第9話

「聞いて! 斗真とうまくんが浮気したんだよ――信じられない!」午前十一時、ファミレスで莉穂が叫ぶ。咲綺とマルガレーテは莉穂と対面する形で座り、その叫びを聞いた。


「浮気って莉穂の勘違いじゃないの? あんなに仲良いのに」

「北野さんが斗真くんと一緒に買い物してたって友達からメッセージが届いたの! 見てこの写真」画面がひび割れたスマホには二人が何かを選んで買い物している姿が写っていた。

「この写真だけだと、何とも言えない……かな……」と咲綺は言った。


「うん。さっきーの言いたいこともわかるよ。でもね、この日は斗真くんは用事があるからって、一緒に下校せずに早く帰ったんだよ。わざわざ用事の内容を聞くほどじゃないなって思ったし、斗真くんを信頼してるから気にせずにひとりで帰って――ああ、その日は駅前のチェーン店のコーヒーショップで新作のフラッペが出たからひとりで行ったんだよね。新作のフラッペ頼んで……そのフラッペって桃の味がするやつね。店内で飲んだけど、周りは二人だったり複数人でいたからちょっと耐えられなくなちゃって、早く飲んでお店から出たの。フラッペはすごーく美味しかったよ、さっきーも好きな味じゃないかな。その後は電車に乗ってため息交じりに改札を出たら困ってるお年寄りがいてね、話を聞いてあげようか悩んだんだよねー。でも、もしそれが自分だったら助けて欲しいなって思ったから声を掛けたらさ、大学生の孫がこの近くに住んでて、何県だったか忘れちゃったけど三時間掛けて新幹線と電車で来たんだって、大変だろうからそのお孫さんがいるアパートまで送ったんだ。アパートに着いた後、お礼にってお菓子をもらちゃって。ちょっといいことしたなーって思ってさー、なんか嬉しくなちゃってね。家に帰ったらちょうど……うーん確か、五分ぐらい前にスマホにメッセージが届いてて、メッセージを見たら。さっきの写真が送られてきたんだよ! 嬉しかった気分も手に持っていたスマホと一緒に床に落ちて、今の気分はこのスマホの割れた画面と同じ……」莉穂は涙目になり、泣いちゃってごめんと言い、手の甲で涙を拭う。この話のあいだマルガレーテはドリンクバーでミルクティーを持ちに行き戻り、半分飲むぐらいの長さだった。


「それで次の日までずっと悩んでて、ひとりじゃもうよくわからなくなちゃってさ、昨日さっきーにメッセージ送ったんだ。来てくれてありがとうね。マルガレーテちゃんも」莉穂は涙により目が赤らんでいるなか、マルガレーテは「莉穂さんが困ってるのですから助けないわけにはいきませんよ」さっき話してる最中にミルクティーを取りに離席していた者とは思えない発言をしていた。


「つらかったよね莉穂……」咲綺はテーブルに向けていた視線を莉穂に移し「大変だと思うけど――北野さんと斗真くんのことは、莉穂自身が斗真くんに直接聞いた方がいいと思うんだ」


 莉穂は俯き目を閉じ、テーブルの上で両手を組んで「わかってるけど……なんて言葉が返ってくるか考えると怖くて、もしも勘違いだったら重い女って思われて嫌われちゃったらどうしようって、好きなのに――信頼してるのに。疑う自分が嫌になっちゃうんだ……」言葉は少し震えていた。


 そんな莉穂を見ていると悲しくなり、咲綺はテーブル下で自分の手首を強めに握った。気持ちを伝えられないつらさを表すように。ぐっとこらえるように目を閉じ、優しく目を開いた。握った手首を離し、咲綺は莉穂の組んだ両手をその手で覆った。


「私も水葵に言いたいけど、言えないこと沢山あった。大きかったり小さかったり、それを伝えたらどう反応するのか思ったりして。嫌な顔するかなとか――笑ってくれるかなとか。たくさん思ったけど……結局伝えられなかった」覆った手をぎゅっと離さないように握り「だからさ、莉穂にはそんな思いしてほしくないんだ。莉穂が私のために悲しんでくれたから、私も莉穂のために悲しんであげれる。だから自分の気持ちを相手に伝えて、気持ちを――思いを記憶の中だけにとどめないで」咲綺からは莉穂の姿がにじんでいた。


 莉穂は俯いたまま。

「さっきー……」

「なに?」

「ありがとう。励ましてくれて」

「莉穂なら大丈夫だよ。頑張れる」

「ありがとう。さっきー」莉穂は泣いて赤くなった顔を上げた。

「二回目だよ、もう十分」

 莉穂には気持ちを上手く伝えらえたかな、と咲綺は思った。莉穂の手は小さく温かった。


 二人の世界を終わらすかのように店員が現れ、テーブルにデミグラスソースハンバーグ、カルボナーラ、フレンチトースト、フライドポテトが置かれた。

「互いの罪を告白したことですし、食べましょうか」とマルガレーテは話を終わらせた。咲綺と莉穂は顔を合わせ、声は出さず笑顔でそれを承諾した。

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