車輪の宴と番の祝福

小紫-こむらさきー

車輪の宴と番の祝福

「うーん、どうしようかな。これだと可愛らしすぎるかなぁ」


 自室に籠もり、柔らかい木の板を耳の形に沿って削り、彼のイメージに合わせて金色の細いチェーンを使ったところまでは上手くいったと思う。それから薔薇モチーフの飾りを付けて……とここでいつも悩んでしまう。悩んでいると濃淡が様々な小指の先ほどの薔薇が零れ落ちてきて机を埋めていた。


「ジュジ、いいか?」


「カティーア、どうしたんですか?」


 控えめなノックの後に顔を出したのは最愛の人。太陽から紡いだみたいな金色の髪は緩い癖っ毛で外側にはねている。涼しげで切れ長の目を細めた彼の瞳は柘榴の実みたいに綺麗な赤色をしている。そんな彼の瞳の中心にある針みたいに細長かった瞳孔が丸みを帯びて、薄い唇が孤を描き優しげな微笑みを作る。


銀降の月冬の盛りが終わる頃、不思議ないちが開かれるんだ。一緒に行かないか?」 


「不思議な市場、ですか?」


 そういえば、最近はそういう不思議な場所へ出掛けることなんてなかったなと振り返る。そもそも一年以上も私は眠りについていたようなものだから最近もなにもないかもしれないのだけれど。


「百年に一度くらいの頻度でこの時期に開かれる隣人妖精たちの祭りのようなものだ。面白いものも多いからお前も気に入ると思ったんだ」


 迎寒祭サマインに渡そうと思っていた作りかけのアクセサリーも出来なかったな。いつ渡そう……カティーアの話を聞きながらそんなことを考えていると、彼は私が気乗りしていないと勘違いしたのか、少し伏し目がちになりながら言葉を続ける。


「今年は開かれるんだとプーカが言っていたが……気乗りしないのなら無理にとは言わない」


「いえ、ちょっと別のことを考えていて……ごめんなさい。その、私みたいな何も知らない人間が参加しても大丈夫なものなんですか?」


隣人妖精が見えるやつらなら、人間でも参加するものはいる。獣人やヒト族はめったに見掛けないが、耳長族なんかはたまに見掛けたな」


 慌てて考え事をしていたことを謝って、気になっていることを聞いてみる。基本的に妖精……隣人と呼ばれている存在は何も知らない人間達が自分の領域へ入ってくることを好んでいない場合がある。きっと彼が誘うのだから大丈夫だろうとは思いながら聞いてみると、思ったよりも開かれた催しみたいだった。


「行ってみたいです」


「決まりだな。じゃあ、また後日声をかける」


 小さくて鋭い犬歯を見せて笑顔になったカティーアはそういうと私の頬にそっと軽くキスをして部屋から出て行こうとする。机の上に散らばっている薔薇を見られちゃったかな? と少しどぎまぎしながら彼を見送ろうとしていると、カティーアは立ち止まって振り返った。


「ああ、そうだ。なんの作業をしているのかわからないが、根を詰めすぎるなよ。あと、寂しいから少しは俺に構ってくれ」


 眉尻を下げながら笑った彼は、それだけ言ってもう一度背を向ける。そんな彼の肩へ、私は思わず両腕を伸ばして背中から抱きしめた。


「すみません……。根を詰めすぎないようにしますね。あと、片付けたらすぐに部屋を出ます」


「ありがとう。俺は思っていたよりも寂しさに弱いらしい」


 手の甲にそっとキスをした彼がいたずらっぽく笑う。普段はキザで少し胡散臭くて自信満々なカティーアが私といるときだけに見せる寂しそうな表情や、気弱そうな声がたまらなく愛おしいと思うのは、よくないことなのかもしれないと反省しながらもうれしくなって思わず笑みを浮かべてしまう。

