第29話 間接キス
メリーゴーランドに並んだ俺たちの手にはそれぞれ別の種類のチェロス。
その中で特別頭が抜けた俺のチェロスは3人の注目を浴びた。
「なんか祐希くんのチェロス大きくない……?」
「特大サイズ買ったからな」
「な、なんで……?あっ、もしかしてお腹すいてたの?それなら先に言ってよ〜」
「うんそう。お腹すいたの」
なぞに勘違いしてくれた瑞月の考えをそのまま突き通す俺は横目に美結を見やる。
その手にあるのは宣言した通りのチョコのチェロス。
サイズは他2人と同じサイズだが、一口も食べていないのを見るになにか考えがあるのだろう。
「お腹すいてるなら私のも食べる?抹茶味だけど」
「……あの瑞月が食料を分けてくれる……だと?」
「私のことなんだと思ってるの!」
「暴飲暴食」
「そんなに!?もしかして私太ってる……?」
「いや?痩せてる。ただ、いっぱい食べてる瑞月の姿が可愛いなって」
「…………絶対話し逸らしたよね。その言葉はありがたく受け取っとくけど」
「気のせいじゃないか?あ、ちなみにちゃんとそのチェロスは頂く」
「はいはい。タントお食べなさい〜」
若干頬を膨らませながらも、『可愛い』という言葉が嬉しいのだろう。
瑞月を横目に差し出されるチェロスに齧り付いた。
『間接キス』
一瞬そんな言葉が脳裏を過るが、俺と瑞月は彼氏と彼女。
間接キスをしたってなんらおかしなことはないし、誰かに見られた所で浮気にはならない。
「美味しい?」
「うん」
「じゃあ私も祐希くんの貰うね〜」
そうして瑞月は俺のチェロスに齧り付いた。
俺との間接キスなんて気にしない素振りで。
「ん〜!いちご味も良いね〜!」
「だろ?俺のチョイス」
「み、美結……!?いきなり怒りのオーラが……!?」
背後から匠海の忙しない声ととんでもない睨みが飛んできた気もするが、きっと気のせいだろう。
「それにしても、祐希くんとの間接キスなんて久しぶりにするなぁ」
「……気にしてたんだな……」
「当然でしょ〜?好きな人と間接キスして意識しないわけ無いじゃん〜」
「それも……そうか」
一瞬脳裏に過ったものの、あんまり意識をしていなかったというのが俺の本音。
多分、俺はもう瑞月のことを好きじゃないんだと思う。
完全に美結のことしか見てないんだと思う。
ふとそう思ってしまうほどに、今の俺の脳みそは美結のことしか考えてなく、どうやって間接キスをしようか悩んでいる。
「あ!もしかしてこの美味しさは祐希くんの唾液がかかってるから――」
「外で変なこと言うなバカ」
言葉を遮ってチョップをかます俺はいちご味のチェロスに齧り付く。
さすれば頬を膨らませた美結がこちらを見やり、
「……本当のことなのに」
「俺にそんな力はねーよ」
「好きな人の力はそれほどまでに強力なの!分かる!?」
「分からん」
「なんでよ!祐希くんは私の唾液が美味しくないって――」
「だから外だって」
もう一発チョップを食らわせてやった。
「ねぇ美結!祐希が意地悪してくる!」
「い、今のは瑞月が悪いんじゃない……?」
「私が言ってるのは事実なのに!?」
「……ごめん。私もそれはよくわかんない……」
「なんでよ!」
分かりやすく不貞腐れた瑞月はバクバクとチェロスを頬張り始めた。
そうしてメリーゴーランドからアナウンスが鳴る。
『足元に気をつけてください』だとかなんだとか言ってるが、今の俺にそんなものは関係ない。
なんたって、
「……これ、チェロス持って入れなくね?」
「「「あ」」」
3人の声が重なった。
俺の予想ではもっと並ぶと思っていたのだが、案外スラスラと進んだ。
予測できなかった俺が悪いと言えばそこまでなのだが、裏を返せばこれはチャンスとなる。
「ど、どうしよっか……」
瑞月の声がチェロスに吹きかけられる。
「1回出るか?」
匠海の意見が出る。
そんな意見に頷こうとする瑞月だが、呼吸を遮るように口を開いた。
「俺チェロス持っとくから乗ってきな?」
「ゆ、祐希くん?今は優しさはいいんだよ?」
「ここまで並んだんだから置くほうが勿体ないだろ?ってことでチェロス預かりまーす」
悠然と紡ぐ俺に、心底納得できなさそうに目を顰める瑞月。
「……祐希くんが行かないなら私だって行かないよ?」
「いや瑞月には入ってもらわなくちゃ困る」
「なんでよ……」
「だって写真撮れないじゃねーか。せっかく楽しくメリーゴランド乗ってる瑞月の写真取ろうと思ったのに」
「……写真?」
「思い出にひとつね。一緒に乗るのはまた今度来た時な?」
「……約束だよ」
「分かってる分かってる」
未だに納得がいってなさそうに目を細める瑞月だが、『思い出』という言葉に惹かれたのだろう。
その目とは裏腹に素直に差し出してくれるチェロスを受け取り、美結たちへと顔を向けた。
「そういうわけだから2人のやつも頂戴?」
「……祐希はそれでいいのか?なんだったら俺が持つ係やるけど――」
「それはダメだよ匠海。ジェットコースター乗れないんだからメリーゴーランド楽しんで来な?」
「…………俺の彼女がさっきから痛いとこついてくる……」
うぐっとまるで物理ダメージでも受けたかのように胸を抑える匠海も素直にチェロスを渡してくれた。
「んじゃ美結も」
「ん」
最後にひとくち食べてみたくなったのか。それとも俺に間接キスをさせたかったのだろうか。
