第二章 或る女の供述 昭和40年1月聴取


 『繭』が羽田空港近くの海面から現れ、東京タワーの方角へ動き出した時、工場の人達は一斉に外へ飛び出して行きました。


 皆、怖い物見たさだと思います。


 私は罪の意識で深く落ち込んでいて、事務所から動けなかった。轍冶君が繭を動かしてるなんて、夢にも思わなかったし。


 いっそ大鋼獣が来て、私を砂にしてくれないかなぁ……

 

 そんな不謹慎な事を一人ぼっちの事務所で思っていたら、備え付けの黒電話が鳴ったんです。

 

 

 

 

 

 取った受話器の声を聞き、私、耳を疑いました。

 

 掛けてきたのは、ナナさんだった。


 六日間、奥多摩の山中にある政府の施設に監禁されていて、何処か別の場所へ護送される途中、柘植さんの手で救出されたと言うのです。


「……だって、さらった張本人が、あの人でしょ? 何で今更、助けてくれるの?」


 私の疑問には、電話を替わった柘植さん自身が答えてくれた。


「君に約束した通り、最初はナナさんをすぐ返すつもりだった。だが、こちらの事情が違ってきてね」


 柘植さん、少し苦しそうな息遣いをしていました。


「日本とアメリカと、現場の頭越しに物騒な相談がまとまったらしい。自白剤や拷問を使っても巨人を確保しろと命令され、協力者を傷つけるべきではないと訴えたら、担当を外された」


「……今時、拷問!?」


「その上、彼女の特異体質に対する生体実験の計画があると知り、僕は黙っていられなかった。誇りにかけ、君に誓ったからね。それに、己に対する誓いもあって……」


 電話口で柘植さんは話を止めた。二人が隠れている場所の周囲に不穏な気配を感じたみたいです。


 必ず無事にナナさんを連れて行くから、海浜公園の、前に落ち合った場所まで轍治君と一緒に来て欲しいと、そう言った途端、電話が切れました。






 それから私、工場中捜したけど、轍冶君は見つからなかった。


「ガンテツ? いや、知らねぇ。俺のパンチ喰って、何処かで伸びてんじゃない?」


 これだけ異常な事態でも菊川さんの能天気は変わりません。止むを得ず一人で行こうとしたら、彼に呼び止められました。


「御嬢さん、外出は止めといた方が良い。怪物のおかげで列車もバスも止まってる」


「でも、私、どうしても行かなきゃ」


「何か、大事な用事でも?」


「実は、ナナさんが見つかったの」


「えぇっ!?」


 素っ頓狂な声を上げ、菊川さんは轍冶君の代りに自分が行くと言い出しました。


 デートの時、ただ一人、銀座の路上へ置いてきぼりにされた屈辱を晴らすチャンスって凄い鼻息で……

 

 

 

 

 

 工場の営業車は出払っていたから、菊川さん、奥の手を使った。


 父が第二作業棟の奥で改造していたオート三輪車『ニコニコ号』を、引っ張り出してきたんです。

 

「ふざけた名前、つけちゃって……ウチの社長、仕事っぷりは凄ぇのに、ネーミング・センス最悪っすね」


「仕方ないわよ。元々、町内会の催しで使ってたポンコツだもん」


「その分、思いっきり手を入れて、中身はまるっきり別物でしょ。全世界初の変形人型とか、社長がえらく自慢してたけど、まぁ、車は車。こういう時、使ってナンボ」


「後で父さんに怒られるよ」


「男の度胸も使ってナンボっす!」


 菊川さん、いそいそとニコニコ号のエンジンを掛け、私も狭い助手席へ乗り込んで、外へ走り出しました。


 通りは静まり返ってた。

 

 ふと視線を上げると、編隊を組む自衛隊の戦闘機が轟音を響かせ、黒い繭の方へ向って行くのが見えたんです。

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