第71話 出会いのクエスト
死を乗り越え、ついに魔力を手に入れたドゥドゥはかつてないほどに高揚していた。
今まで魔力が足りずに諦めていた魔術を使えることの、なんと素晴らしいことか。魔術への理解度は格段に向上し、新しく試したいことが次々と湧き上がってくる。
やりたいことが多いため、生活が疎かになっている自覚はある。ずっと研究に没頭していたいが、腹は減るし眠くもなる。少し前に夢中になりすぎて体調を崩したので、今は少し抑え気味にしている。健康でなければ、研究は捗らないことを実感した。
今日は久々に海に向かっている。
村人たちは海にほとんど近づかないので、食料を得るにはうってつけだった。魔獣など多少の危険はあるが、注意していればそれほど問題はない。
さて、海から戻ったらどの魔術を研究しようか。これまでは自身の属性である土魔術を研究していたが、他の属性にも興味がある。
そんなことを考えていると、いつの間にか海に着いていた。
そこにいたのは……。
「あれぇ? また、ヒュラフの行き倒れッスかぁ?」
若いヒュラフの男だった。
……
行き倒れのヒュラフ、サリファはなんと魔術師だった!
それも、かなり高位の魔術師だ。事情があって今は魔術を使えないらしいが、間違いなく高い実力を持っている。魔術の知識も豊富で、ずっと話していたいくらいだ。
……ちょっと、話しすぎたと反省はしている。ここ数日、回復しきっていないサリファを長時間付き合わせてしまった。魔術のことになると他のことが考えられなくなるのは自身の欠点だ。
「……それじゃ、おやすみドゥドゥ」
「今日もいろいろ教えてくれて感謝ッス! おやすみなさいッス!」
サリファと別れ、別室へ。
まだまだ話したい気持ちを抑え、眠ることにする。サリファはもう明日にでも完全回復するだろうから、話せる時間は残りわずかだ。
「一緒に行こうと誘ってくれたのは、嬉しかったッスねぇ……」
サリファの言葉を思い出し、にやけてしまう。対等に接してくれて、魔術のことを語り合えて、共に行こうと言ってくれて。なんというか、出来過ぎだろう。こんなにも嬉しいことがあっていいのだろうか。
誘いを断ったことに後悔はない。
後悔はないが、一緒に行けたら楽しいだろうという思いは当然ある。それでも、父との思い出の地が荒らされる可能性があるならば、自分は残らなくてはならない。ここが戦場になるとしたら、かなり先のことになるだろうけど。
ああ、なんだかいろんなことを考えてしまったな。明日は早起きして、最後にサリファに聞きたいことをまとめないといけないのに。
そう思って、眠りについた。
カンッカンッカンッ!!!!!!
三度の大きな鐘の音に、飛び起きる。
この音は、襲撃……?? まさか、エルフがここまで攻めてきた? 戦場から遠く離れたこんな場所に??
「あ、サリファを起こさないと……!!」
「……ドゥドゥ、起きてる?」
混乱の中サリファのことを思い出すのと同時に、サリファがこちらにやってきた。どうやら、聞こえていたらしい。
「サリファ、身体は大丈夫ッスか? 早く逃げた方がいいッス!!」
サリファが巻き込まれないように、早く逃さなくては。
「……ドゥドゥは?」
「オイラは前に言った通りッスよ!! ちょっと状況がわかんないッスけど……」
「……なら、僕も一緒に行くよ。単独で動かない方がいい。逃げるにしても、どこに逃げればいいかもわからないからね」
「た、たしかにそうッスね」
サリファは冷静だ。
こんな状況に慣れているのか、非常に落ち着いている。そのおかけで、混乱がおさまってきた気がする。サリファはこの辺りについてよく知らないのだから、自分がしっかりしなくては。
「とりあえず、外に出て状況を確認するッス! 着いてきてほしいッス!」
「……いや、ドゥドゥちょっと待っ」
サリファが何か言いかけたが、急がなくては。
今いる家は集落から少しだけ離れている。まずは他の人に話を聞くべきだろう。サリファを伴い、駆け足で村へと向かう。慌ただしく防衛の準備をしている人々が見えてきた。
「誰か!! 一体何が起こってるッスか!?」
声をかけると、数人が振り向いた。
そして、こちらを見て警戒をあらわにした。
