第10話 山賊退治(オルディウスの回想)
冒険者ギルドで仕事を探そうとしていたとき、一人の戦士が目についた。
隻眼に逆立つ頭髪、使い込まれた武具、顔立ちは若いが腕はかなりのものだろう。
その男の連れと思しきエルフとドワーフが横に立ち、3人が貼り出された一つの羊皮紙を見ていた。
弟のヴレンハイトも気になったのか、同じ羊皮紙を見ていた。
しばらくして、ヴレンハイトが俺とフィレーナのところに戻ってきた。
聞けば、羊皮紙に書かれた依頼内容は、ギルド主催の山賊討伐で、相手の頭数は20人前後ということだった。
なるほど、これは俺たち3人だけでは手に負えない可能性がある。
あの戦士たち-おそらく離れている3人もパーティだろう-が加われば、討伐の可能性は高くなると思えた。
ヴレンハイトが言う。
「戦力が整うならば受諾してもいいと思っている。
どうだろう?」
俺としても味方の戦力がそれなりに充実すれば受けていいと思った。
報酬が金貨で一人15枚というのもなかなかに魅力的だ。
フィレーナも同様に、条件が揃えば受けることに否はないという。
ならば、と俺はギルドの受付員の方に歩み寄り、この依頼を受ける条件について話し始めた。
受付員の話では、ギルドとしても山賊たちの頭数にかんがみて、討伐隊を組むため引き続き募集する、という回答であった。
拒否する理由はない。
そのことを受付員に告げた俺たちは、続報を待つべく、酒場で一旦待機することにした。
軽食を取り、しばらく時間を潰していると、先ほど見かけた戦士とその仲間と思しき連中が酒場に現れた。
戦士と戦司祭と思しき男が何やら話している。
それ以外に、エルフの男がこちらを気にしているような気配を感じる。
エルフは精霊使いであることが比較的多い。
それならば、フィレーナに宿る風の精霊力にもすぐ気がつくだろう。
場合によっては俺とヴレンハイトが宿している大地の精霊の力も感じ取れるかもしれない。
とはいえ、俺たち3人は、お互いの名前と間柄以外のことは記憶にない。
100年ほど前に、ライガノルドと呼ばれるこの大陸の辺境に突如として立っていたことが記憶の始まりだ。
それ以外は、生活できる最低限の知識があったことくらいしか覚えていない。
与太話と取られる可能性はあるが、探られて痛い腹でもない。
そんなことを考えていると、例の隻眼の戦士がこちらに向かってきた。
俺も戦士のほうに向き直る。
戦士が威勢よく切り出した。
「よう。
アイオリア・レイセントだ。
さっきの依頼を受けようかと思っている。」
ほぅ、と感心する。
所作も言動もさっぱりしていて心地いい男だ。
俺も答える。
「イリアス、イリアス・オルディウスだ。
こっちは弟のヴレンハイト。
横がその妻のフィレーナだ。」
ヴレンハイトとフィレーナが、アイオリアに対してわずかに会釈する。
「あの依頼、受けるのか?」
アイオリアの隻眼が俺に向けられた。
「ああ、そのつもりでいる。
そっちはどうだ?」
アイオリアと名乗るこの男たちが、あの依頼を気にかけていたのは明らかだった。
「頭数が揃えば、というところだ。」
なるほど、問題は同じということか。
「よほどの腕利きが山賊側に居なければ問題無さそうだな。」
ヴレンハイトが言葉を挟んだ。
その目はグインたち5人の方を見ている。
アイオリアらがパーティであるのは一目瞭然だったからだ。
「もう少し情報が要るな。」
俺は、うむ、と答える。
ギルドの情報だけではまだ出方を決めかねる。
ギルドの情報で分かっているのは、相手が20人程度であること、山間の廃村を拠点にしていること、街は襲わず、周辺の村人や旅人だけを狙っているということだけだ。
廃村の位置は分かっている。
俺は
「近くに別の村がある。
そこを拠点にして状況を探りたい。
