第27話 怖いもの知らず

「来るの早すぎたか……?」

「かもね」


 駅前の時計台に目を向けてみれば、針が示すのは8時40分。


 あまりの寝心地に遅刻しそうだったのだが、10分置きにセットしておいたアラームが功を奏した。


「手でも繋ぐ?」


 不意に言葉を紡ぐ美結は手の甲を突く。


「ここでするのは流石に危険すぎねーか……?」

「いいじゃん。来る前に離せばいいの」

「別にいいんだけどさぁ……」


 美結もそうだが、俺も感情の蛇口が捻られてるのだと思う。


 現に、小さくため息を吐きながらも、美結の手をしっかりと掴んだ。


「私が言うのも何だけど、祐希って怖い物知らずだよね」

「ほんとになんで美結が言うんだよ。俺は致し方なーくやってるんだぞ?」

「……致し方なく?」

「うん。美結にしたいって言われてるからしてるだけ」

「ふーーん?そんなこと言っちゃうんだ?」


 睨みを浮かべた美結はふいっと顔を逸らす。

 そして指を絡ませた手を広げ、


「そんなこと言っちゃうなら離れちゃうよ?」


 なんて言いながらもその指が離れることはない。


「離れないのか?」

「……祐希が私の手を握ってるのよ……」

「脅し文句が弱すぎるだろ。もっと頭捻ってから挑みな」

「…………絶対『離れたくない!』って言わすから……」

「どーぞどーぞ。というか別に強制されなくても言うけど?美結のそばにずっと居たいのは事実だし」

「私は嫉妬とともに言ってほしいの……!」

「はぁ……。注文が多いな……」


 再度手を握り直した美結はブンブンとこの手を振り回す。


 そうこうしている間にも、遠くから瑞月の姿が見えた。


「そろそろ終わり?」

「そろそろ終わりだな」

「あとどれぐらい?」

「んーどれぐらいだろうな」

「そういうところはっきりしないよねぇ〜」


 適当な言葉を並べて手を繋ぐ時間を伸ばすのはどちらからともなく。


 瑞月からは見えないように手と手の前に体を出し、背中の後ろで力を入れる。


「あれ?2人とも早いね」


 瑞月の声が数メートル先から聞こえる。


 ――まだ


「楽しみすぎて早起きしちゃった」


 美結がはにかみながら言葉を返す。


 ――まだまだ


「私が驚きたいのは朝が天敵の祐希がここにいることなんだけどね……」

「俺だって起きる時は起きる」

「さすがは私の彼氏っ!」

「だろ?」


 美結が目の前で足を止めた。


 ――そして手を離した。


 物足りなさを胸に秘めながら。


「そういえば匠海はまだ来てないの?」

「うん来てない。そもそも私の彼氏が集合時間より前に来たことなんてないよ……?」

「え、できない男じゃん」

「集合時間ピッタリに来るからいいんだけどね……」


 思わず苦笑を浮かべてしまう美結なんて他所に、「ふーん?」と鼻を鳴らした瑞月は不意に俺の腕にしがみついた。


「やっぱり私の彼氏はできる彼氏だぁ〜」

「その言葉は嬉しいけど……一応匠海の彼女が目の前にいるだぞ?」

「あ、そうだった。もちろん匠海くんも良い男だよ?」

「もう遅いだろ……」


 美結に釣られるように苦笑いを浮かべた俺も瑞月のことを見下ろす。


 さすればにへへと気にしてないと言わんばかりに笑みを浮かべてくる。


「楽しみだね?今日」

「そんなにか?」

「そんなにだよ!だって久しぶりのダブルデートなんだよ?楽しみすぎて昨日なかなか寝れなかったんだよ!?」

「ちなみに何時に寝たん?」

「確か……1時ぐらい?」

「よく起きれたな……」

「すごいでしょ!」

「すごいすごい」


 もっと褒めろと言わんばかりにグリグリとお腹におでこを押し当ててくる瑞月。


 けれど、その動きは突然ピタリと止まった。


「……なんか、祐希のいたるところから美結の匂いがするような……」

「え?ほんと?それ」


 真っ先に口を切ったのは美結。

 眉間にシワを寄せる瑞月の隣に立ち、腰をかがめたと思えば「どの辺り?」と聞く始末。


(……わっかりやすいなぁ……)