 彼が私の腕を解いて暖炉の前に置いてある長椅子へ座ったのを見てから、私はすぐに机の上に溢れ出た薔薇を片付けて彼の隣へと急いだ。

 何をしていたのかは聞かれなくてほっとしながら、私はカティーアの隣で暖炉の温かい火に当たりながら仕事のことや、休日にしたいこと、新しい本が欲しいことなんてなんでもないことを話し合った。


「ここら辺だと思うんだが……」


 彼と二人で出掛けたのは街から離れた森の中にある広い湖の畔だった。

 ちかちかと小妖精たちの羽根が瞬き、ひそひそと楽しそうな歌や話し声が聞こえてくる。

 どこかにへ通じる扉があるらしいと聞いて、二人で湖の畔を歩いて探していると明らかに木ではない人工物のようなものが不自然に置いてあるのが目に入る。白樺の木で作られたような色の薄い扉は縁に蝶や様々な季節の花が彫られていて金色の百合を模したドアノッカーがついている。

 触れないように気をつけながら、私はカティーアを呼んだ。


「そう、この扉だ。多分、ここを開くと」


 私の肩を抱きながら、彼はドアノッカーを三度叩く。すると、カチャリとドアノブが捻られて軽い音をさせながらゆっくりと扉が開いていく。


隣人妖精たちのいちだ。車輪ユールの宴とも言われている」


 向こう側が見えるのではなく、扉の向こうへ広がっている光景は賑やかな市場だった。光景だけではなく活気のあるかけ声や、不思議な旋律の音楽も聞こえてくる。森の中を漂っていた小妖精が何匹か光の帯を作りながら扉を通ってへと入って行った。

 カティーアに肩を抱かれたまま、硬い石畳の地面へと踏み出すと背後にあった扉が消えてしまう。

 小さな声を出してそれを驚いていると「帰りは別の場所を通るから大丈夫だ。時間の流れが少ない穴場があるから」とカティーアが耳打ちをしてくれた。

 妖精の世界は、時間の流れが私たちの世界と違う。下手をすると何十年も経っていたなんてことになるらしいと話では聞いている。でも、カティーアのおかげでそういう目に遭ったことはないのだけれど。

 そんなことを考えながら、市場に並んでいる様々な露店に目を通す。見慣れない商品が所狭しと並んでいる。腕から小さな鉱石が鱗みたいに生えている店主や、蜉蝣みたいな三枚の翅を揺らしながら接客する店主、しわがれた声を張り上げる鍛冶小人ドワーフなどなど様々な姿をした妖精や亜人がものを売っていた。

 カティーアは、気になるものがあったのか毛皮や色々な羽根が飾ってある露店へ私の手を引きながら近付いていく。

 

「火鼠の衣、炎蘇鳥フェニクスの尾羽、尾長蛇翼ケツァクウァトルの風切羽根……何かに加工するのならいいが、買うべきか迷うな」


「カティーア、あれはなんですか?」


「獣の呪いがかかった外套だろうな。おそらく、脱げれば呪いは解ける」


 商品を見て何やらなやんでいるカティーアに気になったものを聞いてみると、嬉しそうに眉尻を下げて笑みを浮かべながら答えてくれる。

 露店の奥にある建物の中へと目を向けるとカティーアも気になったのか一緒にその建物の中へ入っていくことにした。

 中には色々な生地や形だけ整えた既製品の服がいくつか並べて飾られている。

 外にいる店主の代わりに店番をしているのだろう、私の腰ほどの背丈しかない機織小人ハベトロットが元気に「ようこそおいてくださいました」と私たちを出迎えてくれた。


蜘蛛の糸スパイダーシルクに日差しの厚さを和らげる魔法で編んだ面紗ヴェール……ジュジに似合いそうだと思うが」


「確かに便利そうですが、似たものをもう十点は持っている気がします」


「では、こちらはどうだ? 満月の光をたっぷり浴びた夜露で染め上げたドレスに、春の木漏れ日だけで育てた鬱金香チューリップの花弁を縫い止めたドレス」


 カティーアは次々と飾られている商品を手に取っていくし、機織小人ハベトロットもそれについてまわって「奥様にもきっとよくお似合いですよ」と言っている。


鷲獅子グリフォンの毛皮の外套は、人間が振り回す刃くらいなら通さないし、一着くらい持っていても損はないな。買おう」


 結局ドレス二着と外套を買い、私の身体に合ったサイズに仕立て直しをしてから家に送って貰うことになった。こういうときに、家が妖精の国あちら側寄りにあると便利だとは思うけれど……。既に大量にあるドレスや服の数々を思い出して小さく溜め息を吐く。

