若社長はじめての焼き肉
たぬきち
若社長はじめての焼き肉 前編
ワタシの名は
日が沈み、本来なら帰路を目指す時間帯。 ワタシは想いを寄せる女性と一緒に人混みの中を歩いていた。 いやぁ何て美しくて凛々しい横顔だ。
しかし……
「……アオイ、本当にこういった所で良かったのか? ワタシに任せればゴージャスな店を貸し切ったものを」
ワタシ達のいる場所はゴージャスとは程遠く、どこにでもあるチェーン店の庶民の店が並ぶ通りで綺麗とはいえないが様々な看板の灯りが夜の街を照らしていた。
人混みを避けながらワタシの不満の声を聞いたアオイは溜息を吐きながら、慣れた足取りで、すれ違う人を避け、問に答えた。
「だからいってるだろう、わざわざそんなことしなくていいって、わたしはこういった所で食事するのがいいって、それに今回は息抜きみたいなものだしね。 なおさらわたしは楽しんでるよ」
「……そうか」
愛おしい笑顔を向けられて、そう云われてしまえば、苦笑を返すしかなかった。
ある町の商店街再開発の仕事を担当していた時、そこで偶然友人の店の再開発の仕事を手伝っていたアオイと再会し、その一件が一段落したワタシはアオイとのデートに漕ぎ付け、やっとその日がやってきたというのだが、数日前にアオイから『ラフなカッコウでいいから、絶対かたっ苦しいスーツでこないでね』といわれ、ラフなカッコウでアオイを迎えに行ったのだが、ワタシの姿をみたアオイは顔を顰めるとワタシを別の服に着替えさせた。
「なあ、アオイよ、ワタシはお前にいわれた通り、ラフなカッコウでお前を迎えに行ったのだが、何故着替えさせられたのだ?」
ワタシが疑問をいうと、アオイは歩みを止めて、振り返り驚いた表情を浮かべながら答える。
「あたりまえだろ! アロハシャツで丸の中に『好』って文字が入ってるってなんだよ!」
「なにをいっている。 それはお前への愛を示す為に」
「それに首に花の輪っかとチューンとサングラス掛けてるって三大ダサいの詰め込み過ぎでしょ!」
「ワタシの調べによると首にかけるのはオシャレと聞いたぞ」
「せめてどれかにしよう?」
「そうだな、参考にしよう」
「それでさらに、サングラスを顔にかけてるなんて首のサングラスはなに!?」
「オシャレだ」
「ふたつもいらないでしょ、ダブルメガネかよ」
アオイは息を切らしながらいうと、両袖が水色の白シャツと黒色のワイドパンツという庶民的なワタシの格好をもう一度確認し、口を開く。
「まあ、ミズキの服でキミに合いそうなのがあってよかったよ。 まあ、思ったより似合ってるんじゃない?」
ミズキというのは、アオイの溺愛する弟の事だ。
「当然だ。 ワタシは世界が嫉妬する程の超絶美形のイケメンだぞ? だが、それよりもお前の方が麗しいぞ」
ワタシの愛の言葉にアオイは溜息を吐き、再度背を向けて歩みを進める。 おやおや、相変わらずワタシのあまーい言葉を無視するとはな。 分かっているぞ、本当は嬉しいだろう? とんだ照屋さんめ。
何て考えながらも、ワタシはアオイの姿を確認する。
いつもの様に上着を腰に巻き、青色のシャツとカーゴパンツという如何にも彼女らしい格好をしていた。
「アオイよ、相変わらずそのスタイルなんだな」
「まあ、これが落ち着くからね」
前を歩くアオイに問いかけると、振り返らずに返してくる。
「服ならワタシがお前に合うモノを特注するぞ?」
「いや、いいよ、特注ならなおさらいらないよ」
「花束はどうだ?」
「置く場所ないし、枯れるからいらない」
「家具やアクセサリーならどうだ?」
「自分で買ったり作るからいらない」
「なら、指輪はどうだ?」
「今はいらない」
ワタシの提案したプレゼントをアオイはズバズバと断っていく。 それに、ショックを受けながらもしばらく人混みを歩く。 …………ん? 『今は』?