 瑞月に指さされた箇所に目を向けた美結は、服を手にとって己の鼻に当てた。


「その辺りが1番美結の匂いする」

「自分の匂いだから分かんないかも……」


 なんてことを紡ぎながらも鼻を退けることをしない美結。


 そんな美結に思わず苦笑を漏らしてしまう俺は、肩を竦めて口を開く。


「一緒に洗濯回してるからついたんだろ」

「え?一緒に回してるの?」

「分けるのはめんどくさいし、節約したいし。って母さんが」

「……美結は嫌じゃないの?それ」

「え?別に嫌じゃないよ?祐希に下着見られるわけじゃないし」

「それでもじゃん……!」


 謎に頬を膨らませた瑞月はグググッと俺の腕に力を込める。


 そんな中、俺は心のなかで小さなため息を吐いた。


 というのも、遡るのは家を出る前。

 母さんたちが見ていないのを理由に、『エネルギーちゅーにゅー』って言いながら抱きついてきた美結。


 それ以降抱きつけないことを考えた俺も、その美結を離すことはなく抱きついていたわけなんだが……まさか匂いがついたとはな。


 瑞月から逃げるように視線を時計台へと向けた俺は――


「――なにしてんだ?お前ら」


 突然視界に現れた匠海と目が合った。


「え?祐希の服に私の匂いがついてるらしいから嗅いでた」

「……自分の匂いを?」

「うん。けどわかんない」

「だろうな……」


 やっと俺の服から手を離してくれた美結は腰を上げ、匠海の隣につく。


「それで原因はなんだったんだ?」

「祐希いわく、一緒に洗濯機回してるからなんだってさ」

「……え、一緒に回してんの?」

「うん。分けるのもめんどくさいし、節約したいし。って祐希のお母さんが」

「はぁ……。美結は嫌じゃないのか?」

「嫌じゃないよ。祐希に下着見られるわけじゃないし――ってこの会話2回目ー!」

「え、そうなん?」


 結局最後まで言いきった美結がツッコミを入れる。

 さすれば首を傾げた匠海が俺を見やり、


「うん2回目。ちょうどさっき瑞月と美結が同じこと話してた」

「それは……なんかすまん」

「いいよいいよ。それにしても今日は早かったね?」


 話を逸らすように口を開いた美結は時計台を見る。


 俺も続けて見やれば、針が示すのは8時55分の場所。


「ふっ」

「おい瑞月、今笑ったよな?」

「気のせい気のせい。けど、これで早いのかぁって思っちゃった」

「嘲笑ってんじゃねーか……!」


「ふふふ〜ん」と笑みと鼻を鳴らす瑞月は身を守るように俺の背後に回る。


 さすればこの状況を見兼ねた美結が匠海の手に指を絡め、


「いつもより早いだけでも嬉しいよ?だから気にしないで」


 果たしてこれはお世辞なのか、はたまた本音なのか。


 俺には分かりかねないが、言われた本人の匠海はその言葉に救われたらしい。


「やっぱ美結が1番だよ……!早起きして正解だった……!!」

「偉い偉い。早起きしてほんっと偉い」


 目を閉じれば小さな子供に励ましの言葉をかけるお姉さんなのだが、生憎今目の前にいるのは高校生2人。


 それに頭を撫でるのは女子で、慰められているのは男子。


「……普通逆じゃない……?」

「それは思う。けどいいんじゃね?本人は楽しそうだし」

「それもそっか」


『優越感に浸れるから』なんてことは当然言えるわけもなく、ただ2人を見守り続けた。

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