 彼の気持ちは嬉しいのだけれど、買ってくれた服の全てに袖を通すのはかなり先のことになりそう。

 布地を売っていた店を出て、カティーアに肩を抱かれたまま市場を歩き回る。


「アレはなんですか? 綺麗な糸で編まれていますが……」


綺麗な髪一族タルイス・グラッツの髪で編んだ首飾り、精神に悪い影響を与える魔法やまじないを遠ざけてくれる」


「髪の毛! 本当に色々なものがあるんですね……」


「茨の朝露を固めて作った宝石に、四つ葉のクローバーで編んだ髪留めなんてものもあるぞ」


「綺麗……。あ、アレはなんですか? 薬みたいに見えますが」


「それは変身薬というか、相手に幻を見せる軟膏だな。そしてこっちが隣人妖精が使う幻を打ち消すための軟膏……。売ってるのは亜人か。隣人たちは決して作らない上に、調合も難しい貴重レアな薬だ」


 市場に売っているものをあれこれ見ているだけで一日が終わってしまいそう。なんだか上機嫌なカティーアと二人で市場を歩いている間にも何人かの隣人妖精たちに「あら、番の祝福を受けているのね。ご結婚おめでとう」と祝って貰ったりして少し気恥ずかしいやら、嬉しいやらの気持ちになりながら市場を歩いて行く。

 そんな中、カティーアは何か目的のものがあるのか時々止まっては店の看板を見渡している。何か探しているのなら言ってくれても良いのにな……なんて思いながら私も辺りを見回した。


「あ! 豚がいます。隣人妖精たちも豚を食べるんですね」


「豚はよく食べているはずだ。それではなく山羊、牛や馬なんかもいて乗り物として使われているが、もっと小さなやつらは甲虫や蟇蛙に乗ったりする」


 広場の囲いには豚が何頭か放たれていた。売り物か何かなのかな。

 思わず声をあげると、カティーアがそれを見てにこやかな表情のまま説明をしてくれる。


「私たちと変わらない生活をしている隣人妖精も多いということなんですか?」


「ああ。俺たち人間みたいに暮らしているやつらや、人間の世界こちら側から逃げてきた亜人が常若の国妖精の国の外周に住んでいる。国の中心部へ行くほど純粋な隣人妖精たちが増えていくから、俺たちとはかけ離れた常識のやつらになっていくがな」


 妖精たちのこと、私は何も知らないんだなと思いながら話を聞いていると、カティーアは更に細かい説明を付け足してくれる。


「集団で住んでいないのやつらはもっと独特だ。たとえば、人間の世界こちら側へ取り残されている冬の女神や夏の神のように現象として確立しているやつらには俺たちのことわりは通じないと思った方が良い」


「それってすごい怖いことじゃないですか? じゃあ、もし、そういう方々に会ったときはどうすれば」


「今日は宴だ。多少の粗相をしてもこいつらは見逃してくれるさ」


 どうしよう……なんて怖がっているけれど、カティーアは楽観的だ。そうなのかもしれないけれど、対処法を知らないのは怖い。もしかして、対処法なんてないのかもしれないけれど。そう思うと紅の女王エリュテイア薔薇の大樹レントウスと普通に話していたことが怖くなってくる。彼女たちは寛大な心で接してくれていたし、人間のことわりも理解してくれていたようだけれど、あんな感じで接していたら次は命があるかどうかわからないってことだもの。

