第250話 閑話 王太子カルスの決断(デデーン



 ――夜。

 魔の森を目指していた騎士たちは飢えていた。


 最初は良かったのだ。食料は潤沢にあったし、好きなだけ酒を飲めた。これで騎士二人と貴族令嬢を討伐するだけで終わりなのだから最高の仕事だと思っていたのだ。


 だが、翌日になると明らかに宴会の食事が減っていた。生鮮食品はなくなり干し肉やパンばかりになったし、酒も一人一杯に制限されてしまった。


 ケチな王太子だ、と騎士たちは噂し合った。

 そんな噂が聞こえたのか、その次は食事の量が増えた。が、相変わらず生鮮食品はなく、干し肉とパンの量が増えただけだったが。


 普段の遠征から考えれば豪華な内容だ。しかし、初日に信じられないほど豪勢な食事を与えられた騎士たちの期待度は高まりすぎていた。この程度では満足できないほどに。


 ショボすぎる食事。

 誰も彼もがやる気をなくし、必然的に行軍の速度も低下して。魔の森への到着予定はどんどん延期され、食事の回数が増えたことでさらに配給は少なくなっていった。


 飢えてはいない。

 しかし彼らは飢えていた。腹ではなく、心が飢えていた。


「――くそっ!」


 騎士たちから向けられる冷たい目を王太子カルスは敏感に感じ取っていた。父や宰相、妹や貴族共から何度も何度も向けられてきた視線だ。分からないはずがない。


 そもそも。あれだけ豪勢な食事を提供してやったのに恩を感じず不満を募らせるとは何事だ、とカルスは怒りがわき上がってくる。


(これだから野蛮人は!)


 生まれながらに高貴な存在である自分と、剣を振ることしかできない汚れた連中。いくらこちらが慈悲を見せても理解すらできないか、と心底呆れてしまうカルスだった。


「――殿下」


 と、騎士の中ではまともな男、近衛騎士のキベがカルスに近づいて来た。


「そろそろ野営の準備に取りかかるべきかと」


「野営!? また野宿するのか!?」


「はい。夜に魔の森に向かうのは危険ですので」


「この私に! また! 野宿させようというのか!?」


「……近くに村がありますので、今宵はそこで宿泊できるかと」


「村だと?」


 キベが指し示した方を見ると、確かに村があるようだった。


 だが、なんとも寂れた村ではないか。


「城壁がないではないか!」


「……村ですので」


「それに、城もない! 私が宿泊するのだぞ!?」


「……騎士団がかつて使用していた宿舎がありますので」


「この私に! 騎士共の寝床で寝ろというのか!?」


 カルスが激高するのも(カルス視点では)無理もない。野営では簡素なベッドで眠ることを強いられ、騎士共が夜遅くまで騒ぐから中々寝付けなかった。なにより酷いのが虫と暑さだ。虫は刺すだけでは飽き足らず耳元を飛んで不愉快だし、汗を掻いても野営では湯浴みをすることすらできない。そんな状況で数日耐えてみせたカルスは(彼視点では)寛大すぎる男だったと言えるのだ。


 だが、我慢にも限度がある。

 言うに事欠いて騎士共の宿舎で寝ろなどと――王太子を軽視するにもほどがある。


「――帰る!」


「は!?」


「王都に帰るぞ! 準備させろ!」


「し、しかし、もう夜も遅いですし……」


「今回ばかりは馬車で寝てやる! 騎士共の寝床よりはマシだからな!」


「…………」


 そういうことではないのだが、とキベは呆れてしまう。


 カルスでは長時間の乗馬はできないだろうと王族用の馬車も帯同させてきた。それに乗れば、カルスが寝ているうちに王都へ戻れるだろう。


 だが、華々しく騎士団を率いて出立した王太子が一人で王都に戻るなど……。しかも、戦の総大将が……。


 さらに言えば王太子の馬車だけを王都に戻すわけにはいかないので、騎士も何人か一緒に戻らなければならないだろう。


 そうなれば王太子の護衛として連れてきた近衛騎士が同行するのが筋となる。近衛騎士団の本体は王都を守っているので護衛としてついてきたのは一部だが、それでも騎士の中ではまともな戦力だ。それが戦直前に引き抜かれるとなると……。


(……いや、いいか)


 キベは考えを改める。


 そもそも相手がライラとアーク、そのうえラックまで揃っているのだ。どう考えても勝てない戦いから逃げられるのだから幸運とすら言えるだろう。キベは近衛騎士として、あの三人の異常さをよく知っているのだ。


「――承知いたしました。近衛騎士が護衛するのをお許しいただきたく」


「うむ! もちろんだ! 貴様らは話が分かるからな! 王都までしっかりと護衛せよ!」


「御意に」


 やったぜ、と心の中で拳を握りしめガッツポーズをするキベであった。



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