「お前は魔術師の……。待て、止まれ!! 後ろにいるのは誰だ!! まさかエルフか!?」
「え!? いや、違うッス! サリファは、えっと、ヒュラフで……」
「ヒュラフだと!? そんなのがなんでこんなとこにいやがる!! さては、お前らがこれを……」
そう言って、村人たちが武器を向けてくる。
失敗した。非常事態の最中に部外者を連れてきたら、こうなることは予想できた。普段から邪険にされている自分の話を、聞いてくれるはずもなかった。全然、冷静になどなれていなかった。
「き、聞いてくださいッス!! オイラたちは、この件は何も知らなくて!!」
「うるさい!! それ以上近づくな!! 関係ないというのなら、この場から去れ!!」
もはや、聞き入れてくれる雰囲気ではない。
どうしよう。どうすればいい? このままでは、サリファを危険に晒してしまう。
「……ドゥドゥ、一旦離れよう。ここにいても何もできない」
「そう、ッスね。サリファ、申し訳ないッス……」
情けない気持ちになりながら、サリファの方を向く。だが、サリファはこちらを見てはいなかった。
「……遅かったか」
険しい表情でそう呟くサリファ。
その視線の先には、狼型の魔獣の群れが――。
「……ドゥドゥは下がって。僕が対処する」
「無茶ッス! いっぱいいるッスよ!?」
サリファは強いのだろうが、魔術を使えないと聞いている。そんな状態で、たくさんの魔獣を相手にするなんて危険すぎる。
「……いや、あれくらいなら大丈夫。僕を信じて」
サリファは、全く気負った様子もない。
澄んだ目でそう言われてしまうと、頷かずにはいられなかった。
「き、気をつけてくださいッス!!」
サリファは一つ頷くと、素早く魔獣の方へと向かっていった。不安ではあるが、見守ることしかできない。
だが、そんな不安はすぐに吹き飛んだ。
「つ、強すぎるッス……!!」
サリファは速度を上げて接敵すると剣を振るい、瞬く間に魔獣を切り裂いていった。戦いのことなんて全然わからないが、それでもサリファの動きが洗練されていることがわかる。
すぐに魔獣を殲滅し、サリファが戻ってきた。
疲れた様子もなく、普段通りの姿にホッとする。
「お疲れ様ッス! サリファってめちゃくちゃ強いんスね!」
サリファがいてくれてよかった。
そんなことを思いながらサリファに駆け寄る。しかし、サリファの表情はまだ厳しいままだった。
「サリファ……?」
「……まだ、終わってない」
その言葉が発せられると同時に、
「村の反対側が破られた! ちくしょう、魔獣に囲まれてやがる!!」
息を切らせた村人が、そう叫んだ。
……
「なんでこんなことに……」
サリファの強さを目の当たりにした村人たちは手のひらを返して助けを求めてきた。突破されたという村の反対側へと向かうと、侵入してきた魔獣は処理できたようであった。しかし、犠牲は出ている。
「防壁の修復を急げぇ! 負傷者を運び出せぇ!」
声を張り上げているのは、この村の長であるグンバルだ。軍人の経験があり、この非常時には頼りになる存在なのだと思う。
「グンバルさん! 助っ人を連れてきた!」
「あぁ? 助っ人だぁ!? そんなもんどこから……」
ここまで一緒にきた村人が声をかける。
グンバルの目がサリファを捉えた。
「ヒュラフだとぉ!? 腕は立ちそうだが信用できんのかぁ!?」
突然現れたのだから当然の反応だ。
村人の説得によって一応納得はしてくれたようだが、不信感は拭えないだろう。
「あぁ、クソッ! 今は人手が足りねぇ! そこのあんた、力を貸してくれ!!」
「……もちろん」
グンバルの決断は早かった。
状況を見て、今は頼るほかないと判断したのだろう。
「ここの防壁を修復してるんだが、魔獣を防ぎながらじゃ作業が進まねぇ! 魔獣の相手を頼めるか!?」
「……構いません。ドゥドゥはどうする?」
「え、あ、オイラッスか!? ええと、ついていっても邪魔だと思うんで、修復作業を手伝うッス!」
「……わかった。気をつけてね」
そう言って、サリファは駆け出していく。
サリファの強さなら問題ないと思うが、心配なものは心配だ。無事を祈るしかない。
……
「こっちに木材を持ってきてくれ! これじゃあ強度が足りねぇ!」
