過ごす時間が、これからの二人にとって特別なものになるだろうということだった。
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