第13話 もどかしい……

 ……それからの私は、正直言って散々だった。


 中学の頃までは一応バスケをやっていたというのに、スリーどころかレイアップをすべて外し、パスを回すどころかドリブルをつま先に当ててしまう始末。


 チームメイトからの阿鼻叫喚は幾度となく耳に入れたし、瑞月の「大丈夫?」という言葉も何度も降り注いだ。


「あー……。今日の私はダメだぁ……」


 数試合が終わり、体力的にも限界を迎えた私は体育館の壁で項垂れていた。


「そういう日だってある!気にしないよ!」


 そんな私に明るく声をかけてくれるのは、大切な友達である瑞月。


 私がなにをしているのかを知らないとはいえ、こんなにしょげている私の傍にいてくれるのは瑞月だけだ。


「バスケで輝けないなら私になにがあるっていうのよぉ……」

「可愛さがある!あとは勉強だとか優しさだとか!」

「みずきぃ……」


 ギュッと瑞月に抱きつけば、優しく頭を撫でくれる。


「私にも、もうダメだぁって日があるから分かるよ〜」

「うん……」

「祐希くんと喧嘩した時なんて、『死んでやる〜』なてことも思ったんだよ?」

「……死なないで」

「安心して?瑞月と祐希くんが居る限り私はくたばらないから!」

「よかった……」


 グリグリとおでこを押し当てる私に、力強く言ってくれる瑞月。


 やっぱり瑞月は優しい。

 私なんかよりもよっぽど。

 付き合って当然と思ってしまうほど。


「ごめんねぇ……みずきぃ……」

「え?う、うん……?全然大丈夫だけど……なんでいきなり?」

「謝りたくなったの……」

「そ、そっか。うん!全然大丈夫!!」


 私の謝罪に一体どんな意味が含まれているのか、瑞月は深くは知らないのだろう。

 ……いや、知る余地もないのだろう。


 若干薄まる罪悪感に包まれながら、未だにおでこを押し当てる。

 そんな私のもとに、コロコロと音を立てながらやってきたのは茶色いボール。


「あっ、祐希くん!」


 私と話していたときよりも数倍明るくなったその声は私の背後に飛ばされる。


 続くように顔を上げてみれば、そこにいるのはボールを拾い上げようとしながら「よっ」と片手を上げる祐希の姿。


「珍しく疲れてんな?」

「珍しくってなに!?いつも頑張ってるんですけど〜!」

「いやいつもは美結に任せっぱなしで――ってこっちも疲れてそうだな……」


 チラッと私に視線を落としてくる祐希の顔には苦笑。


(……やっぱり分かってない)