 不安になっている私を見て、カティーアが「まあ、俺がなんとかするから心配しなくて良い」と笑ってくれるから、それが気休めだとわかっていても少しだけ落ち着きを取り戻す。

 気にしても仕方ないかとようやく気分を切り替えたところで、見知らぬ妖精二人からまた声をかけられた。


「刻外れの魔法使いさんと、蔓薔薇の奥様ですね。こんにちは。この度は番の祝福を得たようですね。おめでとうございます。二人の末永い幸せを私たちにも祈らせてください」


 一対の鹿の角を頭の生やした穏やかそうな妖精がそういって頭を下げて祈ってくれる。きらきらとした光の粉を浴びて、祈りに対するお礼を述べると鹿角の妖精はにこやかに市場へと戻っていく。


「みんな、私たちのことを知ってるんですね」


 思わずそう呟く。人間の世界では特に変わったこともないまま生活を送っているけれど、ここに来てからは何度かああやって祝いの言葉を述べられるから、不思議な気持ち。恥ずかしいけれど、嬉しい気持ちが勝る。こんな私でも、彼の特別な存在として祝われると彼の隣に立っていても大丈夫なんだと元気付けられる。


「そりゃあ……常若の国妖精の国の女王と叡智の都妖精の郷の支配者が俺たちを大々的に祝福したんだ。みんな知ってるさ」


「刻外れの魔法使いさん、お探しのものはきっとこちらにありますよ」


 そう説明してくれたカティーアの頭上で、猫に似た形をした妖精がそう声をかけてきた。


「知られると言うことは悪いことではないと思ったが、サプライズの一つも出来やしないな」


「どういうことですか?」


「……ジュジ、お前に婚姻の証となるものを贈りたくてここまで来たんだ」


 照れたように小鼻を人差し指で掻いたカティーアはそういうと「今向かうから待っていてくれ」と猫の形の妖精へ声をかけてから、私の目をじっと見つめてくる。


「どこかの国では左手の薬指に嵌めることが婚姻の証らしい」


 そう言って、彼は左手で私の左手を取って指に目を落とす。


「俺は、左手に指輪は無理だから」


 寂しげに言ったあとに、手を握られて、それからまた、カティーアは言葉を続けてくれる。左手に指輪は無理だから何も贈らないわけではないとちゃんと言葉にしようとしてくれるのがわかって、私は黙って首を縦に振って耳を傾けることにした。


「神に何かを誓うために捧げるのは左側にあるものだという逸話はよく耳にする。だから俺と君の左手に……永遠の絆を誓うための腕輪でも作ろうと思ったんだ」


 そう言って、カティーアの細くて長い指が私の手首をぐるっとなぞっていく。その仕草があまりにも綺麗で色っぽくて思わず息を飲んでしまっている間にも、彼はまだ薄い唇から小さな声で私に対する気持ちを話し続けてくれる。


「神になんざ誓わなくとも、俺たちの絆は永遠だ。だが、ジュジ、君に誓うよ。俺の命が在る限り君を愛し続け、大切にするって」


「私も、カティーアに誓います。永遠にあなたを愛し続け、大切にし続けると」


 思わずそう返すと、カティーアは喉を鳴らすように小さく「ククク」と笑って大きめの喉仏を震わせる。それから、私の手を取ってそっと手の甲に口付けをしながら「ジュジの場合は俺を大切にするよりも、お前自身を大切にして欲しいという気持ちはあるんだが」と付け加えた。


「もうっ! せっかくロマンティックな気持ちになってるのに」


「それだけお前が大切だってことで許してくれないか?」


「……はい。あと、その……自分を大切にするようには、します」


 自分が無茶をしがちな自覚がないわけではない。少しだけ気まずくなりながら、私はカティーアと手を繋いだまま、さっき猫の形をした妖精が入って行ったお店の扉を開いて中へ入る。