どうだ?。」
と意見を述べた。
山賊の様子を見るにせよ、襲撃するにせよ、足場は必要だ。
アイオリアは少し待ってもらいたい、と言った。
全員で話しを進めたいということだ。
なるほど、たしかに戦術の話になっている以上、全員で情報共有したほうが良い。
アイオリアがグインたち5人を呼び寄せ、宿の3階にある6人の部屋を臨時の作戦室にした。
改めて、お互いが軽く紹介を済ませる。
なるほど、思ったよりこのパーティは場馴れしているように見受けられる。
これならば、20人くらいいけるだろう。
戦法は、俺、ヴレンハイト、アイオリア、グイン、ディオノス、フィレーナ、アーサーが弓を持ち、白兵近接に持ち込む前に漸減すると決めた。
各人の弓の腕前にもよるが、俺、ヴレンハイト、フィレーナでだいたい1人ずつは仕留められるだろう。
あとは牽制になればよし、討ち取れればなおよし、というところか。
聞く限りアーサーとアイオリアは弓も十分使えるというし、それに魔術師のリョーマの魔法弾もある。
雑兵ならば俺一人でゆうに4,5人は倒せよう。
ヴレンハイトもそのくらいの力量がある。
そこにアイオリアらが加われば、20人程度なら十分対応の範囲と思えた。
俺達は作戦に合意し、正式にギルドに依頼を受諾する旨を伝えた。
念の為、ギルドに傭兵の斡旋について訪ねてみたが、前回の大規模討伐の後出払っているため手すきの傭兵は残っていないとのことだった。
まぁ、このメンツならばやりようで十分20人くらいは斬れるだろう。
俺達は、概ね5日分の食料を併せて買い込むと、ギルドから馬を借り、前線基地となる村に向かって移動を開始した。
馬で駆ければ半日で着く距離である。
街を出て街道を走り、やや行ってから村に向け道を外れる。
しばらく行くと前方の小道で数人の男が、野良仕事に出ていたと思しき女性を取り囲んでいるのが見えた。
(件の山賊か?)
どのみち放っておける状況ではない。
アイオリアが先陣を切って猛然と馬を駆けさせる。
俺とヴレンハイト、グインがそれに続く。
馬の駆ける音に気付いた男たちが、こっちを見た。
ぎょっとして逃げようとするが、そこは徒歩と馬の差だ。
すぐに追いつき、馬上から男たちに向けて剣を振るう。
山賊の一味であるのなら、ここで数を減らしておけば後々有利になる。
そもそも冒険者は官憲ではないので、山賊を捕縛する必要はない。
賞金は生死を問わず払われるが、冒険者としては討ち果たすのが一番手っ取り早いのだ。
都合5人の男たちを討ち果たすと、アイオリアが馬から下り、女性に近づいた。
「大丈夫か?」
その女性はまだ少女に見える。
恐怖のあまり腰が抜けていたようであった。
フィレーナが追いつき、少女をなだめる。
落ち着いた少女から話を聞く間に、俺とヴレンハイトで男たちの遺体を林の中に引きずり込む。
山賊の仲間であれば、発見を遅らせておいたほうが良いと思ったからだ。
改めてフィレーナが少女から話を聞くところによると、先日も襲われかけたが村の近くであったためとっさに逃げることができたとのことだった。
そして、先の男たちは、アイオリアらが討伐依頼を受けた山賊の一味で間違いないとのことであった。
帰ってこない5人を探しにまばらに出てきてくれれば好都合だが、逆に警戒度が上がる事もありえる。
まだ楽観視はできない。
フィレーナが少女を馬に乗せ、俺達は村まで案内してもらった。
少女の両親が少女の話を聞いて、俺達に礼を述べる。
歓待したいとのことだが、いきなり9人で押しかけるのも無理がある。
アイオリアも同じ意見で、村人の招待は丁重に断った。
代わりに、村内に宿営させてもらうことになった。
そして現状を訪ねるため、村長のところを訪れた。