「は、はいッス!」
サリファが魔獣の対処に向かってから、修復作業は順調に進んでいる。修復というか、もはや新たな防壁を作っているといってもいい。
魔術で防壁を作ることを提案してみたが、グンバルに却下された。魔術に対する信頼のなさもあるが、村人たちの作る防壁を上回る強度を出せるのかと問われ、即答できなかったのだ。村人たちの作る防壁は強固であり、即席とは思えないほどの出来栄えだ。自分の出る幕はなく、材料の運搬などを手伝っている。
「よぉーし!! 修復はここまでだ! ヒュラフの武人を呼び戻せぇ! あいつのおかげでなんとかなった!」
グンバルがそう宣言し、村人たちは他の場所へと向かう。被害が大きかったのはこの場所だが、各所で魔獣の襲撃を受けておりどこも人手が足りない状況らしい。
村人たちが慌ただしく動く中、サリファを待つ。しばらくすると、サリファが戻ってきた。見たところ怪我はないようだ。
グンバルが手を止め、サリファに話しかけている。
「よぉ! あんたのおかげで助かった! できればなんだが、他の場所にも手を貸してくれねぇか?」
「……それは構わないですけど、このままじゃまずいですね。魔獣の数は増え続けてるし、どんどん強くなってる」
サリファの言葉に驚く。
この辺りにそれほど多くの魔獣はいないはずだ。
「なんだとぉ!? こりゃ一体どうなってやがる……」
「……この場は僕が抑えましたが、おそらく――」
「グンバルさん!! どこもかしこも魔獣で溢れてる!! もうこの村はおしまいだ!!」
駆け込んできた、傷だらけの村人が叫ぶ。
こことは別のところで防衛にあたっていたのだろう。その表情は、絶望に染まっていた。
「諦めるんじゃねぇ! すぐ助けに行く!!」
「違うんだ!! もう、すぐそこに……
ギャ、ァアアアアアア!?!?」
背後から現れた熊型の魔獣に村人が叩き潰され、絶命する。最後の絶叫が耳にこびりつく。
ゆっくりと、魔獣の群れが近づいていた。
「クソッ! ここ以外はもう全滅したってのか!? 構えろ! くるぞっ!!」
補強された防壁を背に、グンバルが斧を構える。残っていた村人たちも武器を構えるが、その手は震えている。
「……ドゥドゥ、離れないでね」
サリファにそう言われて、安堵している自分に嫌気がさす。何かしなければならないが、武器などちゃんと扱ったことはない。魔術にしても、戦闘用の魔術は、すぐに必要なものではないと後回しにしていた。壁や土人形は作れるが、戦闘経験のない自分が何かしても連携の邪魔になるとしか思えない。
グガァアアアアアア!!!!!!
「……くるよ」
魔獣の雄叫びを合図に、絶望的な戦闘が始まってしまった。
……
「〈
もはや、邪魔になるなど考えている余裕はなかった。連携など関係ない。ないよりマシだ。
「クソクソクソッ!! 全員やられちまったのか!? 残ってんのはサリファと、ドゥドゥだけか……!!」
魔獣を斧で叩き潰しながら、グンバルが叫ぶ。村人たちはグンバルを残して全滅していた。ドゥドゥ自身が生き残っているのは、サリファのおかげに他ならない。サリファがいなければ、とっくに死んでいる。
「……減る気配がない」
「ああ、その通りだ!! どっから湧いてきやがった!? 防壁ももう保たなねぇぞ!!」
生き残った三人を魔獣が包囲している。
今は少し戦闘がおさまっていた。魔獣たちもわかっているのだ。このままゆっくりと削っていけば、こちらが力尽きることを。
「……活路を開きます。ドゥドゥは魔術で壁を作って身を守って」
「な、なにをするつもりッスか……?」
嫌な予感しかしない。
「……魔術を使う。前に言ったけど、制御できないから全力で防御してね」
「サリファは、どうなるッスか……?」
聞くのが怖い。
「……どのみち、このままだと全滅する。他に手はないよ」
「嘘ッス! サリファだけなら、切り抜けられるはずッス! なんで、ここまで……」
「……それじゃあ意味がない。ドゥドゥ、君に生きてほしい。それだけだよ」
優しい目をして、サリファがそう言った。
どうして、そんな……。
「おい、話はまとまったか? 魔獣どもがくるぞ」
「……ええ。グンバルさんはドゥドゥの魔術防壁の中へ。僕が魔獣を凍らせます」
