悪役騎士、俺。 ~悪役令嬢を助けたら、なぜか国を建てることになった件~
九條葉月
第1話 婚約破棄
「早く終わんねぇかなぁ」
「そうだなぁ」
貴族学園の卒業記念パーティ。その会場警備を任された俺と
近衛騎士としては直立不動の姿勢で真面目に警備をするべきなんだろうがな。今日も日中は訓練という名のシゴキを受けて疲れ果てているのだ。少しくらいサボっても罰は当たらないだろう。
ちなみに俺は気配察知ができるので、誰かが近づいてくればすぐに分かる。その時だけ真面目にやれば『きちんと仕事をしている近衛騎士』となれるわけだ。
パーティーがお開きとなれば余った酒をもらえるだろう。俺とラックがその時を楽しみにしていると……にわかに扉の向こう側、パーティー会場内が騒がしくなった。
「――もう我慢ならん! 婚約破棄だ!」
怒声と共に、ガラスの割れるような音が響き渡る。
思わず顔を見合わせる俺とラック。
「なんだなんだ?」
「賊、じゃなさそうだな」
興味本位で……じゃなくて、警護の騎士としての職責で立ち上がり、ドアを少し開けて会場の様子を確認する。
人混みに隠れてよく見えないが、僅かに覗くのは我が国の王太子殿下のご尊顔。よほど怒りに耐えかねることでもあったのか、美しい相貌がずいぶんと崩れてしまっている。
そんな王太子殿下の周りには数人の側近と――何とも可愛らしいご令嬢が一人
「お、また『ヒロイン様』が悲劇の令嬢を気取っているのか?」
口調は軽いが、不快感を隠すことなく厳しい目を向けるラック。事情はよく知らないが、ラックの幼なじみがあの『ヒロイン様』に酷い目に遭わされたことがあるそうだ。
ヒロイン、というのは最近流行の演劇に出てくる存在で、なんでも『身分が低い男爵令嬢が王子様に見初められ、数々の困難に打ち勝って王妃になる』物語の主人公らしい。そういうのが好きな妹が熱く語っていた。
いや男爵令嬢(下級貴族)が王太子(未来の国王)と結婚できるはずがないだろう、というツッコミは……物語に対してやるのは無粋ってヤツか。
もちろん、現実世界ではあり得ないことだ。そんなこと、王太子殿下が一番よく分かっているはずなんだがな……。
「となると、婚約破棄されたのは『悪役令嬢』か?」
例の物語に出てくるヒロインの敵役は、悪役令嬢と呼ばれるらしい。まぁあくまで悪『役』なので極悪人というわけではないそうだが。
「おっと」
そして――
「――ラック。職務放棄の上に覗き見とはいい度胸だな?」
足音すら立てずにやって来た、近衛騎士団長の冷たい声。それでやっと騎士団長の接近に気づいたラックは慌ててドアから離れて姿勢を正すが、もはや全てが遅すぎた。
「騎士ラック。明日の早朝訓練は開始一時間前に集合。皆が集まるまで走り込みだ」
「げっ」
と、絶望の声を上げたラックは悪くない。なにせ一時間前集合ということはその分睡眠時間が削られるし、なにより朝食時間と被るので自動的に朝飯抜きとなるからだ。身体が資本の騎士にとって、朝飯抜きというのは一般人が思うより過酷な修行となる。
可哀想だなぁと思いつつ、騎士団長の意識がこちらに向かないようひたすら前だけを見つめていると、
「騎士アーク。いつも感心な仕事ぶりだな」
「はっ! ありがとうございます!」
あ、これ、俺も覗き見してたのがバレているな?
