第4話 美しき魔術と剣術


 ここがゲームの世界だと気付いてから、四年ほどが経過していた。サリファの肉体はどんどん成長し、体力もついてきた。あんまり筋肉がついてるようには見えない細身だけど。


 魔術に関しても順調だ。


「……〈氷の棺アイス・コフィン〉」


 魔術の先生であるゼブラスの用意した訓練用の魔法人形が、氷に包まれる。人形の胸に埋め込まれたコアが光を失い、完全に機能が停止した。


「ほほぅ、第四階梯魔術は完全に習得デスねぇ」


 パチパチと手を叩きながら、ゼブラスがそう言った。四年経ったが、今でも胡散臭い。


 階梯というのは魔術のランクのことだ。

 数字が大きくなるほど習得難度が上がり、扱える魔術師が少なくなる。最高位の魔術は第八階梯だ。まあ、通常の戦闘では第四階梯くらいまでしか使わないから、それ以上の魔術を極めようとしない者も多い。


「これで、一人前の魔術師を名乗れますねぇ。いやはや、たった四年でこれとは。世の魔術師が聞いたら失意で首を吊るのではないデスかねぇ?」


 流石にそこまでではないはず。

 だが、確かにこの成長速度は異常だった。


「流石はこのワタシの調整デスねぇ。くくく、このペースであれば、大魔導師も目指せそうデス」


 第七階梯までの魔術を極めた者を大魔導師と呼ぶんだったか。世界でも数人しかいない魔術のスペシャリストだね。まあ、主人公の一人はそこに至るんだけど。


「……次は、なにする?」


 早くも第四階梯魔術までマスターしてしまったが、どうするのだろうか。第五階梯に進んでもいいが、あれは広域殲滅魔術がほとんどだからなぁ。練習するにも色んなところに被害が出そうだし、そもそもあんまり使い道がない。


「そうデスねぇ。ここまで早いのは予想外ではありますねぇ。では、せっかくなので固有魔術の修練でも始めましょうかぁ?」


「……固有魔術の修練?」


 固有魔術については知っている。

 基本となる八属性魔術から外れた、特殊な魔術だ。個人の資質によって発現する魔術は異なるため、同じ魔術は存在しないとされる。だけど、あれって生まれつき持っている才能じゃないのか? 修練とはなんだろう。


「不思議デスか? 一般的には生まれ持った才能と認識されてますが、このワタシの理論によると固有魔術は万人が持つものなのデスよぉ。つまり、全ての人間には固有魔術が備わっており、覚醒していないだけということデスねぇ」


 それは、大発見なのではないか?

 だって、僕が知っている固有魔術はどれも強力だ。それを誰もが使えるとなれば、世界情勢が変わるかもしれない。


「まあ、現状は机上の空論デスがねぇ? 興味があるならやってみますかぁ? ワタシとしてもデータがとれると嬉しいデスしねぇ?」


「……やってみる」


 固有魔術かぁ。

 なんかテンション上がってきたな。


「いいデスねぇ。それでは、体内の魔力を全部空っぽにしてくださいねぇ?」


「……え?」


 それ、めちゃくちゃ辛いやつじゃない?

 魔力欠乏といって、目眩、頭痛、吐き気、その他諸々身体に異常をきたすやつだ。


「さあさあ、早く始めてくださいよぉ。時間は有限デスよぉ?」


 早くも後悔してきた。

 まあ、やると言ってしまったから、やるしかないか……。


 この四年間、ゼブラスは意外にもきちんと魔術を教えてくれていた。まあ、今回のような無茶振りも多くあったが、それも意味があるものだったので文句も言いづらい。


 魔術の研鑽は続く。



――――――



 剣術の鍛錬も、順調に進んでいた。


「……〈流星剣〉」


 武技を発動し、流れるような連撃をフィライに叩き込む。腕が霞んで見えるほどの連続斬りであったが、その全てをフィライは捌いていた。


「……〈星墜〉」


 流星剣を途中でキャンセルし、一切の澱みなく次の武技へと切り替える。この技術はフィライ流剣術の肝となる重要なものだ。


 上段から威力の増した振り下ろしがフィライを襲う。だが、これも異常な反応速度で躱された。フィライがニヤリと笑う。大技の武技は発動後に僅かな硬直が入るため、そこを狙っているのだろう。


