第6話 戦いと言う名の日常

 人里を少し離れれば、そこは人類種と敵対する亜人の跋扈する危険地帯であった。

 旅人や行商人にとっては厄介な相手である。

 冒険者は、そういった亜人たちの退治や、行商の護衛もこなす。

 ときには魔獣などの襲撃もあるが、撃退するのも仕事の一つだった。

 それに、相手は亜人ばかりとは限らない。

 山賊などのアウトローにも賞金がかけられ、そういった賞金稼ぎも冒険者には欠かせない仕事だった。

 一行は、いくつもの戦いと依頼をこなすうち、戦闘集団として鍛え上げられていった。



 アイオリアの異名<獅子将>から<獅子隊>の名を付けたパーティ。

 <月光亭>を直営する冒険者ギルドから早速一つの依頼を受ける。

 ゴブリンと呼ばれる子鬼が出没する地帯を通らねばならない商隊の護衛である。

 四両の二頭立て馬車を擁する商隊を護衛するため、<獅子隊>の4人に加え、2人の冒険者が加わった。

 どちらもフードを目深に被った青年である。

 名をリョーマとディオノスと言った。

 リョーマは鉄杖を持ち、ディオノスは剣と小型の円盾を持っている。

 どことなく他者を拒絶するような雰囲気の2人であった。

 だが、身分を詮索しないのは冒険者の流儀である。

 まして、ギルドから冒険者として一定の信頼を置かれている以上、疑う理由は何もない。

 この2人どうやら双子らしいのだが、リョーマが交渉事などで比較的人と喋るのに対し、ディオノスは暗い目で周りを見、ほとんど喋らないという対照的な兄弟だった。

 隊商はすでに出発の準備ができていたので、翌日朝のうちに出発することになった。

 危険地帯を夜になる前に抜けるためである。

 道中、森に挟まれた道を抜ける必要があるのだが、その森の一方にゴブリンが住んでいるようなのである。

 ギルドの情報によると、最近になって移り住んできたものらしく、まだ頭数など詳細は判明していないが、実際に襲撃を受けた者がいるため、住んでいることはほぼ確実視されている。

 ゴブリンたちは夜目が効くため、夜間の戦闘は明らかに不利になる。

 故に昼間に突破したい。

 翌日朝早く、街の開門とともに出立し、隊商の馬車に交互に乗せてもらいながら<獅子隊>の面々は進んだ。

 やがて日が中天に昇る頃、前方に森とその間を抜ける道が見えてきた。

 <獅子隊>の4人とリョーマ、ディオノスが隊商の両脇に展開し、警護につく。

 しばらく歩いたところで、アーサーが全員を止めた。

「何かいる。」

 アーサーの言葉を聞いたアイオリアも、異変に気づいた。

 狙われているとき独特の匂い。

(これは…弓矢か?)

 盾を構え、敵の方角を特定しようとする。

 後ろで呪文の詠唱が聞こえた。

 リョーマが鉄杖を掲げながら呪文を詠唱していた。

(あいつ、魔術師だったのか)

 ややあって。

「左前方にいる。弓8、武器5。」

 リョーマが告げた。

(13体か、やや多いな。)

 だが、方角が分かれば手は打てる。

「右にはいないな?」

 アイオリアがリョーマに問う。

「見える範囲ではいない。」

「どれくらい遠くまで見える?」

「矢の射程のだいぶ外まで見える。」

「そうか。」

 短いやり取りでアイオリアは戦術を立てる。

 グインが祈りを捧げる声を聞いた。

「勇者に守りを。」

 短い祈りだが、自分の体に何かの「力」を感じる。

 体表が薄く光ったような気がした。

(守りの祈祷か、ありがたい)

 アーサーがアイオリアに声をかける。

「リョーマの言った通り、近くにはその一団以外はいないよ。」

「分かった。先陣は俺が切る。続け。」

「心得た。」グインが答え、剣を抜く。

 ディオノスも黙って剣を抜いた。その左手に小型の円盾を構えている。

 ゲバは戦鎚を構える。

「少し待って」

 アーサーがなにかつぶやくと、隊商を含めた全員の体の周囲に風が舞う。

(矢避けの力か)

