20 角の生えたイノシシ
あの銀髪の子と別れ、海岸から歩き始めて、今日で六日ほどか。
随分歩いているが、未だ人の気配はない。
反対に、獣の痕跡は増えて、道も険しくなってきた。地形も、山岳のように起伏のあるものになっている。
川沿いの道は不安定で危険かつ、生き物も集まるため、しばらくは斜面の上の方、比較的足場の安定した場所を進むべきだろう。
実際、今日の昼間には、川沿いで一体の獣と戦闘になった。
そいつは随分と大きなツノの生えたイノシシが、目が合った瞬間興奮した様子で襲い掛かってきた。
幸い、単純な突進をしてきた脳天に剣を叩き込み、仕留めることはできたが、一撃でなければ、どうなっていたかわからない。
あの興奮具合では、喉や背中を叩いた程度では、その場で暴れだしていた可能性もある。
返り血を浴びてしまったのも良くない。剣についてしまったものは、川の流れで流すことができたが、衣服にこびりついた方は、まだ完全には洗い落とせていない。
まあ、川魚や木の実に代わる食料が手に入ったのはいいことなのだが、血抜きの方法などは覚えていない(あるいは知らない)ので、随分と獣臭い肉になってしまった。
日持ちもしなさそうなので、肉の大半はその場に埋めてしまっているし、焼いて持ち歩いているものも、今晩中には食べきってしまった方が良いだろう。
もろもろの匂いで、この辺りをうろつく獣が増えていなければいいのだが……
「そろそろ、火を焚くか……」
誰に聞かせるでもなく、自分の思考の整理のため、声に出してみる。
実際、日は落ち始めているし、ちょうど良い時間にも思える。
今の足場は安定しているし、薪になりそうな植物もある。
準備ができるうちに拠点を構えて、夜に備えることにしようか。
『カラカラ』
小石が転がるような音、向きは上の斜面。
声は上げずに済んだが、この場は開けている。
剣に手をかけて振り向く。
「ギュオオオオッ!!」
「くそっ!!」
気づかれてる! しかも鳴かれた!
仲間を呼ぶ声か、威嚇かはわからないが、どちらにせよ、敵意の現れには間違いない。
その証拠に、少し上の斜面に止まったツノイノシシは、酷く興奮した様子でこちらを見据えている。
どうする? 逃げるか?
いや、下の方に比べれば足場が安定しているから、わざわざもっと不利な場所に行くこともないか?
逃げるにはリスクがありすぎる、しかし、攻勢に出るにも、上方を取られていては不利……だったら、待っていた方が良い。
安定した地面に体重を預けて、右肩にどっしりと剣を構える。
さあ、突進して来い。一度できたんだ。今度も勢いを逆手にとって、一撃で仕留めてやる。
「ぐっ!?」
瞬間、ツノイノシシが二頭に増えた。
茂みから飛び出して、もう一頭と同時に突っ込んできた。
それだけのこと。動揺してはいけない。剣と身体、その両方で対処すればいい!
「うらあ!!」
先に突っ込んできた一頭の側頭目掛けて剣を振る。
左足を抜きながらイノシシの側頭を叩き、右足を軸に、止まった剣の反動を利用して身体を回転させる。
「うおおっ!」
後からきた一頭が剣の刺さった一頭に激突し、左脇を転がっていく。
衝撃で剣を持っていかれそうになるが、右足の側面と左の踵で地面を削りながら耐え、剣を抜き切る。
しかしいよいよ耐えられず、俺の身体も仰向けに倒れる。
足を開き、右手を付いて身を起こす。
相手の方は、斜面ギリギリの低木に二頭まとめて引っかかっている。
横倒しの状態で、立ち上がれずにいるようだ。
すぐさま追撃するべく、突進する。
まだ動いていて、起き上がろうとしている、手前側のイノシシの首元目掛け、剣を振り下ろす。
「うおおおらあ!!」
上手く柔らかいところに入ったらしく、イノシシは断末魔もあげないまま、震えた後に大人しくなった。
おそらく、仕留めた。
「グギャアア!!」「うあっ!?」
仕留めたはずのイノシシが動き出した!?
いや、仕留めたイノシシの下敷きになっていた、側頭を叩き割ったはずのイノシシが暴れているのか!
さっきの攻撃で、気絶していただけだったようだ。
振り下ろした剣はすぐには抜けない。
今すぐ剣を手放し
「があっ!!」
俺の身体が跳ね飛ばされた。
ツノで跳ね上げでもしたのか!?
剣は持っていない……斜面スレスレに落ちた、イノシシの身体に刺さったままだ!
「ギュオオオオッ!!」
「クソっ!」
イノシシがこっちに来る。
剣の刺さった死骸を押しのけて進んでくる。
地面は安定している。
身体さえ起こせれば、十分に躱せる!
転がりまわるように躱す、躱した!
両手を付いて剣に向けて走れ!
死骸に向け走って、剣を掴め! そのまま抜け!
「ギュオオオオッ!!」
振り返れ! 剣を横にするだけでいい!
後ろが斜面でも関係ない!
刃をイノシシに向けろ!
そうして、構えろ!!
「ああああああああっ!!」
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