3話

「・・・・・・はぁ」

 何度目かのため息を吐いた。目の前には見上げると首が痛くなりそうなほど高くそびえるビル。

 北海道警察本部。たった今、ここが私の職場になった。

「君が舞原・・・・・・ヒサメさんかな?」

「本日付けで異常犯罪対策室に配属になりました舞原氷雨です。よろしくお願いいたします」

「そんなそんな、ここは警察組織じゃないんだから、そんな畏まらないでよ」

「はあ、承知しました」

「うん、僕は一颯正一いっさしょういち異常犯罪対策室北海道支部の室長です。よろしくね」

 なんとも軽薄そうな男だ。上下で揃っていないスーツ、シワだらけのシャツ。遊ばせている黒髪、前髪に至っては目にかかっている。それに、前髪の奥から覗く双眸に覇気はなく、とても公務にあたる男には見えなかった。

「あ、それと、異常犯罪対策室うちは基本的に私服出勤ね」

 なんとも頼りにならなそうな上司の登場に肩を落とし、再びため息を吐く。

「大丈夫かな・・・・・・」

 ビルに戻っていく上司の背中を眺め、私は独り言ちた。


 地上十七階、地下三階のこのビルは全ての階が警察組織で構成されている。つまり、先ほどからすれ違う人は皆、現職の警察官というわけだ。だから余計に室長の格好が浮いてみえる。それに、どういう訳かだれも目を合わせてくれない。室長もすれ違う人に挨拶をしてはいるものの、迷惑そうな顔をされるだけで全く挨拶が返ってこない。

「そりゃ、挨拶なんて返されるわけないよ。僕たちは嫌われ者だからね」

 私の心の内を読んだかのように、室長は言った。私は思わず瞬きをして室長を見た。

「舞原さんは顔に出やすいんだね」

「初めて言われました」

 私は幼少期より感情が表にあまり出なかった。そのせいでした苦労はかなり多い。それに夏でも日焼けしない白い肌も相まって、付けられるあだ名は決まって”氷の女王”だった。交友関係に苦労したのは学生時代の苦い思い出である。

「それで、嫌われ者というのは、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。警察組織じゃないくせに本部を好き勝手使って、事件現場には我が物顔して臨場する。彼らからしたら目の上のたんこぶ。邪魔者ってわけさ」

 室長は会った時と何ら変わらない様子で言った。本当に軽薄そうな人だ。今は僅かに苛立ちすら覚えている。

「荒巻さんから聞いていると思うけど、僕たちの部屋は地下三階。もう君以外のメンバーは全員揃っているから、あとで紹介するね」

「はい、お願いします」

 それからは特に会話はなかった。エレベータに乗り、地下三階で降りて目的の部屋へ向かう。その間は二人の靴が床を叩く音のみが廊下に響いていた。エレベータを降りて数分、金属製の白い扉の前で足を止める。『異常犯罪対策室』と殴り書きされたプレートが扉の上部に貼り付けられていた。

「改めて、ようこそ異常犯罪対策室へ」

 

 部屋の中は非常に殺風景だった。四方の打ちっぱなしのコンクリートの壁で囲まれており、最低限の家電が置かれていた。部屋の中央には四組の机とイス、それぞれの机の上に置かれたノートパソコン。机はそれぞれ向かい合うように並べられ、そこから少し離れたところにもう一組が置いてあった。四脚あるイスのうち、すでに三脚には背もたれに上着が掛けられている。

「君の席はあそこね」

 並べられた机の一角を指さし、室長は言った。与えられた席へ向かいジャケットを背もたれにかける。

「あの、他の室員の方はどちらに?」

「奥の会議室に集まってもらってる。鞄を置いたら入っておいで」

 部屋の後方にガラスで仕切られた一室。こちらからは中の様子が見えないが、確かに人の気配がする。鞄をイスの上に置き、部屋へ向かった。


 ノックをした後、引き戸を開ける。

 室内には長机が円形に配置されており、部屋の後方で室長と室員らしき人たちが座っていた。私が室内に入ると全員の視線が一斉に向けられた。

「初めまして、本日よりお世話になります。舞原氷雨です。よろしくお願いします」

 私の挨拶が終わると、室長の拍手を皮切りにまばらな拍手が起こった。

「ありがとう。それじゃ、室員を紹介するね」

 椅子から立ち上がり、室長は言った。紹介と言っていたが実際には苗字を教えてくれるのみだった。というのも、幡中さんから神野累の資料と一緒に室員のプロフィールも受け取っていたため、室員の名前は把握している。あとは顔と名前の一致さえできれば充分だった。

「まずは、岩倉いわくらさん」

 私から見て左側、手前に座っていた女性が「どうも」と言って会釈をした。

 岩倉理佐りさ。肩より少し下まで伸ばした若干ウェーブがかった黒髪。切れ長の目に漆黒の双眸。美人といって差し支えない顔立ちをしている。

「それで、岩倉さんの隣に座っているのが阿蒙あもう君」

「よろしくね、舞原さん」

 阿蒙隼人はやと。長身痩躯。整った顔立ちをしていながら、あどけない眼差しは親近感を覚えさせる。短く整えられた髪も相まっていかにも好青年といった出で立ちをしている。

「阿蒙君の向かいに座っているのが藍原あいはらさん」

「よ、よろしくお願いします」

 藍原由比ゆい。ショートカットの明るい茶髪。茶色の双眸。猫背に伏し目がちなせいで分かりづらいが、岩倉さんと遜色ない美人だ。

「これが異常犯罪対策室のメンバーだよ。改めて、これからよろしくね。舞原さん」

 

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