第15話 隙間から見える2人

「この期に及んでなんで俺に頼むんだよ……!」


 急いで匠海の日直の仕事を終わらせてきた俺は肩を揺らしながら保健室に入り込む。


「あっ、やっと来た」

「すまん……。先生にも色々言われて……」

「んーん。全然大丈夫。というか遅れて来てくれてよかったかも?」

「……ん?どゆことだ?てか匠海は……?」


 辺りを見渡しても匠海の姿はどこにもない。


 俺の記憶が正しければ瑞月と一緒にこの保健室に向かったはずなのだが……。


「匠海くんならそのカーテンの中にいるよ」


 嫌に落ち着いた声とともにそのカーテンに指をさす瑞月。


 そんな指に釣られるようにカーテンに目を向けた俺は――


(――っ!)


 言葉を詰まらせてしまった。


 中にいる2は気づいていないのだろう。

 薄く開いたそのカーテンの隙間に。


「幸せそうだね」

「…………だな」


 カーテンの隙間から見えるのは、力強く抱きしめ合っている2人の姿。


 カッターシャツにできるシワなんて気にせず、ただ求め合うように抱きしめ合っている。


「あ、コラ。見ないの」


 先生の言葉が開いていた隙間を閉ざす。


「えーいいじゃないですか〜」

「『いいじゃないですか』じゃないわよ。2人の時間を覗き見するなんて野暮よ」

「それもそうですけど……やっぱり幸せな姿は視界に収めたいじゃないですか?」

「ダメよ。幸せは2人のもの」

「ケチですね……」

「ケチでいいわよ」


 隣でぷくーっと頬を膨らませる瑞月なのだが、俺の心情は今それどころではなかった。


「…………帰るか。瑞月」

「え?帰るの?」


 今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。


「2人の邪魔したら悪いしな……」

「で、でも『大丈夫?』ぐらいは言ったほうが……」

「家でも会えるから今はいいよ。あ、瑞月が残りたかったら全然残ってくれても構わんぞ?」

「……だったら祐希くん帰るでしょ……?」

「まぁ、そうなるな」


 そんな俺の言葉に、シュンと顔を落とした瑞月はやおらに口を開く。


「…………どうして帰るの?」

「え?さっきも言ったけど――」

「ダメ。そんな理由じゃ帰さない。多分だけど美結は祐希くんにも心配してほしいはずだよ?」

「……んなことねーだろ」


 バッと顔を上げた瑞月は一歩歩み寄り、ズイッと顔を近づけてくる。


「そんな事ある!私だったらみんなに心配してほしいもん!」

「……ただ瑞月が欲張りなだけではなく……?」

「美結も欲張りだから!」

「はぁ……」


 小さくため息を吐く俺はチラッとカーテンを見る。


(……やっぱりあくまでも『友達』……か)