村長の話では、ときどきこうして村の女性を手籠めにしに来たり、畑の農作物を盗んだり、時には家に押し入って金品を強奪したりもするという。
村は10家族50人ほどだが、山賊と戦える力があるわけではない。
山賊たちが住み着いた約半年前、村の男達が抵抗したのだが、山賊たちには敵わず、何人かは犠牲となった。
以後、村人たちは抵抗する気力を無くし、山賊たちの略奪に怯える日々を過ごしてきたのだという。
一通り話を聞き終えた後、俺達は宿営の準備に入る。
夜の帳が下りてこようかという頃、アーサーとフィレーナが、急にハッとなった。
「誰かがこっちを見ている…?」
リョーマがすかさず呪文を唱える。
<敵意感知>だ。
「こっちを窺ってる奴がいる。
2人。」
俺とアイオリアが立ち上がる。
「この先の木に隠れている」
ディオノスが続けた。
俺、アイオリア、ヴレンハイトが得物を持って猛然と駆け出した。
ディオノスの言葉通り、少し先の木の影から、2人の人影が走って逃げ出す。
アイオリアは全身鎧のため、足では敵わないため、すぐさま馬の方に向かう。
俺とヴレンハイトはアイオリアに比べれば若干軽装である分、速度が出る。
そのまま駆け出して追いかけた。
俺とヴレンハイトは人影に追いつきざま、その後ろから大剣の一撃で斬り伏せた。
「すごい腕前だな。」
追いついてきたアイオリアが言う。
袈裟懸けに斬られた2人は、ほとんど皮一枚で繋がっているような状態だった。
これで7人。
頭数での彼我の戦力差はかなり縮まったはずである。
油断は禁物だろうが、着実に戦力は削れたはずだ。
討ち取った2人の亡骸の処分を終えると、再び宿営地に戻る。
おそらく最初の5人の様子見で出した偵察であろう。
その2人も戻ってこないことで、次はまず間違いなく全騎で押し出してくるということは想像に難くない。
あとはそれがいつ来るか、の問題だけである。
夜は3交代として3人ずつが立つことになった。
俺はヴレンハイト、フィレーナとともに二直目を請け負った。
全員弓を準備し、山賊の拠点に向けて20~30歩ほど村外に出た雑木林で遮蔽を取る。
朝の内も襲撃はなかった。
俺達は腹ごなしをすませ、引き続き山賊たちの襲撃を待ち構える。
果たして、奴らは昼ころにやってきた。
やはり、風の精霊の知らせを受けたアーサーとフィレーナが真っ先に気づいた。
すぐさま俺達は迎撃の準備を整える。
ディオノスが千里眼を用いて山賊の陣容を確認する。
その数、徒歩(かち)11、騎馬3。
騎馬の内、一際大きく、ちょっと豪勢な革鎧をつけている首領らしき男がいるとのことだった。
アーサーとフィレーナが何事かつぶやくと、一行の体の周囲に風が舞う。
風の精霊の力による矢避けの魔法だ。
そのまま山賊たちが半弓の射程圏に入るのを待つ。
フィレーナが再び何かを呟く。
「矢の強力化です。」
そう言った。
風の力を乗せ、矢の力を増したのだ。
一斉射の効果を増すため、全員が射撃できる射程内に入るまで我慢強く待つ。
十分に射程に入ったと見た瞬間、アイオリアが無言で木の陰から出て、山賊たちに向けて射掛けた。
それを見て、俺達も倣って一斉に矢を放つ。
急に矢を射掛けられた山賊は不意を付かれ、うろたえた。
何人かは矢を受けたようだ。
続けざまに第二射、第三射と射掛ける。
さすがに山賊の側も木陰を遮蔽にしながら一行の方に向かってくる。
第三射のあと、即時抜刀する。
「てめぇら、死ぬ覚悟はできてるんだろうな!」
首領と思しき大男が大音声で叫んだ。
威勢がいいのは結構だが、さほど戦慣れしていないな。
本当に怖いやつは、無言で切りかかってくるからな。
俺達はめいめいに山賊と交戦する。
それをリョーマとフィレーナ、アーサーが魔法で支援する。
弓矢による漸減戦法が効いて、戦局は俺達の優勢に進んだ。
俺は騎乗している首領に突撃し、一刀のもとに斬り捨てた。