「いいんだな……?」
「……ドゥドゥを、お願いします」
「任せろ」
短いやり取りで、方針が決まる。
それは、サリファを犠牲にするもので……。
「……ドゥドゥ、伝言を頼みたい。ここから南西にある海沿いの町に――――」
サリファの仲間のことは聞いていた。
サリファの無事を願う人が、そこにいるのだろう。
ああ、重い。
「わかったッス……。必ず、必ず……!!」
「……頼んだよ」
その言葉を最後に、サリファが前を向く。
涙が溢れそうになっているが、やるべきことをやらねば。
「〈
サリファの魔術は強力だろう。
全力で魔術を込めた土壁を、何重にも重ねて自身とグンバルを覆う。
何も見えない暗闇の中、前方で莫大な魔力が放たれた。それと同時に、冷気が感じられる。全力で重ねた土の防壁を突き抜けるほどの冷気だ。
「ぐっ、ぅう……」
土壁が侵食され、凍りついていくのがわかる。もう、三枚の壁が突破された。このままでは、ここまで到達してしまう。魔力を振り絞り、必死に耐える。なんという威力だろう。
「お、おい。大丈夫なのか?」
「耐えてみせるッス……!!」
……最後の一枚まで迫ったところで、ようやく止めることができた。ギリギリ、本当に危なかった。魔力は底をついてしまった。
これほどの魔術だ。サリファはもう……。
魔術を解除し、土の防壁の外へ。
そして、あまりの光景に絶句する。あたり一面が、凍りついていた。周囲にいた魔獣諸共だ。
そして、目の前には凍りついたサリファがいる。
「サリファっ……」
駆け寄ろうとしたところで、グンバルに掴まれた。
「何をしとる! 早く逃げるぞ!」
「で、でも、まだサリファが生きてるかも……」
ガンッ
グンバルに思い切り殴られた。
そして、叱責される。
「バカモンがぁ! あやつの覚悟を無駄にするつもりか!! お前さんは、託されたんだろうが!!」
そう、そうだ。
託されたんだ。
自分の頬を叩き、意識を切り替える。
嘆き悲しむのは、全てが終わった後だ。
「も、申し訳ないッス!! もう大丈夫、逃げるッス!」
「行くぞ! 時間が惜しい!」
凍った大地を抜けようと動き出す。
魔獣の侵攻がどこまで続いているかわからないが、ひとまず近くの街を目的地としている。この村よりも頑丈な造りの街だ。そこまで行けば……。
キィイイイイイイイイイッッッ!!
耳を劈くような鳴き声。
その声と共に、空からソレは降ってきた。
「……え?」
「避けんかぁ!!」
ドンッ、とグンバルに突き飛ばされる。
「ぐぁっ……!?」
グンバルの肩をソレが切り裂く。
なんで、なんでこんなところに……。
「クソッ……、飛竜種だと!? 霊峰からなんで出てきてやがる!!」
グンバルが叫ぶ。
そう、そうだ。アマライ霊峰に棲む飛竜が、ここまでくるなんて。
「逃げろぉ、ドゥドゥ! 儂はお前さんを死なせるわけにはいかんのだぁ!!」
血を流しながら、グンバルが斧を構え飛竜を睨みつける。空を見れば、多数の飛竜が旋回していた。
「早く動けぇ!!」
「ぅ、うう……!!」
グンバルの声に押され、駆け出す。
何がなんだかわからない。ああ、ダメだ。飛竜がこちらに向かってくる気配がする。グンバルはもう……。
そして、すぐにその時はやってきた。
「うぁああ……!?」
飛竜に追いつかれ、切り裂かれる。
魔力の尽きた今、できることはなかった。
守られて、生かされて、託された。
それなのに、こんな、こんな……。
激痛で意識が朦朧とする。
まもなく、死ぬのだろう。どうすればよかったのか。考えても、わからない。
ああ、でも、こんな終わりは嫌だ。
頼む、お願いだ。
なんだっていい。
奇跡よ、もう一度起こって……。
飛竜に切り裂かれ、死んだ。
カンッカンッカンッ!!!!!!
三度の大きな鐘の音に、飛び起きる。
きた……!! 戻ってくれた……!!
再びの奇跡に感謝する。
だが、すでに魔獣の侵攻は始まっている。
大量の魔獣、そして飛竜まで現れた。
一体、どうすれば……?
ドゥドゥにとっての地獄は、ここから始まる。
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