「いいよ。」

「よし、行く。」

 左前方。

 チリチリと目の奥にわずかに感じる違和感。

 殺気だ。

 それを頼りに進む。

 樹木を遮蔽に用いながら、殺気の元と思われる方へ。

 百歩は進んだだろうか、そこでひゅひゅん、と風切り音がして何かが飛んできた。

 そのうち幾つかがアイオリアの盾に当たって弾かれる。

 矢だ。

 矢の力は弱い。

 遠いか、魔術による防御の力のおかげだろう。

 方角は概ね間違いない。

 矢の飛んできた方向に向け進路を微調整し、再び樹木を影にして進む。

 茂みの中に、弓を構え矢をつがえたゴブリンの姿が見えた。

(散開しているな)

「右をやる!」

 要件だけ叫び、向かって右のゴブリンに突撃する。

 アイオリアが盾を構えて猛然と突撃してきたことに弓持ちのゴブリンはうろたえたようだった。

 放った矢が大きく逸れて飛んでいく。

 入れ替わりに、そばに居た剣というより棒切れを持っているような別のゴブリンが飛び出してきた。

 盾で敢えて受け、全力で弾く。

 よろめいたゴブリンをすかさず斬って倒す。

 続け様に仕掛けてきた2匹目のゴブリンを弓持ちゴブリンの射線に挟んで射撃を妨害し、その剣撃を盾で防御する。

 愚直にも再度盾を叩いてきたゴブリンに対し、これも全身の力で押し返す。

 2匹目も一刀のもとに斬り伏せ、さらに、迷っている弓持ちのゴブリンに斬りかかる。

 弓で防ごうとするが、構わず弓ごと脳天をかち割った。

 両脇ではグインとディオノス、ゲバがめいめいに交戦していた。

 近接武器持ちのゴブリンを巧みに射線に挟んで弓を封じている。

 三人共なかなかの経験を持っているようだった。

 グインとディオノスが攻撃を受け流しつつ、ゲバが戦鎚でねじ伏せる、即席とは思えない良いコンビネーションだ。

 一人の弓持ちゴブリンが、矢を受けて悲鳴を上げる。

 アーサーが射た矢が過たず弓持ちゴブリンの一人を射抜いたのだ。

 さらに、後方から光が放たれ、別の弓持ちのゴブリンに命中する。

 リョーマの魔法弾だったようだ。

 これも一撃でゴブリンを仕留めた。

 あの2人も思った以上に場馴れしているようだ。

 アイオリアは余勢を駆って5体目のゴブリンを斃していた。

 残る弓持ちのゴブリン2匹は、敗色濃しと見て、逃げ出そうとした。

 それをアーサーの矢とリョーマの魔法弾が襲う。

 逃しておけば、いずれ別の人間を襲う。

 これは苛烈な生存「戦争」なのだ。

 勢いが逆なら、ゴブリンたちもアイオリアらを生かしてはおくまい。

 むしろ倍するゴブリンたちを相手にしていたのだから、そうなる可能性は決して低くはないのだ。

 戦闘は短時間で終わった。

 盾を持っていないグインがわずかに手傷を負ったが、それも治癒の祈りで回復している。

 その他には誰も負傷していない。

 6人即席の戦闘集団としては上出来な戦闘であった。

 注意深く周囲に他の敵対者がいないか確認した6人は、商隊のところに戻った。

 アイオリアらが敵を引き付けた分、商隊は全く狙われずに済んだ。

 アイオリアがリョーマに声をかける。

「大した腕と戦術眼だ。次もぜひ組みたいね。」

「そちらこそ迅速果断だったな。弟に否(いや)が無ければご一緒したいね。」

 矢避けの魔法が解ける刹那、風の妖精が一陣のイタズラ風を吹かせた。

 びぅ、と突風が吹き、リョーマのフードをめくる。

 端正な顔立ちと尖った耳が見えた。

 が、アーサーのそれと比べて人とあまり遜色のない長さの耳だった。

 リョーマが気まずそうにフードを被り直した。

 おそらくはハーフ・エルフであろう。

 人間とエルフの間には混血が成立すると聞いたことがある。

 時には蔑視されうる出自を隠しておきたかったのであろうか。

 アイオリアはそれ以上の詮索を避けた。

 冒険者の礼儀である。

 隊商は再び進み始めた。

 この分であれば、森を抜けて野営地に適した地形を探すくらいの時間は得られそうだった。

 夕刻、念入りに周囲を偵察した一行は、馬車を仮の宿として宿営に入った。

 商隊の商人たちは、あれやこれやと今後の商いについて話し合っている。

 ときには笑い声が上がるあたり、肝が据わっているか場馴れしているかであろう。

