第21話 献策――桶狭間前夜

 ――永禄三年五月十八日。清洲城。


 ついに今川義元が動いた。

 一週間前、五月十二日に今川義元は軍を率いて駿河の駿府を出発した。


 今川義元が目指すのは京都。

 今川軍は駿河、遠江、三河を西へ進み、各地の兵が合流し二万を超える大軍に膨れ上がった。


 急報を受けた織田家は大混乱。

 連日、清洲城で殿と重臣たちにより会議が開かれているが結論は出ない。


 俺は広間の外で近侍として控えているが、会議の声が聞こえてくる。


「打って出るべし!」


「バカな! 今川軍は二万以上だ! とても勝ち目はない!」


「籠城こそ上策であろう!」


「いや、そうとも限らん。清洲城にこもっても、二万で攻められては持ちこたえられん。まして援軍のアテがあるわけでなし……」


「そうだ! 援軍のない籠城など下策よ! ならば乾坤一擲! 野戦に活路を見いだすべし!」


「何が乾坤一擲じゃ! ヤケクソではないか!」


「なんだとー!」


 大声とドタドタと床を蹴る音が聞こえた。

 続いて広間の中から若い近侍が俺たちを呼ぶ。


「止めてくれ!」


 広間の外に控えていた俺と三人の近侍が膝行して広間の戸を開く。


「ご免!」


 広間を開くと柴田勝家殿と丹羽長秀殿がつかみ合いになっていた。

 重臣同士が目を血走らせ罵り合いつかみ合う。

 俺たち近侍の一団は一瞬目をむいて驚いたが、すぐに仲裁に掛かった。


「お止め下さい!」

「お平らに! お平らに!」

「柴田様! 離れて! 離れて!」

「丹羽様! 殿の御前です!」


 俺は柴田勝家殿と丹羽長秀殿の間に割って入り、巻き添えで殴られながらもなんとか二人を引き離した。


 殿はジッと座り、手にした扇子をパチリパチリといじっている。


 俺たち近侍の一団が、何とか柴田勝家殿と丹羽長秀殿を引き離す。

 また、暴れられては大変だ。

 俺たち近侍は広間の隅に座る。


 ドスンと乱暴に座った柴田勝家殿が口を開く。


「そろそろ丸根砦と鷲津砦に今川軍が取りかかる頃だ。援軍を送るべきでは?」


 丹羽長秀殿がガンとした口調で柴田勝家殿に反論する。


「いや、清洲に兵力を集中して籠城すべきだ!」


 筆頭家老林秀貞殿が深くため息をつきながら口を開いた。


「はぁ……、こうなっては今川に下るしかあるまい……」


 林秀貞殿は今川に降参しようと言う。

 林殿は内政や外交が専門で、合戦はあまり得意ではない。

 林殿らしい提案だが、広間の反応は分かれた。


「バカな……! 今川が当家の存続を許すと思うか? 殿に腹を切らせるおつもりか!」


「いや、そうとは限らん。今川義元は上洛が目的であろう? ならば途中で兵力の消耗は避けたいはず。無駄な戦をしないで済むとなれば、降伏を受け入れるかもしれんぞ?」


「いや、しかし――」


 またも会議は紛糾する。

 騒がしい会議に嫌気が差したのか、突然殿が立ち上がり広間を出て行った。


 広間に残された俺たちは呆気にとられポカンとする。


「殿……! いやはや、これでは……」


「もはやこれまでか……」


 重臣たちの間にあきらめムードが漂う。

 無理もない。

 敵の今川家は二万を超える大軍なのだ。

 織田家内の意見はまとまらず、殿は方針を打ち出さない。


 俺は慌てて殿を追った。

 殿は庭に出て月を見ていた。


 厳しい表情だ。

 織田信長が苦悩している。

 会議では何も発言しなかったが、殿は色々な状況を勘案して悩んでおられるのだ。


 俺はそっと声を掛けた。


「殿」


「爽太か……」


 殿は俺をチラリと見て、また月に目を移した。

 俺は穏やかに殿に告げた。


「殿は勝ちます」


 殿はしばらく月を見ていたが、振り向き俺に問うた。

 殿の目が月を映し光って見える。


「ほう……我に勝ち筋が残っていると……?」


「ございます」


 俺は確信を持って殿に告げる。

 織田信長、あんたは勝つんだよ!


 殿は一瞬呆れた顔をしたが、すぐに厳しい顔になった。


「申せ……」


 俺は周囲を見回して、聞き耳を立てている者がいないか確認する。

 俺と殿以外誰もいない。


 俺は庭にしゃがみこみ、指で地面に地図を書く。

 殿もしゃがんで、地図をのぞき込む。


「今川軍は東から西へ。間もなく丸根砦と鷲津砦に襲いかかるでしょう」


「うむ……」


「両砦に援軍は送りません」


「見捨てるのか?」


 殿が嫌悪感をあらわにした。

 殿は乱暴そうに見えるが、部下を大事にする。

 殿の美点だ。


 俺は黙って首を振り話を続ける。


「丸根、鷲津を落とした今川軍は初戦の勝利に勝ち誇るでしょう。『織田何する者ぞ!』と」


「……」


 俺は地面を指さし、丸根砦・鷲津砦から清洲城の方へ動かす。


「そして軍を進めます。ですが兵たちも歩き続けることは出来ません。どこかで休憩を取るでしょう。恐らくこの辺り」


 俺はピタッと指を止めた。

 殿がグッと地面をのぞき込む。


「桶狭間」


 俺はグッと目に力を込めて殿を見る。


「桶狭間で今川軍を奇襲し、今川義元の首を取るのです!」


 殿はハッとして俺を見た。


「むう……。義元を油断させるため、丸根砦と鷲津砦を差し出すのか……」


「左様でございます。ですから、ギリギリまで何もしてはいけません。城内に間者がいるかもしれません。織田家は混乱して何も手を打てないと今川義元に思わせておくのです」


「ふふ……ふふふ……うつけを演じろと言うか……ふふ……」


 殿が不敵に低く笑った。


「爽太! お主の策に乗ろう!」

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