アイオリアも馬に乗った山賊に斬りかかる。
馬上から振り下ろされる剣を盾で受け流し、空いた脇に剣を突き入れる。
その山賊は馬上から転げ落ちた。
そこにすかさず剣を打ち下ろす。
その間に俺とヴレンハイトは次々と山賊たちを斬り伏せる。
小癪にも木陰に隠れながら近づこうとする輩は、力任せに木の幹ごと両断した。
他の山賊も瞬く間にグインたちに討たれ、逃げ出そうとした者たちはリョーマの魔法弾やアーサー、フィレーナの矢を追撃で受けて落命した。
蓋を開けてみれば圧勝であったが、山賊側の不首尾と俺達の事前準備の賜であっただろう。
俺達は、さらに山賊が拠点としている廃村へ向かう。
まだ誰かが残っている可能性があったからだ。
廃村に着いた俺達は、一戸一戸慎重に調べて回った。
幸い、全員で出払ったらしく、他に山賊は残っていなかった。
夕刻頃、村に戻った俺達は、山賊総てを討ち果たしたと村長に報告した。
村長は喜び、どうしてもと歓待を受けた。
さすがに今回は歓待を受けることにした。
簡素ではあるが美味な村の料理を堪能し、俺達は再び宿営に戻った。
翌日、村人の見送りを受けながら、俺達は街への帰途につく。
街につき、冒険者ギルドに事の顛末を報告する。
ギルドから、確認者が現地を確認するまで待って欲しい旨伝えられた。
戦場とは違い、さすがに首を持ち帰るまではしていない。そのため確認が必要なのだ。
2日後、件の村外に山賊の遺体を確認できたとして、ギルドから報酬が一行に支払われた。
金貨で一人頭15枚。
かなりの金額である。
1~2年は働かずともよい収入だ。
ギルドで報酬を受け取ったその足でギルド直営の酒場に向かう。
酒場にて。
「それにしてもすごい腕前だったな。」
アイオリアが感嘆した面持ちで言う。
俺達のことだ。
褒められ慣れてないのでくすぐったい感じだ。
「お前さんたちも随分場馴れしているな。
長いのか?」
ヴレンハイトが切り返す。
長い、とは、冒険者としての職歴とパーティとしての長さの両方であろう。
「2つ前の依頼でできたばっかりだ。
俺は3年ほどになる。」
「ほぅ。」
ヴレンハイトが聞いた手前、こっちも来歴を語る。
与太話と取られる可能性もあったが、アイオリアらは真剣に聞き入っていた。
余計な詮索をしないところは、この男に好感が持てる部分だった。
「今は今だからな。
それに冒険者という稼業はそれなりに向いていると思ってる。」
俺はそう言ってアイオリアらに笑ってみせた。
ならば、とアイオリアが切り出した。
「せっかくなんだ、このままパーティを組むというのはどうだ?
できることはお互いに増えると思うが。」
ほぅ、と俺は感歎の声を出した。
全く予期していなかったわけでもない。
「どうだ、ヴレン、フィレーナ?」
2人の方を見る。
2人は顔を一瞬見合わせ、そして頷いた。
「こちらに否はない。
そっちはどうだ。」
「異論はない。」
グインが即答する。
「ワシもよいぞ。
お主らの鎧と武器、興味がある。」
ゲバも賛同を示す。
アーサー、リョーマ、ディオノスも異存はなかった。
「なら決まりかな。
よろしく頼む。」
アイオリアの出した手を握る。
「こちらこそよろしく頼む。」
「いやぁ、大所帯になったねぇ。」
アーサーが楽しそうにそれを見ている。
アイオリアがまさか、といった表情をする。
「リーダーはアイオリアでしょ♪」
お約束だったようだ。
「勘弁してくれよ…。」
「いや、俺もお前がリーダーで良いと思うが?」
俺もこの男がリーダーを務めることに異論はない。
退路を塞がれ頭を抱えるアイオリア。
「わかったよ…」
ついに白旗を上げたのであった。
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