第22話 襲撃現場
突然ジンを呼ぶ声。その声にジンより早く反応したのはドラグーンだった。
「ちょ、ちょっとガーネットお嬢様!なにをおっしゃってるのですか」
ガーネットと呼ばれた女は艶の良い赤色の髪を腰あたりまで伸ばして紫色のカチューシャをしていた。
大きな瞳の色は鮮やかな金色で綺麗に整えられた眉が美しさをより一層高める。まるで童話に出てくるような美しい貴族といった顔をした女だった。
歳はジンと同じくらいだろうか。少女と言うには大きすぎるが女性というにはまだあどけなさが残る顔立ちだ。
背中には腕の長さほどの杖を背負っている。つまりガーネットと呼ばれた女は貴族ということだ。
「部外者に事件現場を見せるなど・・・」
「いいではないか。減るものではあるまい。まあ人間は世界から減ったがな」
とんでもないブラックジョークに当然ながら笑い声は出なかった。
「そなたらは商人殺しに恨みでもあるのかな?」
ガーネットの軽快な問いに、ジンは歯切れ悪く答える。高貴な身分に間違いないガーネットだが、距離感の近さに出会って間もないがジンは苦手意識を抱いた。
「いや、そういうわけでは……」
「まあ、なんでもよいか。こっちへ来い」
自分から聞いたにも関わらずさして興味ないのか、ガーネットは会話を断ち切った。垣間見えた横暴さがガーネットの身分を表していた。
本来なら現場に通すことなど絶対に無理な話だが、このお嬢様の前ではドラグーンは忠実な執事にしかなれない。諦めたように告げた。
「そなた達、現場へ行く前に少なくとも身分証だけは提示してくれないか?ギルドカードでもなんでもいい」
妥協案を聞くや、すぐさまジン達はギルドカードを懐から取り出した。ジンのギルドカードを見てドラグーンはほう、と声を出す。
「三級冒険者か……貴様のその態度にも納得がいく。しかし、商人殺しはやめておけ。この前二級冒険者のパーティーが壊滅したばかりだ」
淡々と告げられた事情だが、ジン達に与えた衝撃は凄まじかった。
二級冒険者と言えば、生まれた街では英雄扱いされることは間違いなしな実力者だ。
それほどの凄腕を数人屠れる商人殺しの実力はまさしく騎士が対処する魔物に間違いない。
さらに言えば地方騎士団ではなく王国騎士団、それも第一騎士団で対処する事態であり、ジンの予想を上回る強者だ。
もしかしたら商人殺しも俺と同じ……ジンの脳裏に微かなマズい予感が漂った。
「あんたは十級か……しかし実力はあるようだ。お嬢様も面倒事を増やして……はあ」
ドラグーンはスピカのギルドカードを一瞥してスピカの力を見抜いた。
彼ほどの実力者になれば、歩く姿勢や装備の手入れ具合でそれとなく実力は推し量れるものだ。
ドラグーンの憂鬱雰囲気を背に受けつつもジン達は輪の中に立つガーネットの側へと歩み寄った。
輪の内部に入り中心に近づいていくに連れて、鼻を突き刺す死臭が強くなっていく。
顔をしかめたくなるのを堪え、中心に行くとそこには見慣れた馬車と複数人の男が腹を引き裂かれた無残な死体となって横たわっていた。
「嘘だろ……」
スピカは無意識に言葉を吐き出すことを禁じ得なかった。なぜならそこには昨日まで一緒に旅をした男の亡骸もあったのだから。
おそらく積み荷を降ろした帰りだったのだろう。護衛を三人雇ったみたいだが、二級冒険者ですら敵わない魔物にとっては無防備に等しい。
「知り合いなのか?」
「ここに来るまで一緒に旅をした男だ。名前も知らないがな」
ジンはスピカのように取り乱した心を表には出さない。しかし、仮に僅かな時間を共有しただけとはいえ、知り合いが死ぬのをみると胸くそが悪くなるのは変わらない。
「そうか……それは気の毒だな。まあ唯一の救いはこの者達は苦しむことはなく旅立てたよ」
ガーネットの口調もジン達を気遣い優しく重みのある言葉へと変わった。
ガーネットの言うとおり男達の胸には大きな穴が空いているがそれ以外は目立った外傷はない。おそらく初撃であの世へと送られたのだろう。
ジンはざわめく胸元を押さえて遺体を観察する。男達は密集して死んでいることからも、一気に全員殺されたとみて間違いないだろう。
仮に一人一人殺したなら逃げ出す者も出たはずだ。それと、胸を貫いた魔法は一体どんな魔法なのだろう。ジンは首を傾げた。
男たちの骸は火に焼かれた痕などもなく綺麗に何かに貫かれていた。
それがヒントになりそうだが、とんどの魔物は特定の属性しか扱えない精霊術とは異なり火魔法や水魔法など使える属性は多岐にわたる。
たった一つの手がかりだけでは答えに辿り着くことは不可能に近い。ちなみに、極例外として血を用いた術しか使えない吸血鬼などの魔物もいる。