「……〈星崩し〉」


 振り下ろしの途中で更なる武技を発動。

 これは剣術の武技ではなく震脚の部類だが、こちらの目的は硬直解除までの時間稼ぎだ。目論見通りフィライの反撃は止まり、こちらの硬直が解ける。


 その瞬間、お互いに距離をとった。


「素晴らしいですよサリファ様!!」


 剣を鞘に収め、フィライが拍手と共に称賛してくれた。フィライは事あるごとに褒めてくれるが、今回は不満だった。


「……一本とれてない」


「はははっ、まあそれは私にもプライドがありますからね!ですが、そのプライドを守るのもそろそろ難しいようだ」


 そう言って、フィライが優しい表情になる。


「武技の熟練度は剣を振り始めて四年とは思えないほどです」


 武技とは、前衛職の魔法みたいなものだ。

 強力な攻撃や付与効果のある技を繰り出すことができる。まあ、それ相応のデメリットもあったりするけど。


「武技の高速切り替えと、硬直解除までを組み込んだ武技の選定。教えの全てを吸収し、実践できています。もし仮に、今後弟子をとることがあったら物足りなく感じてしまうでしょうね」


 今日はやたらと褒めてくれるな。

 確かにここまで驚異的な速度で上達してきたとは思うが、それでもフィライには追いつけない。ゲームの知識と照らし合わせてもかなり強くなっているはずなのだが、フィライは強すぎないか? こんなに強いのにゲーム上では名前を聞いたこともないのが不思議だ。


「……フィライに追いつきたい」


「ははっ、これは嬉しいことを言ってくれるものですね!教え子に追いつかれるとなれば普通は焦るのかもしれませんが、それを楽しみにしている自分がいます。フィライ流剣術の開祖としては、微妙なのかもしれませんがね」

 

 フィライの剣技は我流だったらしく、流派はないと言われた時は驚いた。武技というのは各流派が長年の研鑽で編み出す技なのだが、それを我流でいくつも作り上げてしまったフィライはおかしい。まあ、流派というのは一人の天才によって生み出されることもあるのだろう。


 ちなみに、僕が教え子となる際にフィライ流と名付けた。いくつか候補を挙げて話し合ったが、結局無難な名前に落ち着いた。美しき星の輝き流にならなくてよかったと思う。


「それでは、次の段階に進みましょう。まだ早いと思っていましたが、ここまで成長が早いと私も楽しみになってきました」


「……次の段階?」


 そんなものあっただろうか?


「ええ、そうです。その名も、超越エクシード


 おお、超越エクシードのことか!

 ゲーム上では特定条件下で発動する超強化状態のことだ。魔法や武技の威力が上昇したり、回避能力が格段にあがったりする。


 あれを任意で発動できるということ?


「これができれば、サリファ様の実力は数段上がることでしょう。まあ、実は先ほども私は使っていたのですけどね……」


「……そうなの?」


 全然気づかなかった。

 というか、戦闘中に自分の意思で超越エクシードを使えるって凄いことだと思うんだけど。


「そうなんです。それほど追い詰められていたということですね!」


 フィライが笑う。

 僕の成長を純粋に喜んでくれていることがわかる、爽やかな笑みだ。


「それで、超越エクシードなんですが習得にはかなり厳しい修練が必要なんですよね。ですので、習得を目指すかどうかは、サリファ様の意思にお任せします」


 じっと、フィライが見つめてくる。

 たぶん習得しないと言っても何も言われないのだろうが、僕の気持ちは決まっている。


「……教えてください」


 当然だ。

 絶対使えた方がカッコいい。


「はははっ、そう言うと思いました!このフィライが、必ずや習得させてみせましょう!!」


 どん、と胸を叩き宣言する。

 ほんと、頼りになるいい人だよなぁ。


 この四年間、剣術の修行を続けてこられたのは間違いなくフィライの人柄のおかげだと思う。金に困ってこの仕事を引き受けたらしいが、グライエンツ公爵家が逆賊になる前にフィライには逃げてほしいと思っている。僕がそれまで生きていれば必ず助けるのだけど、それは約束できないからなぁ。


 剣術の研鑽も続く。

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