第13話

 次の日の午後一時、咲綺は外出する為に部屋で着替えていた。スマホにはショップから今シーズン最後の服が入荷したとメッセージがきており、実物を確認しに行こうと準備を進めていた。


 好きなブランドでもあるし、ルックブックでも気にはなっていた服で買おうとすら当時は思っていたが、その服だけ販売するまで妙に時間が掛かり冷静になると本当に欲しいのかすら怪しくなっていた。とはいえ、欲しくないわけでもないので、この目でしっかりと見て判断しようと考えた。


「合いそうな服でシンプルにいこうかな……うーん……」


 服に向かって独り言を呟き、入荷した服に相性のいい服を想像しながら選んでいた。試着する際に面倒な服は除外しつつ、シンプルでありながらおしゃれなコーディネートを考え――二十分経った。


 とりあえず黒のショートパンツをはいた(これ以上時間は掛けたくはなかったので、ボトムスだけは先に決めた)。トップスにはブラウスか、Tシャツかと思考しながら、くるくるとその場で回って白のボートネックTシャツを選び、頭を通す。ネック部分が広いので髪が乱れることなく簡単に着れる、という理由だった。タックインはせずに裾を出して、シアー素材のハイソックス(もちろん黒色)をはき、ジュエリーボックスからネックレスを探した。パールとシルバーが交互についたネックレスをつけ、バングルもつけた。


 咲綺は姿見の前に立つ「良くなったけど、まだ足りないかなあ――」


 ポーズを何回か取りながら足りない部分を考え、フレームもレンズも黒のスクエア型のサングラスを掛けた。シャープな雰囲気が醸し出ており、足りない部分を上手く補った形で気分が上がりサングラスを手で上下に動かしながら、姿見で自分の姿を見ていた。

「……よし」


 サングラスを外し、そっと部屋のドアを開けて、顔をだけを出して(服は見えない形)マルガレーテに話しかける。

「ねえ、お風呂掃除して欲しいんだけど」

「はい? 今からですか?」

「それが変に暑くて妙に汗かいちゃって、早いけど今から入りたいの」

「掃除するほど汚れていませんし、二日前に比べれば今日の気温は――」

「ねえ! 私は入りたいって言ってるの!」


 マルガレーテは嫌な顔せずに立ち上がり、わかりました、と言いお風呂場へと向かった。

 さすがの咲綺も強く言い過ぎたと感じてはいたが、マルガレーテが浴室に入る音を聞くとサングラスを掛けてレザー調のショルダーバッグを持って足音を立てないように玄関に行き、チャンキーソールのストラップ付きショートブーツ(これまた黒)を履いて静かにゆっくりと家を出た。


 家を出て五分ぐらいはなんだか悪い気はしたが、時々ショーウィンドウに映る自分の姿を見るとどうでもよくなっていった。サングラスは普段付けるなんてことはなく、この一つしか持ってはいないがバッチリと今日の服合っていて、ショップに行く足取りが弾むようだった。

 ウキウキとしていると人通りが少なく、これまたよく反射するガラス張りのビルが佇んでいて、反射する自分を見ると素晴らしいコーディネートだと五回は頷けるぐらいの出来栄えなのを再確認し、スマホのカメラをガラス張りのビルへと向けた(鏡代わり)。


 人通りが少ないとはいえ、変に見られるのも嫌なので派手なポーズは控えて自然体で――でもカメラは意識している――ポーズを取り、シャッターを切った。撮った写真を見ると、なかなか上手く撮れていた――が、肩の辺りに不自然な物(物というより物体的であり、気体的にも見える)が写っていた。


 肉眼で確認しても肩には別に何もついてなく、拡大してもぼやけていてよくわからなかったので、もう一度撮り直すことにした。せっかく撮り直すのだから次のポーズは首の角度も意識して撮った。


 二枚目を見るとさっきよりも首の角度が上手くいき、これは場所が場所ならスナップを撮られて『街に天才ファッショニスタ現る』『着こなす、モード系女子高生』『シンプル――ベスト』『超おしゃれ、なんとか通りにいる十代』という表紙を飾るかもしれない。ニヤニヤとそんな気分を堪能していると、写真の端に手を振るような仕草をしている人間がいた。サングラスを上にあげて拡大して目を凝らしていくと――。


「楽しいことでもありましたか」背後から覗き込む形でマルガレーテがでてきた。

 咲綺はガラス張りのビルに顔を向けると、マルガレーテが反射するガラス越しに手を振った。咲綺は振り返り言う。

「ちょっと――なんでここにいるの!」

「それは咲綺さんが黙ってお出掛けしたから、勝手についてきたんですよ」

「そうじゃなくて、私はあなたについてきてほしくなかったから黙って出てきたの。勝手についてこないでよ」


「咲綺さんの言い分は理解はしますが――ひどいと思いませんか? お風呂に入りたいというから、わざわざお風呂掃除をしたのに。入ることもなく、お出掛けしてしまうなんて――ひどいと思いませんか? 咲綺さん」

 咲綺は彼女の正論にうろたえて、返す言葉が出なかった。


「で、どこに行こうとしてたんですか?」とマルガレーテは言った。

「――別に、あなたには関係ないでしょ……」

「そうですか――でも、無断で私を置いていったわけですし……今日一日べったりと咲綺さんのお傍にいましょうか」

「勝手に決めな――」

「入りもしないお風呂を用意させるなんて、ひどいと思いませんか?」

「……うっ――もう! あなたの好きにして」

「では、行きましょう」とマルガレーテは言うと咲綺の背中を押した。


 マルガレーテは前に買った服を着て、咲綺のあとをついていった。口を閉じていた咲綺はショップ近くまで来るとマルガレーテに言う。

「おとなしくしていてよ。今からいくショップは私がよく行ってて、あなたのせいで行けなくなったら困るんだから」

「大丈夫ですよ、変な真似はしません。というより、咲綺さんは私をなんだと思ってるんですか?」


 ちらりと見る「聞き分けのない犬」

「わん!」とマルガレーテ。

「やめて」

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