 昨日も一昨日もあんな事しておいて、やっぱり好きなのは匠海らしい。


 あれだけ力強く抱きしめていたら嫌でも分かる。

 昨日の俺としたハグがだったということが。


「とりあえず祐希くんは帰らせないから!もちろん私も帰らない!」

「この世には力の差というものがあってだな?瑞月の握力ぐらい簡単に――」

「……もし強引に帰ったら明日、授業中に抱きつくから」

「…………はい。帰りません」


 羞恥心の欠片もないこいつの手札は強すぎると思う。


 嫌になる感情をグッと殺した俺はソファーにカバンを置き、背もたれに手をついた。


「物わかりが良い彼氏でよかった」

「ほぼ脅しみたいなもんだけどな……?」

「友達のためなら手段は選ばないから」

「……俺が言うのもなんだが、あんまり友達に徹しすぎない方がいいぞ……」

「え?どうして?」

「……優先順位を間違えると別れる……からかな?」


 美結と付き合ってる時、俺はどちらかといえば友達を優先していた。


 理由なんてトロッコ問題と似たようなもの。

 たった1人の彼女を選ぶか、人数が多い友だちを選ぶか。


 その時、俺は数の方が大切だったから友達を選んでしまった。

 ……そして、美結も友達を選んでしまったから、己のあやまちに気づくこともなく自然消滅に……。


「それ、美結も似たようなこと言ってた」

「……祐希が?」

「うん。というか祐希くんもその場にいたよ?美結が『彼氏から顔を逸らすのはやめた方がいいよ』って言ったの覚えてない?」

「あー……言ってたな。けど、それとこれが似たようなことか……?」

「あの時美結が浮かべてた顔と、今祐希くんが浮かべてる顔が似てるからかな?そう思っちゃった」

「……似てるか……?」

「似てる!」


 大きく縦に顔を振る瑞月は満面の笑みで言葉を続けてくる。


「そして言うけど、私!友達も彼氏も手放すつもりは無いから!」

「……んな堂々と宣言しなくてもな……」

「だって2人して私が祐希くんを手放すみたいに言ってくるんだよ?というか彼氏本人から聞きたくなかったし……!!」

「……ごめん」

「別にいいんだけどさ!私の愛を再度確認できたのなら!!」

「はい。できました」

「ならよろしい!」


 ふんっ!と腰に手を当てて言う瑞月はなんともまぁご満悦の様子。


 そして、そんな瑞月に心が安らんでしまう俺はふっと笑みを浮かべた。


「あっ、もしかしてハグしたくなった?」

「……それはなってない」

「なんで!?」

「人前でするかっての」


 目をかっぴらく瑞月に苦笑交じりに言葉を返した俺はソファーに腰を下ろし――保健室の先生と目が合った。


「ど、どうしました……?」

「ん?いや、なんでもないよ」

「……そっすか……」


 些か疑問が残る言葉だったが、閉まっていたカーテンから匠海が姿を表したことによって疑問は消え失せる。


「おっ、祐希来てたんだ」

「……日直の仕事頼みやがって……」

「ごめんって。彼女が倒れたら誰だって心配するだろ?あと、俺の人脈的に頼めるの祐希だけだし……」

「おーっと。うん、だな。これからも俺を頼ってくれ」


 分かりやすく顔を落とした匠海に慌てて腰を上げた俺はその背中を擦る。


「匠海も祐希くんみたいにコミュ強になればいいのに」

「……なれるならなってるわ……!」

「なんでならないの?」

「…………なんか、だから……?」

「そんな簡単に裏切られないって〜」


 ……匠海の言葉が心に突き刺さったのは俺だけなのだろうか。

 このカーテンの中にいる少女は、どう思ってるのだろうか。


 全神経に張り巡らされる罪悪感は擦っていた手を止め、流し目にカーテンを見る。


「祐希くん?どうかした?」

「派手にコケたのに痛くないのかなーって思ってさ。もし痛かったら着替え難いじゃん?」

「あー確かに!見てこよっか?」

「頼むわ――」

「大丈夫!どこも痛くない!」


 適当に並べた嘘を真に受けた瑞月がカーテンを握れば、中から聞こえてくるのは叫びに近い声。


「我慢してない?大丈夫?」

「大丈夫!ありがとう瑞月!」

「一応心配したのは祐希くんなんだけど……大丈夫ならいっか?」

「だな」


 パッとカーテンから手を離した瑞月が紡ぐ言葉に対して肯定を入れた俺は、再度匠海の背中を擦った。


「まぁとりあえず、頼りたくなったら何でも言ってくれていいからな?友達……じゃなくて親友だろ?」

「そこ言い淀むのどうなんだ……?」

「ごめんごめん」


 正直親友と言って良いのかもわからないが、苦笑を浮かべながら手を合わせた俺に、匠海はしっかりと瞳を見つめながら言ってくる。


「やっぱり祐希は良い男だな。俺なんかに話しかけてきてくれてありがとう」