 ゴブリンの待ち伏せのとき、取り乱す者が居なかったことから、おそらく後者であると思われる。

 今夜を乗り切れば、明日は昼のうちに次の街に入れるであろう。

 見張りを二交替と定め、アイオリアがリョーマ、ディオノスと組んだ。

 二直目をグイン、アーサー、ゲバが組む。

 エルフとドワーフはあまり仲が良くないと聞いていたが、アーサーもゲバもその辺にはこだわりが無いようで、不仲とは無縁に見えた。

 遠くで野犬の遠吠えが聞こえた。

 冒険者の敵は亜人だけとは限らない。

 野生の動物もまた脅威であるのだ。

 -火を絶やすな、警戒を怠るな-

 冒険者の警句である。

 運が悪ければ死人返りや死人喰らいなどと出くわすこともある。

 グインの祈りがもたらした平穏の結界は、今のところ、これら不死者を感知してはいない。

 隊商は雑貨商と見られ、積み荷の中には明らかに食料品が混ざっている。

 これらは亜人や野生動物に狙われやすい。

 油断はできない夜が過ぎていく。

 警句のとおり火を絶やさず、周囲を警戒しながら夜は更けていった。

 幸運にも夜間に何の襲撃も受けず過ごした一行は、朝日の中、次の街へと急ぐ。

 人が無意味に亜人に仕掛けぬように、亜人もまた無用に人に仕掛けない。

 相手の集落が近いならなおさらである。

 頭数が少ない状況を脱するか、人の多いところに着けば畢竟(ひっきょう)安全ということになる。

 再び日が中天に昇る頃、一行は次の街に着いた。

 隊商の用意していた割符のお陰ですんなりと門を通ることができた一行は、ここにきてやっと肩の力を抜いた。

 アイオリアは安堵し、素直に幸運に感謝することにした。

 一行の面々も同じような表情をしている。

 ほどなく、隊商は大きな市場に辿り着き、<獅子隊>の4人とリョーマ、ディオノスは護衛の任から外れることになった。

 アイオリアらは隊商と別れ、この街の冒険者ギルドへ足を運ぶ。

 隊商から受け取った依頼完了証明をギルドに提出し、おのおのが金貨4枚の報酬を受け取る。

 その足でギルド直営の酒場兼宿へ向かう。

 ライガノルドの大陸では、このように大きな街の冒険者ギルドは酒場兼宿を直営していることが多い。

 冒険者の側としても、冒険者を雇用する側としても、こういった場所は必要とされるのである。

 依頼を終えた一行は、少し遅めの昼食を取った。

 アイオリアは隣のテーブルについたリョーマとディオノスに話を振った。

「どうだ?この縁でパーティを組まないか?」

 単刀直入はこの男の取り柄でもある。

 飾らない人柄の現れであった。

 リョーマがディオノスの方を見る。

 ディオノスは相変わらず暗い目をしていたが、わずかに頷いてみせた。

「乗った。よろしく頼む。」

 リョーマが答える。

 アイオリアとリョーマが軽く握手する。

「よし、まずは食って寝る!」

 快活なアイオリアの声に一同が賛同した。

 緊張の夜を超えた体に休息を与えるのは冒険者の基本である。

 パンや干し肉、干し果物などをめいめいが頬張り、水やエールで流し込む。

 幸い懐具合は温かい。

 アイオリアとゲバがもりもりと食べ物を胃に収める。

 そしてそれに比肩する勢いで食べるリョーマ。

 一つわかったのだが、このリョーマという男、ハーフ・エルフの片鱗も感じさせないほどに体が強い。

 木の杖でなく鉄杖を握っているところからも戦士級の強靭さであると伺い知れるが、まさか食事の量まで戦士級であろうとはグインやアーサーは思っていなかったのである。

 そしてもう一つ、ディオノスが我流とはいえ、魔法剣士の真似事ができるということもわかった。

 総体として見たとき、これほど戦力的に充実したパーティもそうそうはいない。

 こうして<獅子隊>は新たに2人を加え、6人のパーティとして活動することになった。

「リーダーはやっぱりアイオリアのままね♪」

「またそれかよぉ!?」

 アーサーの無邪気な微笑みにアイオリアが少しだけ頭を抱えたのは余談である。

 なお、リョーマはとかくとして、ディオノスも目でそれを追認していたのであった。


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