第25話 熱田神宮

 熱田神宮あつたじんぐう――尾張国おわりのくににある神社で、三種の神器『草薙剣くさなぎのつるぎ』を祭った伊勢神宮に匹敵する重要な社だ。


 俺たち浅見隊はまだ暗いうちに清洲城を発し、すっかり明るくなった朝八時頃熱田神宮にたどり着き殿と合流した。

 殿は熱田神宮に必勝祈願を行い、馬を休め、追いかけてくる将兵を待っている。


「水! 水はいらんか! 水を飲め! 馬に水を飲ませい!」


「握り飯! 浅見隊からの差し入れだよ!」


 藤吉郎と佐助が到着した将兵に水や富さんが用意した握り飯を配っている。

 こういう細かな働きが藤吉郎は抜群に上手い。

 佐助は藤吉郎に学んでいるようだ。


 佐助はあちこち配って、殿のところに来た。

 竹皮にのった握り飯を殿に差し出す。


「お殿様もどうだい? 旨いぜ!」


「うむ! もうらおう!」


 佐助の言葉遣いはあまり良くなかったが、殿は笑顔で握り飯を受け取り口に運んだ


「おお! 旨いの! 鳥の肉が入っておる!」


「だろう! 力が出るから今川に勝てるぜ!」


「おお! それは良いの!」


 殿と佐助の気安いやり取りに、あたりがドッと沸く。


 さすが殿!

 佐助の無礼をとがめずに、将兵の士気を上げた。


 俺は殿に近づき頭を下げる。


「御無礼をいたしました。しつけが行き届かず申し訳ございません」


「気にするな。これから戦に行くのだ。謝罪無用! それより握り飯は助かる」


 何せ殿の出発は、まだ暗いうちで突然だった。

 今川をだますことには成功したが、味方も騙されたので対応が追いついていない。


 熱田神宮に参集する将兵は、槍や鎧を抱えるようにして、『とにかく急いで走ってきました!』という体なのだ。


 当然、朝食はとってないし、顔も洗っていない。


 そのあたりを藤吉郎と佐助が面倒を見て、将兵を落ち着かせ戦支度をさせているのだ。


「殿!」


「恒興! 来たか!」


 殿の乳兄弟ちきょうだい池田恒興殿がきちんと武装し馬に乗って現れた。

 池田殿は手勢を二十人ほど連れている。


 殿の出陣が突然だったから、柴田勝家殿を始めとする重臣の方々はここ熱田神宮にいない。

 池田殿と俺が家臣で一番上だ。

 殿の手脚として二人で軍を差配しなくてはならない。


「浅見殿。兵の集まりはどうか?」


「先ほど数えさせましたが二百に届きません」


「二百に足りぬか……」


「熱田神宮の千秋せんしゅう殿も兵を出してくれますが、それでやっと二百といったところです」


「ううむ……」


 何せ今川軍は二万を超える。

 奇襲といえども、二万対二百では全滅だ。

 兵数が足りない。


 俺と池田殿の相談に殿が顔を出す。


「なんじゃ恒興?」


「殿、戦うには兵が足りませぬ」


「むう……」


 殿は熱田神宮に参集した将兵を見回す。

 殿の急な動きに着いてきた連中だ。

 ここにいるのは織田家の中でも精鋭といって良い。

 だが、兵数が圧倒的に足りない。


「爽太! この後はどう読む?」


 殿と池田殿が俺を見る。

 俺はゆっくりとうなずき、この後の展開を話す。


「丸根砦と鷲津砦は落ちるでしょう。そして義元は軍を進めます。東海道を西へ。そして昼頃、桶狭間あたりで休むはず……」


「であるか……。ならば、ここから近い善照寺砦に寄り、善照寺砦の兵を使う。恒興! 善照寺砦の兵数は?」


「二千にございまする」


「十分じゃ!」


 二千!

 今川軍二万の十分の一だが、奇襲ならば……。


 突然、熱田神宮に参集する将兵たちがザワつき、東の空を指さす。


「煙じゃ!」


「おお! あれは!」


「どこじゃ!」


 俺、殿、池田殿も空を見る。

 すると二筋の黒い煙が上がっていた。


「丸根と鷲津が落ちたか……。よし! 行くぞ! 善照寺砦だ!」


「「はっ!」」


 殿が一瞬苦い表情をしたが、すぐ馬に乗り走り出した。

 俺と池田殿は、将兵に指示を出す。


「善照寺砦へ向かう!」


「善照寺砦だ! 着いて参れ! 殿に遅れるな!」


「「「「「おお!」」」」」


 織田軍は熱田神宮から善照寺砦へ向かった。

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