数十秒程、ワタシの頭が固まっていた気がするが、取り敢えず、気を取り直して、周りを確認しながら聞く。
「本当にここらにあるのか?」
本来ならワタシが最高のデートプランを立てて、ゴージャスな食事をするつもりだったのだが、ワタシが決めると、とんでもないお店に連れてかれそうといわれ、自分が決めたお店にするといったのだ。 まあ、せっかくアオイの選んだ店なのでないがしろにはしたくはないが、本当にこんなところでいいのかと思ってしまう。
「まあ、黙ってついてきなって、それにキミってこういったところめったにこないだろう」
「そうだな」
アオイの言葉になんとか納得したワタシはしばらくついていき、とある店の前で足を止めた。
「ここだよ」
「ん? ここ?」
彼女の言葉が理解できず目の前の店の看板を確認すると、『焼き肉ジュウジュウ』と書いてあった。
「焼き肉? なんだそれは?」
「……え? まさか……しらないの?」
「ああ」
「まじかよ」
ワタシの返しに何故かアオイは絶句しながらも「とりあえず、はいろうか」と店のドアを開けて入っていき、ワタシもそれに続く。
ワタシ達が入った店は煙が店内に広がりやけに油の匂いが漂うところだった。
「なんなのだ、ここは」
「まさか、本当に焼き肉屋をしらないの?」
「『焼き』『肉』? 肉は焼いてあって当然だろう。 何処に生肉を提供する無礼な店がある」
「…………」
アオイは何故かワタシに白い眼を向けてくる。 隣にいた店員は苦笑いを浮かべていた。
「こ、こちらの席にどうぞ」
「ありがとうございます」
二人は何故か気まずそうにしながら会釈をすると店員は「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」と一言残し去っていった。
「まあ、本当にはじめてみたいだから、わたしが適当に頼んじゃうね」
「ああ」
ワタシがそう一言返すと、アオイは店員を呼び、メニューをすらすらと読み上げて注文を取った。
「ほう、手慣れているな」
店員が離れた後、聞くとアオイはコップに水を入れながら答える。
「まあ、たまにだけど家族や友人とこういったお店で食事したりするし、注文が苦手だったとしても、やってればすこしずつできるものだよ、はい」
「ああ、すまない」
質問に答えるついでに水を入れてくれたので、一言お礼をいい受け取る。
その後、他愛ない会話をして待っていると、店員が注文の品を持ってきた。 ワタシはそれを見て驚愕した。
「なっ!? 生肉ではないか! キサマ! 生肉を提供するとは何事だ!」
「いや、焼き肉だからね!? 自分で焼く肉だから」
「なんだ? この店はナゾナゾに答えないと客に生肉を提供する無礼な店なのか!」
「だあーーー! わかった説明するから! 一から説明するから! とりあえず黙って! 恥ずかしいから!」
アオイは「すみません」と店員に頭を下げると、大きな溜息を吐きワタシにいう。
「ホントさ、キミ一体どんな人生送ってきたのさ。 焼き肉しらないなんてドラマの貴族じゃあるまいし」
「新鮮な肉を超一流の専属シェフが目の前で焼き上げ、それがワタシの前に提供されるものだろう」
「絵に描いたようなボンボンだね」
アオイはジト目を向けると、机に置かれているトングを手に取りそれで肉を掴んだ。 そして、それを机の真ん中の暖炉の羅の上に乗せる。
「ぬう!? なんで、暖炉の上に乗せてるのだ!?」
「いや、暖炉じゃないからコンロだから」
「ナニ!? これはひとりひとりに提供されてる暖炉ではないのか!?」
「まあ、気持ちはわかるけど! 肉を焼く為のモノだから」
「ほ、ほう……なるほど」
「まったく……食べる前から疲れるよ」
何とか理解したワタシから目を離すと、ブツブツいいながら肉を並べていき、先に置いていた肉をひっくり返していく。