「俺のモットーは『誰分け隔てなく』だからな。あとシンプルに匠海といるの楽しいし」

「祐希……!俺、一生祐希の友達でいるわ……!!」

「存分に友達でいてくれ!そしてなんでも頼ってくれ!」

「おう!」


 謎のハイタッチをして友情を確かめ合う俺たちはニカッとはにかんだ。


 ――その奥で、俺は罪悪感が浄化されるのを感じていた。


「男子ってほんとわからないです……。先生……」

「ん〜そうねぇ。これはだいぶ複雑だけど、色々と理由を知ってたら分かりやすい方ねぇ〜」

「……理由ですか……?」

「うん。木内さんはその理由を知らないほうが良いと思うけどねぇ」

「そう……ですか……。男子って難しいんですね……」

「そうねぇ〜」


 背後から聞こえる会話なんて、罪悪感を浄化しようと一生懸命の俺に届くことはなく、不意にカーテンが開かれた。




「……2人してなにしてんの……?」


 本当に痛みはないのだろう。そこに立っているのは白いカッターシャツを身に纏った少女。


「友情を確かめあってる!」


 いつになく元気の良い匠海が答えれば、細い目を浮かべる美結は掴み合った手を見下ろしながら、


「よかったね」


 一言だけ紡いで瑞月の方へと歩いていった。


「……なんか俺の彼女冷たくね……?」

「知らねーよ。さっきまで抱きついてた匠海のほうが絶対詳しいだろ」

「は!?見てたのか!?」

「カーテン締め切ってなかったからな」

「……嘘だろ……」


 へにょへにょと手から力が抜けていく匠海は顔を真っ赤にし、瑞月と話し込む美結に目を向けた。


「……美結には言わない方がいいよな……?」

「だな。知らない方がいい真実だってあるわけだし」

「…………ちなみに瑞月も見た?」

「うん。なんなら俺よりも」

「なんで言わなかったんだよ……!!」

「あれに関しては気づかなかったほうが悪いぞ」


「クソ……!」と心底恥ずかしそうにそっぽを向いた匠海は手を離し、美結の方へと歩いていく。


「言うのか?」

「言わねーよ!」


 振り返りざまに言った匠海は羞恥心を飛ばすためにパンっと頬を叩く。


 そんな音に肩を飛び跳ねさせた美結と瑞月は細めた目で匠海を見やり、


「……いきなり大きい音出すから友達できないんだよ?匠海くん……」

「……のがなかったら許してないから」

「え、」


 2人から罵られる匠海は足を止め、助けを求めるようにこちらを振り返る。


「……俺に助け求めんじゃねーよ……」

「さっき『なんでも頼ってくれ』って言ったくね!?」

「…………匠海も色んな葛藤があったらしい。許してやってくれ……」


 睨みを浮かべる俺は匠海の隣に立ち、頭を下げる。


「祐希くん!?なに!?匠海くんに脅されてるの!?だったら私が今すぐ匠海くんをボコボコにするけど!!」

「してねーよ!祐希が自分から言ったんだって!」

「祐希くんが!?匠海くんなんかに!?」

「なんかにってなんだよ!俺たち親友なんだぜ!?」

「私の彼氏に頭を下げさせるのとそれは関係ないです!!」


 頭上で繰り広げられる言い合いは両者とも一歩も譲らない。


 各々俺のことを大切に思ってくれてるからこその言い合いなんだろうが……この言い合いに美結が参加してないことが少し、心残りになってたりもする……。


 これが傲慢だってことは分かる。

 欲しすぎだということぐらい分かってる。


 ……けど、少しぐらい会話に参加してくれてもいいんじゃねーか?

 …………少しぐらい、くれてもいいんじゃねーか?


「とりあえず祐希くん!頭上げて!何でも許すから!!」

「お、おう……」


 瑞月によって強引に上げられる頭はいつもの位置に戻る。

 そして横目に美結を見やれば、やっぱり俺の顔は見ていない。


(まぁ……そうだよな。俺たちは『元』の関係なんだし)


 心の中のなにかが欠けた気がした。

 もしかしたら、という淡い期待が完全に崩れ落ちた気がした。


「祐希くん!もし匠海くんに脅迫されてたらいつでも言ってね!ナイフ持ってくるから」

「おい目がガチじゃねーか!てか脅すことなんてねーよ!」

「ふーん」

「信じろって!!」


 欠けたものを拾い上げることはなく、そのものから目を逸らすように、未だに言い合う少年少女に瞳を向けた。


「分かった。脅されたら言うわ」


「祐希くん!」

「祐希!?」


 2人の声がハモる中、ただ1人の少女だけがこの会話に加わらない。


 理由なんて超能力者でもない俺には分からない。

 けれど、これだけは言えた。


 ――もう、俺たちが一線を越えることはないだろう

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