吸血鬼によって殺された者の亡骸は血を抜かれて青白くしぼんでしまう。しかし、目の前の遺体にそのような様子は見られない。
ジンは商人殺しが目的の吸血鬼でないことが分かり、そっと肩を落とした。
「やはり全部隊を動かすしかないな。ドラグーン、今すぐに叔父上に知らせよ」
「ははっ!」
ドラグーンは先ほどまでの尊大な態度から一転して忠実な僕らしく頭を下げた。
「あんた何者なんだ?」
騎士団長に上から命令出来る者、なんとなく予想がつくがジンは一応確認をとる。
「おお、そういえばまだ名乗ってなかったな。私が名はガーネット・アルマ。アルミーダを治めておるシード・アルマは私の叔父だ」
アルマ家といえばアルミーダを含む王国西方一帯を支配する大貴族だ。やはりガーネットは相当の地位の人間だった。
予想がついていたとはいえ、ガーネットの距離感の近さ、軽い態度はまるで貴族であることを感じさせない。
「そなた達の名は?」
聞いておいて名乗らない訳にはいかないだろう。むしろ地位を考えればジン達から先に名乗らなかったのは大問題だ。
まあ、ガーネットに気にした様子はないが。
「俺の名前はジン。冒険者をやっている」
「私はスピカと申します。ジンと同じく冒険者として旅をしています」
「やはりそなた等は商人殺し目当てでやってきたのか?」
「ああ、そいつが俺の旅の目的かもしれなかったのだが……どうやら違ったようだ。邪魔をしたな、すぐに立ち去ろう」
商人殺しがジンの敵でないことの確認はとれたことに加え、既に騎士団が動いているのなら冒険者としての仕事もなさそうだ。
もうジンにとってこの場に留まる理由はないように思われた。しかし、輪を抜けようとしたジンにガーネットが声をかける。
「待て、そなた達随分腕に自信があるのだろう?それだったら我らに協力しないか。今はヲーティスの祭りの時期ともあって人手が足らんのだ。勿論報酬は充分な額を払おう」
「お嬢様何をおっしゃって……」
騎士が冒険者に協力を要請するのは割とある話だ。
しかし、それは正式にギルドを通して行われることであり見ず知らずの冒険者を雇うなど普通ではない。
またガーネットのハチャメチャが始まったとドラグーンは頭を抱えた。
ドラグーンとは対照的にジンにとってはこれ以上ない申し出だった。旅の途中でちょうど良い依頼があるとは限らない。
二人は顔を見合わせた後、同時に頷いた。
「契約成立だな」
ガーネットが満足げに口角を上げたその時輪の外から怒号が響いた。
「ええい、どけ愚民共が。貴様等この俺にそのような態度をとって許されるとでも思っているのか!グートン家に刃向かった者は全員死罪だぞ!」
一体何事かとガーネットは目を細めて喧噪が起きた場所を見る。
スピカは聞きなじみのある横柄な叫び声にげんなりとした表情を見せ、ジンもうんざりしたように舌を鳴らした。
なにやら騒がしくなった騎士達にガーネットは事情を尋ねる。
「どうしたんだ?」
「なにやら王国騎士を名乗る男が四人ほどがここを通せと騒いでおりまして……」
報告に来た騎士の顔もげっそりとしていた。
(可哀そうに。さぞアイツの相手は疲れただろうな……)
ジンもアイツのウザさは体験済みだ。疲弊しきった騎士の顔を見て胸を痛める。
「どうせ薬か酒で頭をやられたんだろ。そろそろ温かくなってきた頃だしな、そういう輩が出てくるものだ」
王国騎士が地方騎士に喧嘩を売るなんて冗談みたいな話にガーネットは狂人の類いだろうと決めつけた。
報告した騎士たちもやはりそうか、と言わんばかりに頷く。
しかし、悲しいことに彼が王国騎士であることは紛れもない事実なのだ。スピカが体を縮め申し訳なさそうに言った。
「すいません、おそらく騒いでいる者は私の知り合いで……本物の王国騎士です」
「知り合い?それに本物だと?」
スピカの言葉にガーネットは耳を疑った。
「実は私元王国騎士でして、その時の部下です」
スピカの言葉に場が静まりかえった。ガーネットとドラグーンは腕を組み瞳を閉じて対応を考え込む。
どれだけ面倒そうな相手だとしても、王国騎士を無下に追い返したともなれば貴族としてのメンツに関わるからだ。
先ほどジンに対して喧嘩腰だった騎士達はスピカが王国騎士だったことの衝撃で言葉を失った。
しばしの静寂の後にガーネットが騎士に命じる。
「しょうがないな、その者たちをここへ連れてこい」
大きなため息と共にガーネットは告げた。
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