ジュウジュウと肉の焼かれていく音を聞きながら、ワタシは静かにアオイを見つめる。
「…………あのさ、焼きにくいんだけど」
「上手い事いうな」
「ちがうわ! そんなにガッツリみられてたらやりにくいっていってるんだよ! 食べる前から上手い事いってるんじゃないよ」
「はっはっはっ、ワタシの言葉まで拾うとは相変わらず面白い奴だな」
「キミの顔面に網焼きの跡をつけたいよ」
ワタシがアオイのダジャレを笑ってやると、アオイは額に青筋を立てながら笑顔でお茶目な事をいう。
「はい、できた」
「ほう……これは只の焼いた肉ではないか?」
「だから、『焼き肉』っていってるだろう。 ほら、タレ入れたからそれつけてさっさと食べなよ」
「ああ……では、頂こう」
タレの入った皿に肉を浸し、その肉をそのまま口に運ぶ。 すると、タレの甘味と肉の油のジュウシーな味が広がった。
「ふむ、肉とタレの味だ」
「そりゃそうだけど、それだけ?」
「ああ、それだけだ」
ワタシの感想が気にくわなかったのか、アオイは大きな溜息を吐く。
「……はあ……キミに期待したわたしがバカだったよ」
「なに!? 期待してくれていたのか! 上手いぞ! お前の愛が籠って世界一上手いぞ! 毎日でも食べたいぞ! 上手いぞ!!」
「うっさい静かにしろ!」
愛の言葉を投げかけるワタシを一蹴してアオイは自分の分の肉を皿に移すと、トングを置いて手を合わせた。
「いただきます」
そう一言いうと箸を持ち肉を掴み、そのまま口に含む。
「う~ん、うまい!」
頬に手を当て言い茶碗を持ち、箸で白米を掬い口に運ぶと幸せそうな表情を浮かべる。
「やっぱ、これだよね、肉の後のお米! この二つは人類の最大の発明だよ」
アオイは幸せそうにいい新たな肉を網に敷いていく。
「や~きに~く~♪ ジュウジュウ~♪ じゅるじゅるジュウバイ~♪ ふ~ん♪ フフ~ン♪」
鼻歌混じりに肉を焼いているアオイにワタシはふと気になっていたことを切り出す。
「アオイ、お前はこの生活に満足しているのか?」
「? なんだよ、いきなり」
ワタシの不躾な質問にアオイは少し怪訝な顔を浮かべる。
「満足してるかって聞かれたらそりゃしてるけど」
「そうか、お前がそう思っているならいいのかもしれない。 だが、ワタシはそうは思わない」
「え?」
「お前の才能はひとつの町に埋まっていていいモノではない。 世界、いや、未来だって変えられる可能性を秘めているんだ。 お前はそれ程の『天才』なんだ」
「!?」
ワタシの言葉にアオイは大きくカラダを震わせて、少し固まると、手に持っていたトングをゆっくりと置いた。 そして、今まで笑顔を浮かべていた顔から色が消え、とても深い虚空を見つめる様な眼になった。
(……! ……これか)
さっきまで活発な笑顔を浮かべていたとは思えない程、かなり深いモノだった。 話には聞いていたが、数か月程前からアオイは時折、深い哀しみの籠った眼をする様になったとアオイの仕事仲間のから話は聞いていた。恐らく、原因はアオイの弟の友人がとある事故で亡くなってしまったのが原因だろう。 その人物は弟と同じように可愛がっていた少年だったそうだ。 少年は昔からカラダが弱くここ数年で更に体調が悪化してしまいもう長くないと余命宣告を受けていたそうだ。 そんな少年との思い出を創ろうと遠方に出掛けとても思い出創りをしたらしい。
……しかし、その帰り道に悲劇は起こった。
彼女達の乗る車両に居眠り運転をしていた重量車が突っ込んできたらしい。 アオイと弟は何とか一命を取り留めたらしいが、少年の命を落としてしまったらしい。
