第30話 正子 VS 刑事

「あら、いやだ。何かしら。私たちに何を聞く気なのかしら。一夫さん、交番から何人か寄越してもらった方がいいんじゃない? コメントはしないって、昨日、散々言ったはずなのに。本当に失礼な方たちね」


 正子の相手をすることなく、しずかが応答した。


「はい。どちら様でしょう」


 モニターにはスーツ姿の男が二人映っている。


「昨日お伺いいたしました警視庁の者です。私は佐川といいます。度々申し訳ありません」


 インターフォンのやりとりを聞いた正子が、興奮気味に割り込む。


「まあ、何のご用でしょうか」


 画面の向こうで男たちが一瞬「えっ?」と驚いているのが見えた。

 警察を名乗って、しかも昨日の今日という訪問なので、すんなり中に入れてもらえるものだと考えていたのだろう。


「申し訳ありませんが、中でお話をさせていただけないですかね」


 正子は鼻を鳴らすようなマネはしないが、明らかに「フン」と不機嫌そうに顔を背けた。

 しずかが「どうぞ」と解錠ボタンを押し、そのまま玄関へ出迎えにいった。



 玄関先で軽い挨拶を交わす様子が、このラウンジまで伝わってくる。

 しずかに案内された男たちは、正子を見て、「あっ」という表情を浮かべた。そして開口する前に正子の洗礼を浴びることとなった。


「あなた方もご覧になったでしょう。あのマスコミの方々の様子。警察の方でどうにかしていただけませんの? 我が家だけでなく、あの道を通行される周辺の皆様全員に迷惑をかけているんですのよ? どうしてあんな大きな顔で道端を占有することができるのかしら。あなた方もあそこを通っていらっしゃったのなら、少しは注意してくださったのかしら。私どもは本当に困っておりますのよ」


 佐川と名乗った刑事は正子を見るなり、明らかに何かに思い当たったような顔をした。

 同僚から正子のことをあらかじめ聞いていたのかもしれない。

 名乗ってもいない正子の正体にすぐに思い至ったのだろう。いや、実際に対面すると噂以上の迫力だとでも思ったか。

 昨日会った妹尾が正子に対して改めて名乗り、彼女の顔をじっと見た。


「警視庁の妹尾です。こっちが佐川です。そちらのお二人には昨日お目にかかりましたが、あなたは――」

「私は三枝正子と申します。一夫の姉ですわ。この家のことでしたら、なんでも聞いてくださって構いませんけど、お話しできることは既に私からも一夫からも、全部他の刑事さんにお伝えしていると思いますけど」


 まるで「首を垂れよ」とでも言いたげに、正子は顎を上げて不遜な態度で立っている。「えっへん立ち」だ。

 一夫は学生時代、姉のことを同級生たちがそう呼ぶのを聞いて、上手いことを言うな、と関心したことを思い出した。



 そんな正子を見て、若い方の佐川という刑事は吹き出しそうになっている。

 上司の妹尾は正子の尊大な立ち姿にも一切動じず口を開いた。


「実は――」

「そう言えば、最初にいらした刑事さんとは違いますのね。どうして窓口がそう、ころころと変わるのかしら」


 妹尾が喋り出したのと同時に正子も喋り出し、正子の方が押し切って勝ってしまった。妹尾が口をへの字に曲げている。

 佐川が代わりに話し始めた。


「申し訳ありません。担当が変わってしまって。追加でご確認いただきたいことがありまして。しかし、ちょうど良かったです。お姉様の方にもお聞きしたいことがあるのです」

「私に、ですか?」


 正子は「早くお言い」という風に、佐川が続けることを許した。


「はい。この男がこちらのお宅を訪ねていらっしゃったとき、お姉様も一度、目撃されていると伺ったのですが」


 そう言うと、佐川は佐藤洋太の写真を正子に見せた。


「まあ、この方……。ニュースで散々見せられた犯人じゃなくって? テレビだと極悪非道な、いかにも犯罪者という顔をしていたのに。あなたの持っている写真は、普通の方っぽいのね。わざとそういう写真を選んでお持ちになったの?」


 別にそういう訳ではないだろうに。


「ははは。我々からすれば、テレビ局の方が故意にやさぐれた写真を探しているように思うのですがね。これは佐藤がまだ会社員だった頃の、家族と一緒に暮らしていた頃の写真です。これ以外だと分かりづらい防犯カメラ映像しかなかったので」


 正子は途中から話を聞いていない。自分の推察が外れたからだろう。


「一夫、この方」


 そう言って、正子は一夫に写真を見るように目線で指示した。


「ああ、私たちは昨日も見せていただいたんです。うちにいらした方に間違いないと思います」


 正子は「ふうん」と頷いて、一夫としずかを見た。自分の知らないところで、勝手に警察と話したことを快く思っていないようだ。

 黙っていた妹尾が、正子に聞き直した。


「お姉様にもご確認いただきたいのですが。一夫さんは見覚えがあると仰っていますが、お姉様はいかがですか?」

「確かに。この方だったように思います。ただ、私はお客様をジロジロと観察したりしませんから、絶対にそうだと言い切る自信はございませんけれど」


 刑事たちは正子の言い方にムッとしているが、なんとか自分を律しているようだ。

 正子のような人物も軽くあしらえなければ刑事失格なのかもしれない。

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