だってこの人が俺の仕事ぶりを褒めることなんてあり得ないのだから。
俺の直感は正しかったらしく、騎士団長は何とも嗜虐的な笑みを浮かべた。
「だが、ラックの騎士らしからぬ行動を止めなかったのは失点だ。分かるな?」
「……はっ、そうなりますか」
「そうなるのだ。いわゆる連帯責任だな。というわけで騎士アークも明日の早朝訓練は一時間前に集合だ」
「げっ」
「げ?」
「げ、元気いっぱい励みます!」
「うん、期待しているぞ?」
満足そうに頷く騎士団長だった。
まったく。この厳しい性格がなければ
貴族令嬢とは思えぬほど短く切りそろえられた金色の髪。意志の強さを形にしたかのようなつり上がった目。そして国王陛下を守り抜いた際に受けた、頬に走る一筋の刀傷。
やはり、改めて見てもとんでもない美人さんだな。
むしろ厳しい性格もこれはこれで魅力的ということで口説くべきじゃないだろうか?
そんなことを考えていると、騎士団長は少し呆れた様子でパーティ会場を見た。
「
婚約破棄以上の『万が一』があると?
こういうときの騎士団長の勘はよく当たるので素直に従いたいところだが。
「お言葉ですが、地位からすれば騎士団長殿が会場入りした方がよろしいのでは?」
「
「……承知いたしました」
さっきから口にしている『あのバカ』って、もしかして王太子殿下のことか? いやまぁ「あぁそうだ。まったくアレには困ったものだ」と返されても困るので問い質しはしないけどな。
とにかく、騎士団長からの命令であれば断ることもできない。俺とラックは頷き合ってから会場の扉を開いた。
やはり人混みでよく分からないが、人の輪の中心にいるのは王太子殿下とその側近であるようだ。
「婚約破棄だ!」
「こちらも婚約破棄だ!」
「婚約破棄! この場で切り捨てないだけ有難く思え!」
おっと、殿下の取り巻き連中が次々に婚約破棄を宣言しているな。……その中に我が義弟殿がいるのは一体何の冗談だろうか?
おいおい。
弟よ。
お前も婚約破棄を口にしたということは……
なんとか人混みをかき分け、もう少し前に進む。すると、殿下たちから婚約破棄されたご令嬢らの姿も見えるようになってきた。
呆然とその場に立ち尽くしたり、膝から崩れ落ちてすすり泣いたり。それぞれがそれぞれのやり方で絶望を表現している中、ただ一人凜然として立っている少女が一人。
シャルロット・アイルバーグ公爵令嬢。
誰もが目を奪われる銀色の髪に、血を啜ったかのような赤い瞳。それは高位の魔術師の証であるようだが、うちの異母弟は人間離れしたその容姿を昔から怖がっていた。
我が弟殿は見る目がないことだ。あんなにも美少女だというのにな。
と、心の中での賞賛が聞こえたわけではないだろうが。シャルロット嬢が不意に視線を動かし、俺の方を見た。
困ったものだね。と、その瞳が語っている。ような気がした。
そんなシャルロットの目線の動きに釣られたか、騒動の原因である王太子殿下が俺の存在に気づいた。
「おお! 丁度いい! そこの騎士! この罪深き女共を『魔の森』に捨ててこい!」
「……魔の森、ですか?」
「そうだ! さっさと行け!」
魔の森。
王都の北方にある原生林であり、強力な魔物が生息しているせいで手つかずになっている場所だ。嘘かほんとか『ドラゴン』まで生息しているとか。
そんな場所に、王太子やその側近たちの婚約者――つまりは高位貴族のご令嬢を捨ててこいって……。このバカ、自分が何を言っているか分かっているのだろうか?
分かってないんだろうなぁ。
そりゃあ騎士団長も『あのバカ』扱いをするってものだ。
…………。
ここで下手に反論しても事態をややこしくするだけだし、ここは一旦引き受けておくか。
魔の森までは馬車で二日ほどかかるので、ゆっくり進んでいれば殿下のご乱心を知った国王陛下が対応してくださるはずだ。こっちとしては『やっぱりなし』という早馬が来るのを待てばいい。
「……殿下のご下命とあらば」
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