自分が遠方に行こうなんて言わなければこんな悲劇は起きなかったと深く後悔し、アオイは暫く精神を病んでしまった。 しかし、少年の遺族からは今まで彼に尽くしてくれた彼女を責めるものはいなく寧ろ今まで支えてくれてありがとうと感謝を述べられた。 だけど、一番苦しいはずの遺族がアオイを気遣う為に言ってくれた哀しみと感謝の言葉に答える為にアオイはなんとか立ち上がることができた。
だが、本人はいつもの様に変わらず振舞っているみたいだが、一部の人間は気付いているだろう。 アオイ自身の心の傷は完全には癒えることはないということを。
「『天才』ね……」
そう、ワタシが思考を巡らせているとアオイが口を開いた。
「なんだろうね、それ」
鼻で嗤い、吐き捨てる様にいう。
「…………」
「……マコトからすこし話は聞いてるだろう?」
マコトというのは、アオイの友人のことだ。
「ああ」
アオイはもう一度トングを手に持つと、肉ではなくひたすら空気を掴む様に開いたり閉じたりを繰り返す。
「天才でもできないこと、苦手なことがあってあたりまえなんだよね」
トングを握るチカラが少し強くなる。
「救えないものがあると思うんだよね」
パチンッパチンッとトングの音が強くなる。
「でもさ、それが現実に目の前で起きたとしたらどうなるんだろうね。 手が届くのに救えなかったらどうなるんだろうね」
「どうなるんだ」
「『死ぬほどつらい』」
とてもシンプル、とても当たり前な言葉をアオイは目に少し涙を浮かべながらいう。
実際その状況に陥れば誰だってそう感じるだろう。 だが、アオイの場合はその大きさ違う。 アオイは昔からカリスマ性があり、彼女の発案したもので様々な人々の生活を支え、命も救ってきた。 アオイ自身も少なからず自分にはそのチカラがあるものだと思っていただろう。 それなのに『大切なモノ』が救えなかったとしたらどうだろう。 大きな『挫折』と『哀しみ』を味わっただろう。 例え、それが『自分に非がなかった』としても……
「……あはは、焦げちゃったね」
アオイは涙を拭い無理やり笑顔をつくると、焦げた肉をトングで取り、自分のお皿に入れようとした。
ワタシはその手を掴んだ。
「……ワタシが貰おう」
「え?」
ワタシの言葉にアオイは目を見開いて驚く。
「その肉、ワタシが貰おう」
「焦げてるからおいしくないよ」
「構わない」
忠告してくれたアオイに構わず、ワタシは引っ手繰る様にトングに掴まれた焦げた肉を箸で取ると自らの口に運んだ。 すると、口の中に炭の味が広がった。
「……!! ……にがっ」
「……だから、いっただろう」
炭の味に苦しむワタシにアオイは「なにやってるんだよ」とジト目を向けてくる。
「……お前にこれ以上、苦い思いはさせない」
「え? さむっ、なに、急に寒い事いわないでよ。 コンロの火が消えるよ」
「いや、今のはそういう意味ではなくだな……」
必死に弁解しようとしたワタシにアオイはクスリと笑うと優しい笑顔を向ける。
「ありがとう」
「え?」
突然、お礼を云われたワタシは目を見開きながら聞き返す。
「カッコウは付かなかったけど、わたしを励まそうとしたんだろう」
「……まあ……そうだな」
アオイの指摘にワタシは居たたまれなくなり、顔を下に向ける。
「なんだかんだいってキミとも長い付き合いだからさ、キミの云いたいことはすこしは理解できてるつもりだよ」
「…………」
「わたしのチカラを信じてそういった話をしてくれたこともね」
目の前の肉を皿に乗せてこちらに目を向ける。
「でも、まずは、目の前の『大切なモノ』を守らないとね」
包み込む様な優しい笑顔を向けそういうと、肉にタレをつけてそれを口に運んだ。
「うん! うまい!」
頬に手をあて可愛らしい顔でいうアオイにたまにはこういった食事も悪くないなとワタシは思った。
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