 暗い店内の中で、わずかに差し込む太陽の光を反射して宝石や金属たちが静かに光っている幻想的とも言える光景が目に飛び込んできた。

 店内には、猫の形をした妖精と、私たちの胸ほどの背丈をした捻れ角の夫人がにこやかな表情をして待ち構えていた。


「こちら、注文していただいた品です」


 捻れ角の夫人がカウンターの上に出したのは二つの指輪だった。カティーアはそれを摘まんで持ち上げて、不備がないかどうか確認しているみたいにじっと見つめている。

 ひとしきり見回してから、納得がいったのか元の位置に腕輪を置くと私の肩に手を回して指輪をゆっくりと指先で撫でる。


尾を飲む蛇ウロボロスの腕輪をニワトコの木で掘ってジュジに贈るものには不死鳥の涙と呼ばれる赤い宝石、俺が付けるものにはユグドラシルの雫と呼ばれる緑色の宝石を飾ったものをあしらった」


「とても高価だということはわかるのですが……」


「不死、不滅、再生……俺とお前の絆が途切れませんようにと言う願いを込めたら、こうなったんだ」


 そう言ってから、カティーアは私の顔をみて照れくさそうに眉尻を下げて目を細める。彼の丸みを帯びている瞳孔が揺れて、それから再び視線が腕輪へと戻っていく。


「願いを込めるだけでそれが叶うのなら素晴らしいが、そう上手くはいかないらしい。だけど、込められずにはいられなかったから。この腕輪を、受け取ってくれるか?」


 彼が手の上に乗せた腕輪にそっと手を伸ばす。それから首を縦に振った。


「……もちろんです。あ、あと……私からの贈り物もあるのですが、少しだけ待ってくれますか?」


 それから、私は作りかけのイヤーフックのことを思い出す。彼へ贈るものだけど考えていたけれど、お揃いのデザイン違いのものを作っても良さそうだななんて考え直しながら。まだしばらくはデザインに悩むことになるだろうけれど。


「……ジュジの存在そのものが贈り物だと思っているんじゃダメか?」


 これは、きっと言わないと伝わらないやつだ。そう思った私は意を決して内緒で作っていたもののことを話すことにした。


「その……イヤーフックを作っているんです。イガーサさんが蝶の耳飾りをあなたに贈っているので、それに合わせやすいように……お花なんていいかなって」


 彼がどう思ってるのか、顔を見るのが怖すぎて、カティーアの手元を見つめたまままくしたてるように言葉を続ける。


「可愛くなりすぎないように……カッコいいあなたに合うようにデザインを考えているので、待たせてしまいますが」


「ありがとう」


 優しい声だった。顔を上げてみると、カティーアは目を細めて、こそばゆいことを我慢しているような表情をしている。


「うれしいよ。その、ジュジから俺に贈り物だなんて……」


 緩んだ口元から出てきた優しい声が信じられなくて、思わず聞き返す。


「本当ですか?」


「もちろん」


「イガーサさんからの贈り物があるので、私からのものなんていらないと思っていましたが」


「イガーサとお前はちがうだろ? そりゃ、あいつからもらったものも大切だけどジュジからもらったものだって大切に決まっているだろう? 伴侶からのプレゼントだぞ」


 どうしても私は自分を彼の元恋人であるイガーサさんと比べてしまう。悪いクセだと分かっている。けれど、カティーアはそれを咎めずに毎回丁寧に否定をしてくれるし、その時にイガーサさんのことを貶したりしない。だから、私は子供じみた試し行動を止めずにいられるし、私がもし過去の人になってもきっとこの人は私のことを貶さないんだろうなって信じられて少しだけ不安が和らぐ。本当は試し行動みたいな真似なんてしない方がいいということはわかっているのだけれど。