やっと齧り跡が付いたチョコのチェロスを受け取った俺は、そそくさと列から外れた。
「次の方たちどうぞ〜」
小さな窓から顔を出したアトラクションキャストが赤色のボタンを押せば、目の前のフェンスが開かれる。
そうして前の人達が続々と進む中、未だに眉間にシワを寄せた瑞月が紡いでくる。
「今一枚取って!」
「はいよ」
片手にチェロス4本を束ねた俺はポケットからスマホを取り出す。
既読を付けていなかったからか、すっごい量の通知が溜まってるのに苦笑を浮かべながらもカメラを起動する。
「瑞月?もっとはにかんだ方が可愛いぞ?」
「ふへっ、知ってる〜」
刹那に柔らかくなるその頬と共に俺はシャッター音を鳴らした。
我ながらに良い写真が撮れたと思う。
3人の笑顔の真ん中にいる瑞月はこの世のものと思えないほどに頬を緩ませているが、それでも良い写真だ。
「グルチャ送っとくわ」
「ありがとー!」
スマホを片手に手を振ってやれば、柵を潜り抜けていく瑞月の声が響く。
「……さて」
そうして言葉を零す。
チョコのチェロスを見下ろしながら。
「あ、ごめんね。ちょうどさっきの男の子で満員になっちゃったんだ」
不意に聞こえてくるのは先ほどのアトラクションキャストの声。
齧りつこうとしていた口を慌てて閉じてそちらを見やれば、フェンスの前で苦笑を浮かべている美結の姿が目に入った。
「えーっと……分かりました」
小さく頭を下げた美結はフェンス内に入った匠海に目を向け、手を合わせる。
『ごめん』
口パクだったが、横顔しか見えない俺でも分かってしまった。
瞬間、匠海の悲しげな瞳が美結に向けられたが、板しかないと言わんばかりに肩を竦めて瑞月と一緒に歩いていった。
「……まぁ、結果オーライか……?」
「かもね……」
苦笑を向け合う中、列から抜け出した美結は俺の隣に立つ。
「意図してなかったんだけど……これも運命かな……?」
「ものは言いようだな」
「別にいいじゃん……!こうして2人っきりになれたんだし」
「それもそっか。んじゃチェロス2つ持ってくれ」
「分かりましたよーだ」
頬を膨らませてぷいっとそっぽを向く美結だが、チェロスは素直に持ってくれるらしい。
ノールックで俺の手からチョコとシナモンのチェロスを手に取り、そしてチョコのチェロスに齧り付いた。
「俺まだチョコ味食ってないんだけど……」
「知ってる。だから私の旨味を上乗せしてあげてるの」
「……さっき瑞月が言ってた『好きな人の力』ってやつか?」
「そうそう。だから祐希もそのチェロスに齧り付いて?」
「…………あいよ」
変な迷信を信じるなよと言いたいところだが、正直その迷信に興味を持ってしまっている自分がいる。
「あ、まふぁるみふぁいだよ?」
「ん?うん」
多分『回るみたいだよ』と言いたかったのだろう。
現に、音楽が鳴り始めたメリーゴーランドはやおらに回り始めていた。
「祐希くーん!写真撮ってねー!!」
白馬に乗った少女から聞こえる言葉が羞恥心を生ませるが、首を横に振ることのできない俺は素直に頷いた。
「あ、匠海も撮っとく?」
「いや俺はいい。……はずいし」
「それもそっか。それじゃあ楽しんでおいで〜」
「……はい」
見るからに頬を赤らめている匠海は端っこの茶色い馬に乗っている。
恥ずかしいならもっと中心に乗ればいいのにとも思うが、少しでも美結と会話がしたいのだろう。
――でも残念。
2人の姿が見えなくなった途端、匠海に向けていた笑みを消し去った美結は、俺の手にあるいちごのチェロスに齧り付いた。
「ん、おいひい」
「分かる。いちごも悪くないよな」
「いや違う。好きな人の旨味が美味しい」
どうやら美結は瑞月に似て結構変態なのかもしれない。
というか羞恥心がないのかもしれない。
頬を緩ませながら紡ぐ美結に思わずじと目を向けてしまう俺は、美結の手にある黒のチェロスに齧り付いた。
「ん!まだ許可ひてないのに!」
「ひるかよ」
「ふーん?そんなほと言っひゃうんだ」
「うん。言う」
細める目に反し、咀嚼しながら甘えるように肩をくっつけてくる美結。
「ふーん?折角こうして2人きりになれたのに、私とイチャつきたくないんだ?」
「別にそこまでは言ってねーよ。というか今現在進行系でイチャついてるし」
「これは私から求めてるだけじゃん?私は祐希からも求められたいの」
「……チェロスを食べる以外に?」
「チェロスを食べる以外に」
「無理難題だろ……」
「祐希ならいけるよ。私応援してるから」
フンスと謎に鼻を鳴らす美結。
だが、どうしたものか。
もう少しすればメリーゴーランドは1周を回り、俺たちの前には再度瑞月たちの姿が現れる。
それを考慮するならばイチャつかないほうがいいんだが……
「ねぇまだ?」
「…………分かった。ちょっと目瞑れ」
好きな人に上目遣いに求められてしまえば、断ることもできずにそう指図した。
「ま、まさかここでするの……?結構大胆だね……」
その言葉に反し、思わず『うー』とくちにしてしまうのではないか?と思うほどに突き出してる美結の唇。
だが残念。今から俺がするのはそんなに大胆なものじゃない。
「――うにゅ」
そんな情けない声が飛び出るのは美結の口から
――パシャリ
そんなシャッター音が聞こえるのは俺の手から。
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