 ひとりでに不貞腐れる私なんて他所に、未だに頭を撫でてくれる瑞月が紡ぐ。


「なんか色々あったらしくてね?バスケ以外でも疲れてるらしいの」

「……色々あった?」

「らしいよ?まぁ?祐希くんには教えないけどね!」

「……なんでだよ」

「だって美結の1番のお友達じゃないからね〜!」

「いやまぁ別にいいんだけどさ……」


 ギュッと守るように私を抱き寄せる瑞月はふいっと祐希から顔を逸らす。


 どうやら瑞月は彼氏よりも友達を優先してくれるらしい。

 友達からしたらすっごい嬉しいけど……中学のことを経験した私から言わせてみれば、その考え方はやめたほうがいい。


 フッと笑みを浮かべた私は、そっと瑞月の腕に触れて紡ぐ。


「ありがとね。でも、彼氏から顔を逸らすのはやめた方がいいよ」

「だって祐希くん鈍感なんだもん〜」

「おい結構察し良い方だぞ」

「嘘つきぃ〜。私の気持ちに感づくるのに時間かけたくせに〜」

「あれは……まぁ、色々あるんだよ……」

「ふーん!色々あるからって言い訳なんて言っちゃうんだー!」


 ツーンっと目を閉じた瑞月はこれみよがしに顔を逸らす。


 ……そんな状況を良いことに、私たちはジッと視線を交差させた。


 もちろんジェスチャーもなければ会話もない。

 私たちはただ、瑞月を見るわけでもなく、ボールを見るわけでもなく、お互いの瞳を見つめ合う。


「別に言い訳じゃないんだけどな……」


 この見つめ合う瞳になにか別の意図があるとすれば、それは『心配』だろう。


 祐希は私の未練なんてなにも分かっていない。

 だから、眉根を伏せてこちらを眺めている。


「……うん、瑞月の言う通り。祐希は鈍感だよ」

「でしょ!」


 ふんっと瑞月と同じように顔を逸らした私は横目に祐希からボールを取り上げ、それを投げつける。


「……なんだ?俺なんかしたか?」

「日頃からの積み重ねですー!チリツモですチリツモ!!」

「チリツモ……ねぇ?」


 そうなのか?とお腹でしっかりとボールを抱え込む祐希が目だけで訴えてくるが、再度ふんっと顔を逸らした私は当然無視。


「乙女心ってむずいな……」

「そだよ!難しいんだよ!だから祐希くんは私のことを褒め続ければ良いの!」

「はぁ……。また後でな」

「うーっわ!そうやって呆れるからダメなんだよ!」

「ごめんごめん。ちゃんと後で褒めるから」


 最後の最後まであしらうように言葉を返す祐希は遠くから匠海の声がするからか、そそくさと腰を上げて去っていく。


「祐希くんに察し能力があったら完璧なんだけどなぁ……」


 ふと頭上から溢れる言葉に、思わず苦笑を浮かべてしまう。


「そうだね。でも、ちゃんと口にしなくちゃ続かないよ?」

「分かってるけどさぁ……。というか私、結構直接言ってるんだけどね……!!」

「それは……まぁ、そうね」


 過去の私とは違って、瑞月はすぐに思ったことを口にしている。


 それが祐希を傷つけてしまうような内容であっても、喧嘩にもつれてしまいそうな言葉であっても、大体は口にする。


(……やっぱり、祐希も素直な子のほうが良いよね……)


 今の自分に嫌気が差す。

 過去の経験で分かってるのに。瑞月に忠告できるほど、理解してるのに。


 私はなにも言えていない。

 中学生の時もそうだし、昨日だって祐希を褒めてやれなかった。


「美結も私と同じで結構。『カッコイ〜』とか『好き〜』とか」

「素直に言うことが続く秘訣だからね」


 ……やっぱり自分に嫌気が差す。


 どうして瑞月にも匠海にも自分の感情を素直に言えるのに、祐希にだけは言えないのだろう。

 どうして祐希を前にしたら素直になれないのだろう。


 ……その理由なんて、単純明快。

 私たちはを保ってるから。


『キス』が一線を越えるように、言葉もその一線を越えてしまう。

 現に昨日、祐希の『だった』という言葉がなかったら私の中のタガが外れていたはずだ。


 果たして祐希が私と同じなのかはわからない。

 けど、少なくとも私はそうだから言わない。……いや、自重して言えない。


「み、美結?どしたの?」


 不意に体を丸める私に心配する声をかけてくれる瑞月。


「……もどかしい……」

「も、もどか……?え?もどかしい?」

「やりたいことができないってもどかしい……!」

「あっ、もしかして特殊性癖があって、それができなくて悩んでるの?」

「………………ちがう」


 どう思い至ったらその答えに辿り着くのやら。


 思わずジト目を向けてしまう私なんて他所に、「ハズレたか」と悔しげに歯を食いしばる瑞月。


「……とりあえず、そろそろあっちの試合も終わるし行こ」

「そだね!祐希くんも拝めて体力満タンだし!」

「……良かったですね……」


 床に手を付けて立ち上がる私を隣に、祐希を見つめながら頬を緩ませる瑞月。


 先程までツーンと顔を逸らしていたのは一体何だったのかと思うのだけれど、幸せなのならそれに越したことはない。


「美結ちゃんは相変わらず悩んでそうだけど……大丈夫?」

「うん。私も拝んだし」

「あ、ほんとじゃん。匠海くん試合してるじゃん」

「……ほんっと祐希のことしか見てないね」

「大好きだからねぇ〜!」


 これまた幸せそうに頬を緩ませる瑞月から、得点板へと向かう私はスッと匠海の方へと視線を向け――


「――え、」


 突然浮遊感に包まれた。

 ゆっくりになった視界の端には横向きになる瑞月の見開いた目。

 視界のど真ん中にはバレーボールが挟まった天井。


 一体何が起きたのか。

 そんなのは、今の私にはなにも分からなかった。


 ――ドンッ


 鈍い音が体育館に響き渡った。


 きっと、いつもの私なら受け身を……そもそも、こんな状況になることはなかったはずだ。


「美結!!」


 パチクリと瞬きする私に顔を覗かせてくるのは瑞月。

 どうしょうもなく見開いた瞳からは懸念が感じられる。


「大丈夫!?起き上がれる!?」

「え?うん。大丈夫……だよ?」


 そんな懸念なんてあしらうように立ち上がって見せる私に、わらわらと集まってくる生徒たち。


「どこも痛くない!?保健室行く!?」

「どこも痛くないし、そんな大げさなことじゃ――」

「あんな盛大に転んでなにもないわけ無いじゃん!先生!保健室行きます!!」

「おう。行って来い」

「え、いや本当に大丈夫――」

「本人は大丈夫かもしれないけど私は心配!!」


 すっかり静まり返った体育館内で響く瑞月の言葉。

 隣のコートにいた男子までもがこちらを見る中、キザなセリフを吐く瑞月に羞恥心なんてないのだろう。


 ギュッと私の手首を握った瑞月はドシドシと音を立てながら出口へと歩いていく。


「ほ、ほんとになにもないよ……?頭は打ったけどさ……」

「頭打ってるなら尚更じゃん!たんこぶできてたらどうするの!」

「冷やせば――」

「そう!今から冷やしに行くの!けが人は黙ってついてくる!!」

「は、はい……」


 杞憂だと言わんばかりに言葉を返し続ける私だけれど、聞く耳を持ってくれない瑞月と私は体育館を後にした。

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