「時間ならいくらでもあるからな。待っているよ。納得が出来るものが出来るまで」


 カティーアはそういって悪戯っぽく笑ってから、言葉を続ける。


「別に一つと言わず、いくつでも贈って貰いたいくらいだ。俺だって君に数え切れないくらいのものを贈りたいんだ。どんなに贈り物をしてもこの気持ちは伝えきれない

から」


 コホンという咳払いが聞こえて私たちは我に返る。


「刻外れの魔法使いさんと、蔓薔薇の奥様、愛を語らい合うのは結構ですがわたしたちがいるのを忘れて貰っては困ります」


 そうだった。ここは店先だった……と思い出して私は顔を真っ赤にしながら捻れ角の夫人に小さく謝るけれど、カティーアは平気な顔をしたまま軽く「悪い」というだけだった。 もう! と心の中で思っていると、捻れ角の夫人が私が手にしている指輪を長い二つに割れた蹄に似た指で差す。


「こちらの腕輪には念話テレパスを通じやすくする魔法と、魔力の融通をしやすい魔法が込められています。それと……魅了系の魔法を避ける効果、弱い魔法から肌や服を保護する魔法、強い衝撃が加わると障壁を自動的に展開する魔法……この小さい宝石にこれだけの魔法を込めるのは難儀しましたよ」


 やれやれと大きく首を横に振った捻れ角の夫人がカティーアの方を見て溜め息を吐いた。


「俺の可愛い伴侶はどれだけ過保護にしたって無茶をするマルテースのような娘だからな」


「カティーアの方にも同じ魔法が?」


「もちろん。君の物が壊れたときの予備として使えるようにしてある」


「こ、壊したりしませんよ」


「どうだかな」


 ふふんと鼻を鳴らして笑うカティーアに明確な反論を出来ずにいると、呆れた様に眉尻を下げて笑った彼が私の手に載せていた腕輪を取ってカウンターへと戻す。それから流れるような手つきでふわりと腕輪の上に手をかざした。


「最後に俺とジュジ、二人で魔力を込めて仕上げをするんだ。ほら、手をかざしてごらん」


「は、はい」


「では、改めて誓うとしよう」


 私もカティーアと手を重ねるようにして腕輪の上に手のひらを翳す。すると、カティーアが演劇じみた口調でそう言ってお辞儀をしながらこちらへ視線を向けてくる。


「俺の可愛い可愛い伴侶、俺の命が在る限り君のことを愛し続け、大切にするとここに誓わせてくれ」


 彼から出てきたのは聞いているだけで甘すぎて喉が乾いてしまいそうなほどの愛の言葉。

 照れるけれど、私も言うしか無い。こういうときじゃないとこんなことは言えないんだからと勇気を出して、彼への愛の言葉を口にする。


「私の素敵な旦那様、私の命が在る限り、あなたのことを愛し続け、大切にすることをここに誓います」


 カティーアからは暖色の太陽の光にも似た魔力の光が、私からは木々の若葉みたいな色をした魔力の光がそれぞれ手のひらから出てきて、お互いの腕輪に飾られた宝石の中へと吸い込まれていく。


「魔力の方も無事に腕輪へと馴染みました。このままお持ち帰りいただいて結構です」


 捻れ角の夫人からそう言われて、私たちはお揃いの腕輪を左腕に付けて手を繋ぐ。カティーアの魔力を含んだ腕輪はなんだか温かい気がして心地よい。どことなくくすぐったさを感じながら店を出るとカティーアは辺りを見回しながら近くの露店へと目を付けてゆっくりと歩き始めた。


「さて、用事は終わった。帰りにもう幾つか魔法の道具を買って、あいつらへの土産も買ってから帰ろう。何も言わずに来てしまったからな。きっとうるさくしているだろう」


「セーロスさんとネスルさんに何か買っても?」


「もちろん。ジュジの友人だからな。俺を気にする必要は無い。好きなものを選んで買ってやるといい」


「はい。じゃあ、選ぶのを手伝ってください」


「もちろん」


 そんな話をしながら二人で手を繋いだまま市場の雑踏へと紛れ込む。

 帰ったら、この腕輪を誰かに自慢したいな。フィルは話を聞いてくれるだろうか。それと……イヤーフックの材料を探しても良いかもしれない。そんなことを思いながら明るい気持ちでカティーアの隣を歩く。

 もう少し私たちの幸せな休日は続きそうだ……そう思いながら。



―END―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る